第一幕 ⑦
しかし、ロレンスが視線をホロに戻せば、ホロはさっきまでのふてぶてしい様子ではなく、
ロレンスは苦虫を
こんな様子の
しかし、もし本物のホロなら。
その二つがせめぎあい、ロレンスは
そして、ふと自分のほうを見る視線に気がついた。
「助けて……くりゃれ?」
小首をかしげるようにホロに言われ、ロレンスは耐え切れずに顔を
ロレンスは苦々しく一つの決断を下した。
だからロレンスはホロのほうをゆっくりと向くと、一つの質問を口にしたのだった。
「一つ、聞きたいんだが」
「……うん」
「お前がいなくなるとパスロエの村は麦が育たなくなるんじゃないのか」
そう尋ねたところでホロが自分に不利になるようなことを言うとも思えなかったが、ロレンスも一人前の行商人だ。
だから、ロレンスは
視線を向ければ、ホロはこれまでロレンスに見せてきたものすべてと違う、怒ったような、それでいて今にも泣き出しそうな顔で、荷台の隅を見つめていたのだ。
「ど、どうした」
と、ロレンスがつい聞いてしまったくらいだった。
「あの村は、わっちなんかおらんでもこの先豊作が続くじゃろうよ」
「……そうなのか?」
その
「わっちは長いことあの村にいた。
ロレンスのほうすら見ずに語気荒く語るのは、よほど腹に
さっきまで実によく回る口で
「わっちは……わっちは麦に宿る
ロレンスはホロが最も怒っていることの見当がついた。数年前、パスロエの村一体を治める領主が今のエーレンドット
ホロはそれで自分の存在が必要とされなくなったと思っているのかもしれない。
それに、最近は教会の言う神すらいないのではないかという流言が横行しているのだ。片
「それに、あの村はこの先も豊作を続けるじゃろうよ。ただし、何年かに一度ひどい
そこまでホロは一息に言い切ると、大きなため息をついてから
顔が見えないので定かではないが、泣いていてもおかしくはないそんな雰囲気にロレンスは言葉もかけあぐねて頭を
どうしたものかと胸中で
本物の神というのはこういうものなのかもしれない、と思わせるほどにふてぶてしかったり、頭が回ったりするかと思うと、子供のようにかんしゃくを起こしたり
ロレンスは扱いに
「まあ、その辺の
「わっちを
と、ロレンスの前置きにいきなり顔を上げて
「お前が相当腹に
ロレンスのその質問にホロはしばらく返事をしなかったけれども、ロレンスはホロの耳がピクリと反応したことに気がついていたので気長に待っていた。腹の中で
そう考えてみるとなかなかに
そして、ようやく振り向いたホロはバツが悪そうな顔で荷台の隅を見つめていて、ロレンスの予想が当たっていたことを示していた。
「北に帰りたい」
それから、ぽつりとそう言った。
「北?」
ホロはうなずいて、ふいと視線を荷台から上げて遠くに向ける。ロレンスはその視線の先を追いかけなくてもどこを見ているのかわかる。ホロの視線は、正確に真北を向いていた。
「生まれ故郷。ヨイツの森。もう、何年
生まれ故郷、という言葉にロレンスは少しどきりとしてホロの横顔を見つめた。ロレンス自身、ほとんど故郷を捨てるようにして行商の旅に出たまま一度も帰っていない。
貧しくて
ホロが本物だとして、何百年も前に故郷から離れた上、長く居着いた先で周りからないがしろにされ始めたとしたら。
その望郷の思いは推して知るべしだ。
「ただ、少し旅をしたい。せっかく遠く離れた異国の地におるんじゃ。それに長い年月で色々と変わっとるじゃろうから、見聞を広めるのも良いじゃろう」
ホロはそう言ってから、もう完全に落ち着いた顔でロレンスのほうを振り向いた。
「もしもぬしが麦を持ってパスロエの村に帰るでも、またわっちを教会に突き出すでもなければ、わっちはしばしぬしの世話になりたい。ぬしは旅から旅の行商人じゃろう?」
ロレンスがそんなことをしないと信じているとも、見抜いているともいえるような、うっすらと
ロレンスは正直ホロが本物なのかどうなのか依然として判断しかねていたが、そんな様子を見る限り少なくとも悪そうなやつには思えない。それに、この不思議な