第三幕 ⑩
言われてみれば、確かにそのとおりだ。勝手にそこに大きな
ゼーレンは、「絶対に」利益が出るはずなのだ、と。
「うふ。人というものは
ホロは他人ごとのようにそう言って、ロレンスはそれにため息しか出ない。ただ、幸いなことにまだトレニー銀貨にわざわざ投資してはいない。手元にあるのはあるべくしてある銀貨だけだ。ゼーレンと交わした契約書には何枚銀貨に投資するなどの取り決めはない。こうなればあとは相場の変動がないことを
商人が油断して誰かの
それでもやはり、あの若造、と呼んでいたようなゼーレンに
「ただ、の」
まだ何かあるのか?、とロレンスが許しを
「銀貨の純度が少しずつでも下がるということは、よくあることなのかや?」
ロレンスはそれが救いの足ががりなような気がして、
「いや、普通は細心の注意を持って純度が維持されるはずだ」
「ふむ。で、そこに降って
「う……」
ニヤニヤと笑っているのは単純にこの状況が楽しいからなのかもしれない。いや、きっと楽しいのだろう。
「ただ、ぬしがあの村にあの麦を持ってあの瞬間にあそこに立っていたというのも、偶然じゃ。世に偶然と必然ほどわからんものはない。
「
そんな言葉ばかりがすぐに出た。
「さて、ぬしは思考の迷路にて右往左往しているようじゃ。そういう時は新たな視点を入れるべきじゃ。わっちらも獲物を獲る時、たまには木に登る。木の上から見る森はまた違うもの。つまりの」
「何かを
「あ……」
がん、と頭を
「何もあの若者の利益は、あの若者が相手をした者から
頭二つ分背の低いホロが、おそろしい巨人のように見える。
「木が一本
一瞬、ロレンスはホロがすでに何かを知っているのではないかと
目の前のできごとの考え方。その手法の知識だ。
ロレンスは考える。新たに得たその知識で考える。
ゼーレンが、実際に会話をした相手、すなわちロレンス達から利益を得るのではなく、別の場所から利益を得るのだとしたら。ゼーレンが誰かに銀貨を買わせることで、別の誰かから手間賃を得ることができるとしたら。
ただ、その考えが頭の中に浮かんだ瞬間ロレンスは息を
もしもそのように考えるとするなら、ロレンスはこの事態を
以前立ち寄った町の酒の席で別の行商人から聞いたそのからくりは、あまりにも規模が大きくその時は単なる酒の
しかし、そのからくりを用いれば価値の下がる銀貨を買い集めるという意味のないような行為を難なく説明することができる。
そして、ゼーレンが
ゼーレンは、それらのことで取引に説得力を持たせ、極力ロレンスが銀貨を買うようにと仕向けたかったのだ。
ロレンスの考えが当たっていれば、ゼーレンは誰かに
ある特定の銀貨を目立たぬように集めるためには複数の商人達の欲を突いて彼らに集めさせるのが一番よい。
ある商品を買い占めて値を
また、今回のうまい点は、銀貨の値段が下がれば商人達はなるべく損を小さくするためにその銀貨を手放したくなるということだ。そうすれば買取はさして難しくもないだろうし、損をした商人達は自らの名誉のためにそんな銀貨の投資に手を出したことを言いふらさない。
かくして、銀貨は人知れず一箇所に集まっていくのだ。
それを用いて行われる巨大な構図の企みは、目も
ロレンスは、思わず声を上げそうになっていた。
「うふ。何か
「行くぞ」
「ん? え、あ、どこに?」
もうすでに走り出しかけていたロレンスは、もどかしく後ろを振り返って言ったのだった。
「ミローネ商会だ。これはそういう構図なんだ。これは、価値が下がる銀貨を買えば買うほど利益が出る企みなんだよ!」
相手の企みは裏を突けば必ず儲かる。
それは、企みが大きければ大きいほどよいのであった。