第四幕 ③
そんなロレンスとホロが入った店は、小さな宿に併設の酒場だ。酒場と名がついてはいてもメインは軽食で、こういうところは朝から晩までひっきりなしに出入りする商人や旅人達の
「なんでもいい、薄めた
「あいよ」
ロレンスのそんな適当な注文にも威勢よくうなずいて、カウンターの中にいた店主が
ロレンスはそんな声を聞きながら、奥のほうの空いている席にホロを連れていって座らせた。
「弱いわけじゃなさそうだが、
そんな言葉にホロの耳が
机に横を向いて突っ伏したまま、「ぅぇー……」などとため息なのかうめき声なのかわからない声を
「はいよ、
「料金は?」
「今もらえるかね。あわせて三十二リュートだ」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
ロレンスは
「二日酔いかい?」
「ぶどう酒の飲みすぎだ」
「ま、若いうちはそういう失敗もあるわな。二日酔いでも何でも決済日はやってくる。しょっちゅう
行商人なら誰しもが経験することだろう。ロレンスも、実際のところは何度かそんな失敗を犯したことがある。
「はいよ、三十二リュート」
「うん……確かに。ま、少し休んでいくといい。自分のところの宿にたどり着かなかった口だろう?」
ロレンスがうなずくと、わっはっは、と店主は笑いながらカウンターに戻っていったのだった。
「飲んだらどうだ? いい具合に薄めてあってうまいぞ」
ロレンスがそう言うとホロはのろのろと顔を上げた。顔の作りがよいので
「ふう……二日酔いなんてもう何百年ぶりかやあ」
木のコップの中身を半分ほど飲み終えてから、ようやく人心地ついたようでホロはためいきをついた。
「二日酔いの
熊が
それで皮袋を持って逃げた熊を森まで追いかけていったら、森の中で熊が酔っ払っていた、なんて話もあるくらいだ。
「いや、その熊と酒を飲むことが一番多かったかの。人の
熊と狼が酒盛りをしている様子など、まるっきり
「まあ、何べん二日酔いになっても
「人と同じだな」
ロレンスが笑うと、ホロも
「そういえば……ええとなんじゃったか。何かぬしに伝えることがあったんじゃが……とんと頭から出てこん。何か結構重要なことだった気がするんじゃが……」
「本当に重要なことならそのうち思い出すだろう」
「うーん……そうかや。まあ、そうじゃの。ダメじゃ……ぜんぜん頭が働かん」
ホロは言うなりまたずるずるとテーブルに突っ伏し、ため息をつくと目を閉じた。
今日一日はこんな感じだろう。さっきの店主の言葉じゃないが、出発が目前に迫った時ではなくて本当によかった。荷馬車の上は結構揺れるのだ。
「まあ、あとはミローネ商会に任せておけばいいからな。
「うう……
「そんな様子だと今日は一日
「う……む。情けないがそのとおりじゃな」
突っ伏したままホロはそう答えてから、片目だけ開いてロレンスのほうを見る。
「何か用事でもあったのかや」
「うん? ああ、商館に顔を出しがてら買い物にでも行こうかと思ったんだがな」
「買い物かや。ぬし一人で行ってくればいいじゃろ。わっちはここで休んでから宿に帰る」
のそのそとホロは顔を上げ、体を起こすと飲みかけの
「それともなにかや。わっちと一緒に行きたいのかや?」
もはやお約束というか、
「なんじゃ、面白くない」
ロレンスがいたって平静なので、ホロはつまらなそうに下
ロレンスはパンを手にとってかじりながら、再びテーブルに突っ伏したホロに少し苦笑する。
「お前に
その瞬間、ホロの頭の上の
「……何を
ただし、わさわさという
「ずいぶんな言われようだな」
「
ホロが
「
ホロは
「この前の借りは返せたな」
ロレンスが得意げにそう言うと、ホロは唇を
「せっかく
ホロにようやく
だからロレンスはさっさとそう話を切り出した。
しかし、ロレンスの言葉を聞くとホロは
「なんじゃ。
そして、短くそう言った。
「
「髪などどうでもよい。
言葉の後にわさわさと音がする。
「……まあ、お前がそう言うならそれでいいか」