第五幕 ③
「う……む……」
「今回
「……ど、どれくらい、ですか」
ロレンスの迫力に押され気味になりつつも、頭の中はよく
ロレンスは、ホロを
パッツィオの町は古い。建物の数は多く、路地は入り組んでいる。隠れようと思えば隠れるところは山ほどある。
メディオ商会だけが相手であれば逃げ切れる。ロレンスはそう確信している。
そして、マールハイトが目を開いた。
「今すぐトレニー城に馬を走らせれば、上手くいって日没頃に着きます。交渉を即決で行ったとして、帰って来るのは夜明け頃。交渉が長引けばそれだけ遅くなります」
「今すぐ交渉の馬を走らせるなんてことができるのですか? まだ手元の金額もわかっていないのに」
「銀貨のある場所というのは限られています。ですから我々が手に入れられる銀貨の量というのはおおよそ想像がつきます。その限度いっぱいに交渉を持ち込んで、実際に銀貨のやり取りを行うその日までに用意できれば問題ありません」
確かにそれはそうだが王を相手取っての交渉で、そんな乱暴な発想ができるのはやはり大商会の人間だからだろうか。それに、王との交渉の時は、少なくとも王が自らの力でもっと安価に銀貨を回収できはしないだろうかと考えるのを
「しかし、本当ならメディオ商会の後ろにいる人間が誰かを
ロレンスは
ただ、今は前だけを見なければならない。ロレンスはぐっと背筋を伸ばしてマールハイトを見た。
「しかし、国王相手に即決の交渉ができますか?」
交渉が即決だろうが長引こうがロレンスは逃げなければならない。その事実に変わりはないが、やはり心の持ちようが違う。
マールハイトは、小さく
「ミローネ商会がその気になれば、どのような商談も即決以外にあり得ません」
思わず苦笑いのロレンスだが、今はそんなマールハイトの言葉が頼もしい。
ロレンスは右手を差し出しながら、今日の天気を尋ねるようにマールハイトに質問した。
「それで、ホロの居場所は
「我々はミローネ商会です」
この商会を選んでよかった、とロレンスはマールハイトと握手をしながら胸中で
「商会の者が
「教会ですか」
「そうです。彼らも様々な国の様々な町に行く。特に前線で布教活動を行うような人達は我々と同じかそれ以上にそういったことに
「確かに、彼らは
「ですから、教会が本腰を入れて
「二大金貨ですか」
「
「わかりました。必ず期待にお
ロレンスとマールハイトはもう一度握手をしてから馬車に乗り込んだ。どこにでもあるような目立たない造りの馬車だ。ただ、屋根付きなので外から中に乗っている者の顔は見えないが、それはここにホロを乗せて逃げるためではない。ロレンスが無事ホロのいる元へたどり着くためだ。しかも、それはロレンスを運ぶためというよりも、ロレンスがどこに行ったかわからなくするためのものだ。
ミローネ商会の人間が昨夜の
商人達は面と向かっても
ロレンスは一緒に乗り込んだ商会の者とともに
「地下に入ったら右側の壁に手をつけたまま前進、ですね」
「行き止まりが目的地です。
「好景気に不景気ですか」
「わかりやすいでしょう」
ロレンスは苦笑して、わかったとうなずく。ミローネ商会はこういう合言葉が好きなようだった。
「それでは、そろそろですね」
商会の者がそう言った直後、
その直後、馬がいなないて馬車が急停止し、誰かを
その数瞬後には、馬車が何事もなく走り始める音がした。
「こんな準備までしてるとはな」
ロレンスは半ばあきれ気味にそう言って、右側の壁に手を当てるとゆっくりと歩き出した。
昔の地下水道跡地で、市場までの用水路が引かれてからは使われなくなっている。ロレンスが知っているのはそこまでだが、ミローネ商会はここを
こういったことは教会も得意だ。地下に墓を作ると言っては町の下に独自の通路を構築しているという。用途は
教会の総本山や、ミローネ商会のような大商会の本店が置かれる町というのは悪魔や
今はそれが恐ろしく実感できる。
真っ暗でじめじめとしている地下道だが、足元は
ただ、だからこそ安心感もあった。ミローネ商会は、強い。
「ここか」
足元の水の反響音から行き止まりに着いたと判断して、少し手を前に伸ばすとすぐに壁に当たった。
月のない山道で野犬に襲われたりが当たり前の行商人だ。いざとなればここを走ってもすぐにどこが壁かわかる自信がロレンスにはあった。