第一幕 ⑤
「わっちはこの耳と
ふん、とホロは得意げにそう言ったものの、すぐに寒さを思い出したのか体を縮めて毛皮の下にもぐってしまった。
ただ、ロレンスは少し
耳だけならず、尻尾までも。
そして、ロレンスは先ほどの遠
「いや、そんなまさか」
ロレンスは自問自答するように
悪魔
しかし、もしホロが何か動物が姿を変えたものだとしたら、たくさんの昔話や言い伝えではそれらは大抵人に幸運を授けたり
実際、もしもホロが本物のホロであるのなら、小麦取引にこれ以上心強い味方もいないだろう。
ロレンスは、意識を頭の中からホロへと向ける。
「ホロ、といったか」
「うん?」
「お前、自分のことを
「うむ」
「お前についているのは狼の耳と
ロレンスがそう言うと、ホロは少しの間ぽかんとしてから、ふと何かに気がついたような顔をした。
「ああ、ぬしはわっちに狼の姿を見せろと?」
ホロの言葉にロレンスはうなずいたが、実のところ少し驚いていた。
というのも、てっきりホロは困った顔をするか、あからさまな
しかし、ホロはそのどちらもでもなく、
「それは、嫌じゃ」
「な、なんでだ」
「そっちこそなんでじゃ」
「お前が人なら
もしも本物なら、動物の化身は大抵幸運をもたらす使者として話に残っている。教会に突き出すのを思いとどまるどころか、ぶどう酒とパンを振る舞ってもよいくらいだ。が、そうでないのなら事態は逆転する。
そして、ロレンスの言葉にホロはますます嫌そうに顔をゆがめると、鼻の頭にしわを寄せたのだった。
「俺の聞く話じゃ、動物の化身は自在に姿を変えられるそうじゃないか。お前が本物なら、元の姿に戻れるだろう?」
ホロは嫌そうな顔をしたままロレンスの話を黙って聞いていたが、やがて小さくため息をつくとゆっくりと毛皮の中から体を起こした。
「教会には何度かひどい目にあわされたからの。突き出されるのはごめんじゃ。しかしの」
それからもう一度ため息をついて、ホロは自分の尻尾を
「どの化身であっても
「何か必要なのか」
「わっちの場合はわずかの麦か」
なんとなく豊作の神っぽいその
「それか、生き血じゃな」
「生き……血?」
「それほど量はいらぬがな」
なんでもないことのように言うあたりが、とても思いつきの
「なんじゃ、
と、そんな様子のロレンスに向かってホロが苦笑いをする。ロレンスは反射的に「そんなわけあるか」と答えていたものの、ホロは明らかにその反応を楽しんでいた。
しかし、ホロはそんな笑みをやがて消して、視線をロレンスからふいとそらすと言ったのだった。
「ぬしがそんなだと、なおさら見せるのは
「な、なんでだ」
ロレンスは馬鹿にされた気がしてつい口調を強めてそう尋ね返したが、ホロは相変わらずロレンスのほうから視線を
「ぬしは必ず恐れおののくからじゃ。わっちの姿の前に、人も動物も
「お、俺がお前の姿に怖がるとでも」
「強がりを言うのなら、せめて震える手を隠しんす」
「くふ。ぬしは正直者じゃの」
ホロは少し楽しそうにそう言ったが、ロレンスが言い訳をする前にすっと表情を改めると
「けど、わっちとしてはぬしが正直者であるのなら、
「さっきの?」
「わっちが狼であるのなら、教会には突き出さん」
「む……」
悪魔
「まあ、わっちも人と動物を見る目には自信がある。ぬしはきっと約束を守ってくれる
いたずらっぽいホロのその物言いに対し、ロレンスはますます口ごもるしかない。そんなことを言われてはここで言葉を
「ではわずかばかり見せるが、全身は
ホロはそう言うとおもむろに腕を荷台の隅っこに伸ばした。
何かそういう特殊な格好が必要なのかと思ったのは一瞬のことで、すぐにホロの行動の意味がわかった。荷台の隅に置いておいた麦束から、麦を数粒つまんだのだ。
「それをどうするんだ?」
思わずそう聞いてしまったロレンスだったが、ホロはロレンスが言い終える前に手に持っていた麦を口に放り込み、まるで