第四幕 ⑧
「しかし、考えたくないがその相棒が
「うちらは異国の商会だぜ。
そう言って笑う声が、とても心強い。
しかし、だからこそそんな支店を預かる支店長は恐ろしく手ごわいだろう。
果たしてこちらの身の安全を保証させることができるだろうか。
そんな不安が胸のうちで
それが、行商人としての意地と、ホロが危険を
ロレンスは深呼吸をしてうなずいた。
「ま、中で待っていたらどうだい。ぶどう酒だってじっと待たなきゃ良いものはできやしない」
荷揚げ夫がそう言ってくれはしたが、ホロのことを考えるととてもそんな気にはなれない。
ただ、初老の荷揚げ夫はこんな事態には慣れっこだという感じに、落ち着いてロレンスに言葉を向けていた。
「どの
大げさな物言いだが、ロレンスはそれでようやく幾分か冷静になることができた。
「ありがとう。きっと、いや、必ず
「ほう、娘か。
ロレンスの気をほぐすためにわざとそんなことを聞いてきたというのがわかったので、ロレンスは笑いながら答えてやった。
「十人が十人とも振り返る」
「はっはっは。それは楽しみだな」
荷揚げ夫は大声で笑いながら、ロレンスを商会の建物の中へと案内したのだった。
「
おそらくは寝入りばなを起こされたのだろうが、まったく昼間と変わらない様子でマールハイトは口火を切った。
「私もそう思います。私が銀貨のからくりに気がつき、そこを突くためにこちらの商会に商談を持ちかけたことがばれたのでしょう。それを
そのためには、ミローネ商会の協力が必要だった。
「私の連れが
テーブルに身を乗り出さんばかりの勢いでそう言ったのだが、マールハイトはロレンスのほうに視線を向けずに何か考え込んでいる。
それから、ゆっくりと視線を上げた。
「お連れの方が
「はい」
「なるほど。うちの商会の者があの騒ぎを聞きつけ、何人か尾行していたようなのですが、無理やりといった様子で連れられていく若い
マールハイトの言葉は半ば以上予測していたものの、実際に聞くと心臓をわし
しかし、ロレンスはすぐさまそれを息と共に腹の奥に飲み込んで、代わりに言葉を
「多分、私の連れ、ホロでしょう。私がここに来られるようにと
「なるほど。しかし、彼らはなんのために捕まえたのでしょうか?」
その瞬間、ロレンスは
「私達が、こちらの商会と手を組んで、メディオ商会の
マールハイトはそんなロレンスのうなり声に近い言葉を聞いても、表情をほとんど変えずに小さくうなずき、そしてまた視線をテーブルに落として何かを考え始めた。ロレンスは
「それは、ちょっとおかしくはないでしょうか?」
「どこがですか!」
がた、と立ち上がるとさすがにマールハイトは目をしばたたかせたが、すぐに冷静な顔に戻ると、そのまま
「落ち着いてください。なにかがおかしい。おかしいんです」
「どうしてです! そちらの商会がゼーレンの背後関係を簡単に調べ上げられたように、メディオ商会もここの商会が自分達の
「……確かに、ここは彼らの
「どこがおかしいんですか」
「はい、わかりました。これは明らかにおかしいです」
マールハイトがまっすぐにロレンスの目を見てそう言うので、さすがにロレンスも話を聞くしかなかった。
「そもそも、向こう側がどうしてロレンスさんと、当商会が
「それは私が度々ここを訪れたからでしょう。そして、それと前後してこちらの商会がトレニー銀貨を集め始めたことにも気がついたのでしょう。その二つがそろえば簡単に推測できることです」
「それはおかしいのです。なぜなら、ロレンスさんは行商人なのですから、当商会と度々交渉を持ってもなんらおかしくはありません」
「ですから、それとあわせて、そちらがトレニー銀貨を集めているという事実、さらにゼーレンと取引をした者とあわせて考えてみれば」
「いえ、それでもおかしいのです」
「なぜ?」
ロレンスはわからない。それが
「なぜなら、我々がトレニー銀貨を集めている時点で、ロレンスさんとの商談がまとまってしまったと考えるのが当然だからです。ロレンスさんも考えてみてください。『どんな
「……た、確かに」
「我々がトレニー銀貨を集めていれば、それは即ちこの取引の
「ま、まさか」
マールハイトは少し悲しそうな表情を浮かべてから、小さくうなずいて残念そうに言ったのだった。
「はい。我々は
ロレンスはぐらりと体が傾くのを
「私もそのように言うことが
マールハイトはため息をついて、静かに言った。
「申し訳ありませんが、私は商会の利益を取る。ですが……」
その後のマールハイトの言葉は耳に届かなかった。破産を宣告された時の商人というのはこういう感じなのだろうか、とロレンスは頭のどこかで思っていた。手も、足も、口も、何もかもが固まってしまったようで、自分が呼吸をできているのかすら怪しかった。
今、この瞬間、ロレンスはミローネ商会に見放されたのだ。