第五幕 ②
一部の国を除いては、基本的に国王と名前がついていてもそれは
そのため、王家が持っている財産など他の貴族とあまり変わらない。特別なものがあるとすれば、それは国王の名の元に管理されることになる特殊な権力の数々だ。即ち、鉱山の採掘権、
おそらくメディオ商会は、トレニー国国王の管理するそれらの権力のうちのどれかが欲しかったのだろう。それが何かはわからないが、メディオ商会が
ロレンスがミローネ商会に持ち込んだのは、この取引を横取りするものだ。
すなわち、メディオ商会よりも多くの銀貨を回収し、より早く王に取引を持ちかける。
王の側としては、二つの商会の取引に
ミローネ商会が先に取引を終わらせてしまえば、メディオ商会はもう特権を引き出せない。
その特権は、
メディオ商会としては、金で買えるのならいくらでも出したがるだろう。それはミローネ商会も同じだが、首根っこを押さえられている身としては、相当の対価がもらえればかまわないはずなのだ。
「しかし……こちらはこの支店を取り
ここが
「火刑台に送られるような商会と王が取引したとわかれば、王はさぞ困るでしょう」
マールハイトはハッと気がついたようだった。教会は国境を越えた権力集団だ。大国の国王や大帝国の皇帝相手ならばまだしも、トレニー国の国王程度ならば教会の権力は絶大な効果を持つ。
それでなくてもどういう理由かはさておき金策に困っているらしい王なのだ。教会との
「こちらが王と契約を交わせば、メディオ商会は
「なるほど。しかしかといって向こうも黙って引き下がれない。残るは無理心中くらいのものですか」
「はい」
「そこで、こちらが相当の対価とロレンスさんのお連れの方の身柄を条件に、特権を引き渡す、と」
「はい」
マールハイトは
ただ、それには困難が伴う。
しかし、それを渡りきれなければ、ロレンスはホロを切り捨てるか、共に教会の火にくべられるかを選ぶことになる。
そして、前者はない。絶対にない。
マールハイトが、顔を上げて言った。
「方法論としてはいいかもしれません。ですが、お気づきかと思いますが、これにはとても大きな困難が付きまとう」
「どうやってメディオ商会を出し抜くか、ですね」
マールハイトは顎に手を当ててうなずく。
ロレンスは頭の中で組み上げた言葉を放った。
「私が推測する限り、メディオ商会はまだあまり銀貨を集めていないと思うのです」
「その
「その根拠は、ホロを
マールハイトは目を閉じて聞き入っている。ロレンスは息
「それに、おそらくメディオ商会は表立ってトレニー銀貨を回収していると
マールハイトはゆっくりとうなずく。
「以上のことから、いけると思います」
それから、苦しげにうなって目を閉じた。
一見正しそうな推論だが、あくまでも推論だ。単純にメディオ商会がミローネ商会の本店から
しかし、なんにせよ何らかのためらいがあるはずなのだ。
せっかくそのためらいがあるのだ。そこを利用しない手はない。
「それでは仮に向こうがまだあまり準備が整っていない状況だということにしましょう。その場合、ロレンスさんはどのように動こうと思っているのですか?」
ロレンスはその言葉を正面から受け取った。ここで自信のなさを見せてはならない。
深呼吸をして、大きく息を
それから、はっきりと言った。
「ホロを探し出して奪い取り、こちらが交渉を終えるまで逃げ続けます」
一瞬、マールハイトが息を
「そんな、
「逃げ切ることは不可能だと思いますが、多少の時間なら
「不可能だ」
「なら、ホロをこちらから告発しますか? 私はミローネ商会が不利になる証言をしますよ」
マールハイトはそんな裏切りに似た脅し文句を言うロレンスに、泣きそうな顔を向けて口をパクパクさせた。
しかし、どの道ミローネ商会から告発をしてもロレンスとホロと売買契約を結んだことは事実なのだ。教会裁判で無罪を勝ち取るのは
マールハイトは悩む。悩み切っている。
だからロレンスはそこを押した。
「ミローネ商会の協力を得られれば一日二日は逃げられるでしょう。なにせ、一緒に逃げる相手は
もちろんそんなことロレンスにはわからないが、説得力はあると思った。