第三幕 ⑤
対するホロは極めて元気だ。その道の人間二人をいとも簡単に出し抜いたのだからさぞ気分もよいことだろう。まだ時間が早いこともあって店内は空いており、そのためすぐに出てきた酒で
特級のぶどう酒だというのに、何の味もしなかった。
「うーん。やはりぶどう酒じゃの」
げふー、とげっぷも
「どうしたかや。飲まんのか」
「お前、商人やってたことがあるのか?」
豆をぼりぼり嚙みながら、早速追加されたジョッキを手に取ってホロは意外にも苦笑いをしたのだった。
「なんじゃ、わっちのあれがぬしの誇りに傷でもつけたかよ」
まったくそのとおりだ。
「ぬしがどれほどたくさんの商談をしてきたかはわっちにはわからんが、わっちもあの村でたくさんの商談を見てきとる。あれはな、いつだったかや、もうかなり昔じゃが、ずいぶん頭の切れる者が使っとった方法じゃ。わっちが思いついたわけじゃありんせん」
そうなのか?、とは口に出さず目で問いかけた。我ながら情けないとは思ったが、ホロが酒を飲みながら困ったように笑ってうなずくと、ため息と共に多少安心したのだった。
「しかし、
「それはほれ。わっちがぬしに買ってもらった
ロレンスはもう声も出ない。いつの間にそんな
しかし、それを聞いて即座に思い浮かんだ
それでは
「引っかかったほうが悪い、とは言わんが、向こうもこんな方法があるのか、と感心するじゃろ」
「……まあ、だろうな」
「だまされた時に怒っているようじゃ話になりんせん。そんな方法もあるのかと感心してこそ一人前じゃ」
「堂に入った説教だな。まるで
「うふ。どれほど年食った
ロレンスはもう笑うしかなく、
「それはそうと、ぬしはきちんとするべきことをしたのかや?」
とは、ゼーレンの持ちかけてきた話のことだろう。
「一応さっきの商会の連中に、近々銀貨を発行しなおす国がないかと話は聞いてきたが、隠しているふうでもなかった。独占できる
「ふむ」
「もっとも、その手の話で考えられる可能性はそんなに多くはないんだ。だから話に乗ったということもあるんだが」
そうなれば、持ちかけられた取引内容とともに誰が得をして誰が損をするかを考慮すれば、そこから導かれる選択
しかし。
「まあ、そこにどんなからくりがあったとしても、
ぶどう酒を飲んで、豆を口に放り込む。一応この代金はホロ持ちということになっているから、飲んで食わなきゃ損だ。
「しかし、マスターらしき人間が見当たらないが、外に出ているのか」
「店に行けば連絡が取れると言っとったな。よほど
「いや、行商人が連絡
ロレンスはそう言って店内を改めて見回した。そこそこ広い店内には、丸テーブルが十五
まさかその老人二人に声をかけるわけにもいかないので、ロレンスはちょうど追加のぶどう酒と、
「マスターですか?」
細い
「今は仕入れに行っていますが、何か御用事ですか?」
「ゼーレンというやつに連絡を取りたい、と伝えてもらえるかな」
店がゼーレンを知らないならそれはそれで構わない。酒場を連絡拠点にする行商人はとても多いから、行き違いがあったのだろう程度にしか思われないだろう。
しかし、それも取り越し苦労のようだった。ゼーレンの名を出すと、元々明るかった娘の顔がさらにぱっと輝いた。
「あ、ゼーレンさんですか。話は聞いています」
「連絡を取りたいんだが」
「昨晩町に帰って来ましたので、しばらくの間は毎晩見えると思いますけど」
「そうか」
「たいてい日が暮れてすぐに来ますので、それまで当店で過ごされることをお勧めします」
ちゃっかりした娘だ。ただ、それも一理ある。日没まであと一、二時間だから、ゆっくりと飲んでいけばちょうどよい頃合に来るだろう。
「それじゃあそうさせてもらおう」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
娘はそう言って一礼すると、老人二人のつくテーブルのほうへと歩いていった。
ロレンスはぶどう酒の入ったジョッキを手に取り一口含む。鼻を軽く抜ける
麦から造るビールもよかったが、職人によってうまいまずい、それに好みに合う合わないが大きいので考えものだ。値段が高ければそれだけ
そんなことを思っていると、対面に座っているホロの手が止まっている。何か考えている風だ。ロレンスが声をかけると、ホロはしばしの間を開けてから口を開いた。
「あの
間を開けたのは、娘が
「どんな?」
「ゼーレンという若者、毎日定刻に来とるわけではなさそうじゃ」
「ふん……」
ロレンスはうなずいて、ジョッキの中のぶどう酒を見る。
「じゃあ、あの言葉どおりにゼーレンは来るとみていいな」
そんな噓をつくということは常にゼーレンと連絡が取れるということだろう。もしそうでなければ、ロレンスとゼーレンの
「わっちもそう思う」
しかし、噓をつく理由がわからない。単にいつでもゼーレンを呼べる状況にあるから、適度な時間を開けさせてロレンスとホロにたくさん注文させようと思っているだけなのかもしれない。商売をする者は大なり小なり噓をつくのが日常だ。それ一つ一つを気にかけていたらすぐに道に迷ってしまう。
なのでロレンスはあまり気にかけず、ホロもそんなものかと思ったようだった。
その後は
そんな中のうちの一人に、予想どおり