第五幕 ⑥
しかし、何を言われたのだろうかとロレンスは少し考える。確かにホロは村の連中に
そんなことを考えていると、ホロが口を開いた。
「わっちはあそこの土地に居着いて何年
ばさり、と
「わっちは
それを聞くのは二度目だが、ロレンスは素直にうなずいて次を促す。
「確かに村の者達はわっちを豊作の神として扱ったが、どちらかといえば
「それから穀物庫にご
「
そんな感想は少し面白い。穀物庫に入れられた者が食べた
どこか
「しかし、の」
そんな強めの声がでて、ロレンスは身構える。ホロの口から、怒りの核心が飛び出してきた。
「ヤレイはわっちになんて言ったと思う」
ホロは下
「やつはな、わっちの名をゼーレンから聞いただけでもしやと思ったそうじゃ。わっちは、わっちはな、情けないが、それが
しかし、そう言うホロはうつむいてぽろぽろと涙をこぼす。
「じゃが、やつはこう言ったんじゃ。私らがあなたのご
エーレンドット
ただ、どれだけ
ロレンスだって、時の運を操る神は気まぐれで人の運命を
しかし、目の前にいるホロは違うようだった。
パスロエの村にいた理由は大昔に村人と仲良くなり、またその友人から村の麦畑のことを頼まれたからだったと言うし、少なくともホロはなるべく豊作になるようにと考えていたようだ。
なのに何百年もその土地にいて、だんだんと自分の存在が周りに認められなくなっていき、最後に一方的な決別の言葉を聞くというのはどういう気持ちなのだろうか。
ホロの目からぼろぼろ涙が
ホロは、一人は
神が自らを
そんな大それたことを思ったくらいだから、ホロの涙を
「まあ、ものは考えようだ。北に帰るためにはどのみち土地を去らなきゃならなかった。後ろ
どうにか泣き
「
俺達、というのにはもちろん力をこめて言ってやった。
ホロは一瞬ロレンスのほうを見てから、一度うつむいてまたぽろぽろと涙をこぼす。
そして、ホロはうつむいたままうなずいてから、顔を上げた。ロレンスが再度涙を拭ってやると、ホロは深呼吸をした。まだ
それから数瞬後には、涙で
「……ああ、すっとした」
まだ涙の残りを片手で拭いながら、ホロは照れ隠しするように笑ってロレンスの胸を
「ここ数百年まともに会話しとらんのじゃ。
ロレンスは両手を上げて
「
「うむ」
ただ、ホロは楽しそうにぐりぐりとロレンスの胸をついている。
そんなホロのことがたまらなく
「
と、その先のロレンスの言葉は出なかった。
ホロが傷ついたような顔をして、ロレンスのほうを見つめていたからだ。
「……お前、ずるくないか」
「ん、
いけしゃあしゃあと言うので、ロレンスは軽くホロの頭を小突いたのだった。
そして、そんなやり取りを見計らっていたかのように
「到着しましたよ。そちらもひと段落つきましたかな?」
「ん、万全だ」
わざと気負ってそう答え、ロレンスは馬車の
「やはり
「この耳のことかや?」
ホロがいたずらっぽくそう言ったが、御者はしてやられたといったふうに笑う。
「また行商人に戻ろうかなと思いましたよ。今の
「やめたほうがいい」
石
「あいつみたいなのを拾う
「なに、荷馬車の御者台は一人じゃ広いです。願ったりかなったりですよ」
口に浮かんだのが苦笑いだったのは、皆似たり寄ったりなことを思ったりしているようだと思ったからだ。
しかし、ロレンスはそのまま何も言わず地下道の中に飛び込んだ。何を言っても気恥ずかしい言葉しか出てこなくなりそうだったし、何より、地下道の中にはホロがいたからだ。
「わっちもぬしに拾われて飛んだ羽目じゃ」
ごごん、と御者が客車に入って石畳の
石畳の蓋の向こうから小さく聞こえる馬のいななきを聞きながら、ロレンスはどう切り替えそうかとあれこれ考えたが、何をどう言っても結局はホロが優位に立ちそうだったので、素直に
「やっぱりお前ずるいぞ」
「そんなわっちも
当たり前のようにそう言うのだ。ロレンスはこれをどう切り返せばいいのだろうか。
いや、うまく切り返そうと思うからホロの策にはまるのだ。
ロレンスはそう思い、最も意外そうな選択
ロレンスは少し
それから、横を歩くホロとは逆を向いて、小さくぼそぼそと照れるように言ったのだった。
「まあ……可愛いとは……思うがな」
まさかこうくるとは思うまい。
ロレンスは
さて、ここで痛快な
ロレンスは、ホロのほうに向きなおろうとしたその瞬間、手の中にふと柔らかい感触が
それがホロの小さい手だと理解したのは、一瞬頭が空白になってからだ。
「……
はにかむような、
だから、結局止めを刺したのはホロだった。
「ぬしもほんとに可愛い男の子じゃの」
ちょっと
ただ、それでホロの手を振りほどこうと思わない自分が少し情けなくもあったし、ホロが手を離さないことが嬉しくもあった。
それでもロレンスはやっぱり胸中で
ずるい、と。
地下道は静かだ。
ホロの