第三幕 ②
「同じ赤いものならな、あれのほうがよい」
そう言ってロレンスの服を
行き交う馬車や人の向こうに、山積みにされた
「ほう、良い林檎だな」
「じゃろ」
ホロはかぶっている
「実にうまそうじゃな?」
「そうだな」
何をどう考えてもホロは遠まわしに林檎をねだっているのだが、ロレンスはそんなことになど
「そうだ、林檎といえばな、知り合いが林檎の先物買いをしていてな、財産の半分以上をかけていた。あれがどこのものかはわからないが、このできならあいつの財産は今頃倍以上かもしれない」
すると、今言うべきはそんなことじゃないだろう?、と言わんばかりの顔でホロはロレンスのことを見つめるが、ロレンスはそれにも気がつかない振りをする。
ホロは素直に思っていることを言えないようだ。これをからかわない手はない。
「む……うむ。それは、残念じゃったな」
「ただし危険も大きいからな。俺なら船舶に乗るな」
「……せ、船舶?」
「契約を交わした商人達で金を出し合って、船舶を借りるんだ。出した金額で積める荷物の量が決まるんだが、船は陸路と違って難破すれば荷物どころか命も
「む、あ」
「どうした?」
林檎を山積みにした露店を通り越し、露店がだんだん後方に下がっていく。
他人の胸中がわかっている時ほど楽しい瞬間はない。ロレンスは商談用の笑みを
「それで、船舶の話だが」
「う……林檎……」
「ん?」
「林檎……食べ……たいん……じゃが……」
最後まで意地を通すかとも思ったが、意外に素直だったので買ってやることにしたのだった。
「自分の
がっしゅがっしゅと音を立てて林檎を食べながらホロがロレンスのことを
しおらしく林檎を食べたい
口の周りも手もべたべたにしながらすでに四個目の林檎に取り掛かっているホロに、文句の一つも言いたくなるというものだった。
「ぬし……もぐ……さっきはわざと……むぐ……気づかん振り、げふ、してたじゃろ」
「人の胸中が手に取るようにわかるというのは良い気分だな」
バリバリと
「わっちのじゃ」
「元は
ぞぶり、と口いっぱいに林檎を
「わっちは
「そうしてくれ。あの銀貨で今日の晩飯と宿代も払うつもりだったんだからな」
「もぐ……ふむ……しかし、わっぴ、もぐ、わっちには」
「食べてからどうぞ」
ホロはうなずいて、結局次に口を開いたのは八個目の林檎がホロの胃袋におさまってからだった。
これで、晩飯も食うつもりなのだろうか。
「……ふう」
「よく食ったな」
「林檎は悪魔の実じゃ。わっちらをそそのかす
ホロの大げさな物言いに、ロレンスは思わず笑ってしまう。
「
「貪欲は多くのものを失うが、禁欲が何かを生み出すということもない」
もちろん、
「で、さっき言いかけたことはなんだ?」
「うん? ああ、そうじゃ。わっちには元手がないし、すぐに金に変わるような能力もない。だからぬしの商売に少し口を出して利益を生み出すつもりじゃが、それでもよいかや」
よいか、と聞かれる時、商人なら簡単に返事はしない。きちんと相手の言うこと、その裏、影響までをも
だから、ロレンスはこの時返事をしなかった。ホロの言おうとすることがわからない。
「ぬし、近いうちに後ろの毛皮を売るんじゃろ?」
ロレンスのそんな胸中は察したのか、ホロが荷台のほうを振り向く。
「早ければ今日。遅くとも
「場合によっては、その時にわっちが口を出す。それで毛皮が高く売れればその分をわっちの
最後に小指をなめてから、ホロはなんでもないようにそう言った。
ロレンスはちょっと考える。今ホロの言ったことは、言い換えるとロレンスよりも高く毛皮を売ってみせる、ということだ。
いくら賢狼と言えど、ロレンスだって独り立ちして七年目の行商人なのだ。横から口を出すだけで値段が上がるほどぬるい商談はしないつもりだし、相手も簡単に買い取り金額など上げないだろう。
それでもホロがなんでもないことのように言うので、ロレンスはそんなことできるわけがないだろうと思うよりも、どうするつもりなのか、という興味のほうが先行した。だから、「よいだろう」と告げると、「契約成立じゃな」とげっぷ交じりに返事が返ってきたのだった。
「ただし、絶対毛皮の時にできるとは限らんよ? ぬしはその道の人間じゃ。わっちに口出しする余地などないかもしれん」
「
「
後ろの荷台にまだ山とある
毛皮を持っていった先はミローネ商会という様々な商品の
ロレンスが地元の業者ではなくわざわざそこを選んだのは、ミローネ商会がよそ者であることを
教会で出会ったあの若い行商人、ゼーレンの持ちかけてきた話に類することが聞けるかもしれないという
ロレンスとホロの二人はいったん宿に寄って部屋を確保してから、ロレンスは