第四幕 ④
ロレンスはホロの流れるような髪の毛は
だからロレンスも世の
そんなことを言えば、どうつけ込まれるかわからないからだ。
「で、ぬしよ」
「ん?」
「櫛はいつ買いに行くかや」
テーブルに突っ伏したままロレンスのことを見上げているホロだが、その目は期待の色にらんらんと輝いている。
ロレンスは少し首をひねり、他意なく聞き返していた。
「櫛はいらないんだろ?」
「櫛をいらぬとは言っていない。櫛は欲しい。できれば歯の細かい物がよい」
髪を漉かないのに櫛など買ってもしょうがない。ロレンスの頭の中では尻尾の毛を漉くのは毛織物職人の使う
「刷毛を買ってやるよ。なんなら良い毛織物職人を紹介してやろうか?」
毛皮の扱いなら専門の道具と本職の人間のほうが良い。半ば本気、半ば
ホロが、今にも
「ぬし……わっちの尻尾をそこいらの毛皮と一緒にしたな?」
ロレンスはその迫力に少したじろいだものの、ホロは相変わらず調子が悪そうだ。大した反撃もできないだろうと高をくくっていた。
「もう……
どうせ泣き出すくらいのことだろうとロレンスは思い、
「泣いて
突然やられたら確かに動揺したかもしれないがな、とは思ったもののもちろん口には出さなかった。
ただ、そう言われたホロはそれが
そんな子供っぽい
そして、ホロはしばしの沈黙の後、小さく言ったのだった。
「……もういかん。
その瞬間、ロレンスは飲みかけの果汁をひっくり返しそうになるくらい
日もすっかり落ちて、木窓の向こうの通りの
そして、再度机の上に目を向ける。そこには質素だがそれなりの商店の店構えが描かれた紙があった。どんな町で、どんなものを商い、どう商売を拡大していくかの綿密な計画までもその横には書いてある。さらには商店の
ロレンスの夢、自前の商店の出店計画だった。
つい一週間前までは遠い夢だ夢だと思っていたそれも、ミローネ商会との今回の取引でにわかに現実味を帯びた。もしもトレニー銀貨二千枚からなる収入があれば、貯金と呼べる装飾品や宝石を多少処分すれば店を出すことができる。そうすればもうロレンスは行商人ではなく、町商人ロレンスなのだ。
「むう……何の音かや……」
と、改めて
「体調はどうだ」
「うん、だいぶよい。ただ、少し腹減ったの」
「食欲が出れば問題ないな」
ロレンスは笑って、テーブルの上にパンがあると教えてやった。ライ麦の黒パンだ。硬いし苦いしパンの中では底辺に位置する安物のそれだが、ロレンスはその苦味が逆に気に入っていてよく買うことがある。
「何か飲み物は……」
「水差しがあるだろう」
パンと並べて置いておいた水差しの中身を確認して、ホロは一口水を飲むとパンをかじりながらロレンスのそばに寄ってきた。
「……店の絵?」
「
「ほほう、なかなか
しげしげと眺めながらそう言って、ホロはパンをかじる。
異国の地で言葉が通じない時など、時折絵で取引をするものだ。欲しい商品の単語がどうしても出てこないことが結構あるし、通訳がいつも見つかるとは限らない。だから行商人は皆結構絵が上手いのだが、ロレンスは大きな
それに、なかなかの
「これらの文字は?」
「ああ、店の
「ふうん。町の絵も描いてあるけど、これはどこの町かや」
「実際の町じゃない。俺が店を出したい理想の町だ」
「ほほう。しかし、こんなに綿密に描いておるということは、近いうちに店を出すのかや?」
「ミローネ商会との取引が上手くいけばな。おそらく出せる」
「ふうん……」
ホロはあまり気乗りしないふうにうなずいて、パンの残りを小さい口に放り込むとテーブルのほうに歩いていった。こくりこくりと音がしているので、水でも飲んでいるのだろう。
「自前の店を持つことは行商人の夢だからな。
「うふ。それくらいわかりんす。理想の町まで描いているんじゃ、よほど何
「描けばいつか俺の手の中に入るような気がしてね」
「大昔に出会った絵描きもそんなことを言っとったの。見ている景色を絵にしてすべてを自分のものにしたいと」
二切れ目のパンをかじりながら、ホロはベッドの隅に
「その絵描きの夢はおそらく
「ああ。それを考えるといてもたってもいられなくなるな。ミローネ商会に出向いて全員のケツを
少し大げさにそう言ってみたが、
「しかし、そんなに店を持つことがよいことかや。行商でもそれなりに
「儲けるだけならな」
ホロが少し首をかしげる。
「それ以外に何かあるのかや」