第三幕 ⑧
こんな
ただ、同じことを理解するのに一月近くかかったロレンスにとってはとりあえず
「そ、そんなところだな」
「人の世界はややこしいの」
苦笑しながらそう言う割には、おそろしいほどホロの理解は早かった。
そんな会話をしていると、二人はやがて細い川に突き当たった。パッツィオの隣を流れるスラウド川ではなく、人工的に土を掘って川から水を引いて作った用水路で、スラウド川を伝ってこの町に運ばれてきたたくさんの荷物をいちいち陸揚げせずに効率よく市場に運ぶことができる。
そのためひっきりなしに荷物を
ロレンスが向かうのはそんな用水路に
「ほほう、にぎやかじゃの」
パッツィオ最大の橋の上についてホロがたまらずにそう
「これだけいるとどこにするか迷うの」
「行商人ならどこの町にも
混雑している橋の上を行くと、ホロは
最近はどの町でも禁止しているが、活気のある町ではただでさえ人通りが多い橋の上で両替商や金
「お、いた」
ロレンスも昔は幾度となくだまされたものの、懇意の両替商を作ってからはそんなこともない。
パッツィオで懇意にしている両替商は、ロレンスよりも少し年下のまだ若い両替商だった。
「ワイズ、久しぶりだな」
ちょうど客が立ち去ったところで、
ワイズと呼ばれた両替商は、なんだ?、と言いたげに顔を上げて、ロレンスに気がつくとたちまち破顔したのだった。
「おお、ロレンス! 久しぶりだなあ。いつこっちに来たんだ」
互いの師匠同士が知り合いなので付き合いも長い。友人みたいなものだ。懇意にしているというよりかは、必然的にそうなったというほうが正しい。
「
「へえ、相変わらずだなあ。元気だったか」
「まあな。そっちこそどうなんだ」
「へへ、早速
苦笑いをするワイズだが、独り立ちした両替商にとっては一人前になった
「で、今日はどうした。こんな時間に来るってことは客としてなんだろう?」
「ああ、実はな、頼みがあって……どうした?」
ロレンスがそう言うと、ワイズはハッと夢から覚めたように視線をロレンスに戻した。それから、視線を再び別のところに向けた。
正確には、ロレンスのとなりだ。
「そちらの
「ああ、パスロエの村からこっちに来る
「へえ……て、拾った?」
「拾ったに近い。そうだろう?」
「む? うむ……なんとなく
物珍しそうにきょろきょろとしていたホロは、ロレンスの言葉に振り向いて、それからしぶしぶといった感じで同意したのだった。
「で、名前は?」
「わっちのかや? わっちの名はホロじゃ」
「ホロ、か……良い名だ」
ワイズがだらしのない笑顔でそんな
「あ、行く当てがないならうちの所で働かないかな。今ちょうど小間使いがいなくてね。なに、ゆくゆくはうちの
「ワイズ、頼みがあって来た」
ロレンスがそう
「なんだよ。お前もう
ワイズの遠慮のないものの言い方は昔からだ。
しかし、ホロのことを手籠めにするどころか逆にロレンスがいいように手玉に取られることが多いような状況なので、それには明確に否と返事をしたのだった。
「だったら
ワイズはきっぱりとそう言いきって、ホロのほうを向くと
もちろん、そんなことおくびにも出せないが。
「それは後にしてくれ。とりあえず
「ち、わかったよ。で、なんだ?」
ホロはくつくつと笑っていた。
「最近発行されたトレニー銀貨を持ってないか? できれば過去にさかのぼって三回分くらいのものが欲しい」
「なんだ、切り下げか切り上げの情報でもつかんだのか」
さすがこの辺はその道の人間だ。あっという間に気がつく。
「そんなところだ」
「まあ、せいぜい気をつけるこったな。そうそう周りを出し抜けるもんじゃない」
と、いうことは
「で、あるのか、ないのか?」
「あるよ。先月の教会の
ワイズは後ろの大きな木箱から真ん中をくりぬいた木の間に半分だけ
見た目は、まったく変わらない。
「一日中貨幣を
ワイズがそう言うのだ。重さや色などはとっくのとうに
「無理無理。そんなんでわかってたら俺らがとっくに気がついてる」
ワイズは笑って、両替台の上に
「ふん……どうしたものかな」
ため息交じりにロレンスはそう言って、頰杖をつきながらもう片方の
「
「馬鹿を言え。そんなことできるか」