10 ⑦

「俺はどのくらい気絶していたんだ?!」

「え、えーと、二十秒くらいだよ」

「まだ間に合うか……!」


 亨は弘の腕を掴んで立ち上がった。


「弘、おまえは逃げろ!」

「え? で、でも姉ちゃんが──って、あ」


 その姉は、なんだかわからないが偽者だったのだということを思い出す。

 亨は弘を引っぱって走り出した。

 弘もひきずられるようにして走る。亨の足取りは迷いがなく、各種のシャッターが落ちてしまっていて迷いそうな中を一度たりとも停まらない。まるで行くべき道が既に線としてそこに引かれているかのようだった。


「わ、わわ……!」


 弘はそのペースの速さに何度も転びそうになるのだが、その度に掴まれている腕をがっちりと固定されて振り回されるだけでスピードも落ちない。

 経験はないが、まるでづなをつかんだ馬に引っぱられているみたいだと思った。

 そして下に遙かにのびる長い停止したエスカレーター──つまり今はただの階段のところまで来ると、亨はやっと停まって弘の腕を放した。


「こっからはひとりで行け。階段を降りると、でかい入り口が真正面にあるから、その脇の非常口から外に出られる。いいな?」

「……え?」


 弘はぜいぜいあえぎながら、顔を上げた。


「た、高代さんは?」

「俺にはまだやることがある」


 そして腰に差していた太刀を直す。

 まだ……やる気なのだ。


「──ほ、本気かよ?」

「すぐに逃げないと、この建物はすぐにになる。わかったらさっさと行け!」

「だ、だけどよ……!」

「おまえに万が一のことがあったら、俺は穂波さんに顔向けができないんだよ! ぐずぐずするなっ!」


 亨はいつかつした。

 弘は思わずすくみ上がった。

 そして眼を開けたとき、もう亨の姿はふたたび建物の奥に向かって走り込んで行くところだった。


「…………」


 弘にはもう、それを見送ることしかできなかった。

 そのとき、弘の心の奥底でなにかがぶるっと震えるような奇妙な感覚があった。


(な、なんだ?)


 なんだかわからないが、まだ全然うまく行っていないというような、そんな気がしてならなかった。

 そう、肝心のことがまだ、この場所に置き去りになっているという──。

 だがそれはなんだ?

 それに、そんなことよりも今は亨に言われたように〝大変なことが起きる〟この場所から逃げなくてはならないのでないか?


「ううう……?」


 弘は決断を迫られた。