12 ①
いつもやっている
いつものゲームセンターの、いつもの電子音やらメダルゲームのじゃらじゃらいう音などが響いている、いつもの風景だった。
「…………」
来るのは十日ぶりだ。
あれから一週間が経った。家の中が荒れていたりしたので出張から帰ってきた両親にこっぴどく怒られたり、学校で休んでいるあいだに面倒くさい係に勝手に決められていたりして色々あったが、とりあえず平穏無事な日常が返ってきた。
あの、関わった連中は今どうしているのかわからない。高代亨は行方不明だそうだ。警察はまだ以前の事件の取り調べが終わっていないとして彼の身柄を捜しているらしい。リィ舞阪や、姉に化けていた子供はそもそもあの火災から逃げ延びたのかどうかも不明だ。死体は見つからなかったというから、きっとどこかで生きているのだろう。だが瀬川風見なら今でもテレビで見かける。
姉も、少しぼんやりとしていることが多くなったが、それでも前のように学校に行って、普通に生活している。あの以前助けてもらった不良少女の霧間凪にあれこれ訊かれたりしたらしいが、結局それでどうこう問題になったりはしなかったようだ。
元に戻ったのだ。
終わってみると、見事なくらいに弘自身には何も起きていない。戦ったのは亨とリィだし、エンブリオを持ってさまよったのは姉だし、燃えたビルは彼や家族、それに友達などとは全然関係のない場所だ。
ではいったい、どうして彼はまたここに来ているのか。
あのとき座っていた筐体の前に、また座ろうとこうして待っているのか。
あのとき……一番最初に、エンブリオを受け取った、この場所に。
「どうして──」
「どうして何も起きなかったのか、という疑問か?」
頭の上でまた声がする。
見上げると、そこにはひとりの男が立っていた。灰色のコートを着込んだ、印象も灰色の男だった。
「サイドワインダー……そういう名前らしいね」
リィ舞阪に訊いたその名を弘が言うと、そいつはうなずいた。
「そのようだな」
「あんたのせいで、色々大変だったんだぜ」
弘はため息混じりに言った。
「ほう、そうかね」
「そうとも、たとえばこの店だ。あんたがこんな所で死ぬもんだから、警察が来たりして今日まで営業できなかったんだ。それで来るのがこんなに遅くなった」
「まあ、正確にはここで死んだわけじゃない。その前にもう殺されていたのさ。身体は私を同僚だと思いこんだサラリーマンの方に運んでもらった」
サイドワインダーは含み笑いをする。するとその上に通行人の姿がだぶって、そして通り抜けた。サイドワインダーには実体がなかった。
「それがあんたの、エンブリオから引き出された能力だったわけだな……俺のところにまでエンブリオを持ってくるための」
弘はため息をついた。
「だいたい都合が良すぎたよ……そんなにうまく俺の持っていたゲームと同じものを持っていて、データ交換ができるなんて、そんな偶然があるものか。俺は結局、あんたがつくっていた幻覚だかなんだかにはまっていただけだったんだ」
「いや、それはちょっと違うな」
幽霊なのか、それとも幻覚なのか、とにかくその弘にだけ見えるサイドワインダーは首を横に振った。
「私はあくまでも受動的だったよ。私がしたことはたったひとつ──エンブリオを君の所にまで持ってきただけだ」
そしてくすくすと笑う。
「幻覚をつくっていたのは私ではなく、君自身だったんだよ、穂波弘君」
「どういう意味だ?」
「むろん、君が自分でも気がつかないようにするためだ。何故なら君はまだまだ未熟な子供で、そして〝能力〟の方はあまりにも巨大だからな」
「…………」
「そうとも──まさか君も、自分だけエンブリオに何の影響も受けなかったとは思うまい。一番最初に、すでに死んでいた私と話ができた上に受け取ることができていて何の関係もない、そんな話があるわけがない。君は誰よりも早く目覚めていたのさ」
「…………」
弘は答えない。かまわずサイドワインダーは続ける。
「なにしろエンブリオ自身ですら、自分が目覚めさせたことに気がつけなかったくらいだから、その
「……それで、ゲームをあんたから受け取ったと無意識で思いこんで、俺はエンブリオを運んだのか?」
「そういうことになるな。私の能力はエンブリオを、反応する者に自動追尾ミサイルのように届けるというだけのものだったからな。後は君の仕事だった」
「エンブリオ自身にわからないなんてことがあるのかよ」
「あれは、同調している人間の感覚を通してしか外界を認識できない。私が死んだ時点で外のことは何もわからなくなっていたよ。おそらくは穂波顕子と接触するまでな」
「……姉ちゃんの方にあんたは反応したとは思えないのか」
「いや、それはまったく逆だ。姉に反応していたのは君の方だ。君はすでに、過去の事件のせいで姉に能力が引っかかっていることを知っていた。無意識なのか、眠れる才能故か、それはわからないが……あるいは姉のそれが身近にあったがために、君の能力の芽は生まれたのかも知れない。なぜならそれが危険なものだということも、君にはわかっていたからだ」
「…………」
「そのために君の能力は生まれたんだ。なんと呼べばいいのか、その〝知らず知らずに周囲の状況を誘導していく能力〟はそのためにあったわけだ。綱渡りで
「……俺の〝能力〟とやらが、高代さんやリィを戦わせて、ビルを燃やしちまった原因だってのか? 俺はあのビルのことすら知らなかったんだぜ」
「知らないことなど関係ない。君はただ影響を与えていただけだ。あとはそれぞれが勝手にやっただけだ。細かく思い出してみるといい」
「…………」
弘には考えるまでもない。
たとえば姉にしたところで、リィ舞阪にしたところで、彼の発言に反応して次の──決定的な行動に移っていた。マンションの外に出たり、高代亨たちの後を追ったり……。
それと同時に、彼は無意識のうちに能力で、微妙に彼らの精神に影響を与えていたというのか。
「神のごとき力だが、しかし何でも可能な能力というわけでもない。なにしろ君の目的は極めて単純だったのだから」
「…………」
「それがなんなのか、もちろん君はもう知っているな」
「……姉ちゃんを助けるためだってのか?」
姉にとりついていたという、過去の
今回の、一連の事件はすべて、そのために周囲が設定されていたというのか。
「まだ初恋も知らない君にとっては、姉を助けるというのは極めて明確な理由だな。そしておそらく、その能力はそのように自分以外の者のためにしか使えないのだろう。自分で自分の運命を完全に決定する精神力などこの世の誰にもないからな」
ほんとうに人生が何もかも思い通りになるとしたら──人は逆に何のために生きているのかわからなくなるだろう。弘はなんとなく、かつてのリィ舞阪のことを思い出していた。あれほど強くてもどこか投げやりだったあの男のことを。
だが、それよりも肝心のことがある。
「……じゃあ、こいつはもうお
姉の側にいたからできた能力で、その姉を救ってしまっては意味がなくなった。
「とりあえずはそういうことになるかも知れないが、しかし……わからないぞ。また誰かのために、君が能力を発動させることもあり得る。もっとも、それは君自身にすら認識できないわけだが──」