第六幕 ①
ぴたり、とホロの足音が止まったのは、足元で
ロレンスは
「どうした?」
「空気がかすかに震えとらんか?」
今、自分達が町のどの辺にいるのかをロレンスは
そして、だとすれば真上をたくさんの人や荷馬車が行き交っていることも楽に想像できる。空気が震えるのも当たり前だろう。
「上じゃないのか?」
「いや……」
ホロが言いながらきょろきょろしているのがわかる。ただ、通路は前か後ろにしかない。
「
「気のせいじゃないのか?」
「いや……する。音がする。これは音じゃ。水? 水がはねる音……」
ロレンスは目を見開いて直感した。追っ手だ。
「前からじゃ。これは、まずい、下がりんす」
ロレンスはホロが言う前に
「ここは一本道なのかや」
「
「さすがのわっちもここで迷わない自信はないのう……う?」
ホロは言って立ち止まった。急に立ち止まるのでつないでいた手が離れ、ロレンスはたたらを踏む。慌てて戻ると、ホロは後ろを向いているようだった。
「ぬし、耳をふさいどれ」
「どうした」
「走っても追いつかれる。向こう、犬を放ちおった」
一本道で訓練された犬に追われたら
しかし、こちらにも犬と似たような者がいる。
「ふふん。頭の悪そうな鳴き声じゃ」
ホロがそんなふうに言った直後、確かにロレンスの耳にも犬の鳴き声が小さく聞こえてきた。
反響しているだけかもしれないが、折り重なって聞こえるその鳴き声から察するにおそらく二頭以上だ。
ホロはどうするつもりなのか。
「犬が馬鹿すぎて理解できんかったらどうしよう。まあ、ぬしは耳をふさいどれ」
ロレンスは言われたとおりに耳をふさぐ。予想がついた。遠吠えだ。
「……すぅ」
息を吸い込む音がして、ホロの小さい体のどこにそこまで息が入るのかと思うほどそれが続いた直後、一瞬の間を空けて放たれたそれは地鳴りのごとき
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
びりびりと手や顔のむき出しの
どんな屈強な大の男の
ロレンスは山や草原で狼の群れに追われたことを思い出す。圧倒的な数に地理の
「かはっ……けへっ……のと……
と、
しかし、水などここにはない。
「
「後でいくらでも食え。で、犬はどうなった」
「
「なら
「道はわかるのかや」
「一応な」
走り出す前にホロのほうに向かって左手を出すと、ホロはしっかりと
それを確認してロレンスは走り出す。その頃には、ロレンスの耳にも人の
「しかし、なんでばれたんじゃ」
「的確にここだ、とわかったわけじゃないだろう。おそらく地上で発見できなかったから地下に
「そうかや」
「もしわかってて来たのなら、今頃は
「なるほど。そのとおりじゃな」
ロレンスとホロが歩いてきたまっすぐな道の先からくぐもった音が聞こえてきたかと思うと、暗い地下道の先にわずかな光が差し込むのが見えた。先ほどロレンス達が入ってきた場所だ。
ここでミローネ商会の者が助けにきてくれたと思えるほど楽観的な人生をロレンスは歩んでいない。
ロレンスは冷たい水を頭からかぶった時のように短く息を吸い込んで、その足を速めた。
直後に、地下道内に声が響く。
「ミローネ商会はお前らを売ったぞ! 今さら逃げても
そんな言葉を避けるように地下道のわき道を折れると、再度似たような言葉が後ろから響いてくる。
こういう事態になれば世界中どこでも聞く言葉だ。ロレンスは無視して走っていたが、ホロが不安げに口を開いた。
「わっちら売られたらしいが」
「さぞ高値で売れただろうな。なにせお前がいればミローネ商会の少なくともここの支店をつぶすことができる」
「……なるほど、そりゃあよほどの高値じゃ」
仮にロレンスとホロが売られるとすれば、マールハイトがミローネ商会の支店と引き換えに、という選択
すなわち単なる
返事を聞いて物分かりよさげにうなずいていたものの、ロレンスの手を握る小さな手には少しだけ力がこめられていた。
ロレンスは、ホロの小さな不安を握りつぶすかのように手を握り返す。
「よし、ここを右に曲がれば」
「待った」
と、ホロに言われるまでもなく、角を曲がった直後にロレンスはその足を止めていた。
ゆるやかに曲がった地下道の向こう。その奥からゆらゆらとゆれるランプの明かりと、「いたぞ!」という言葉が飛んできたのだ。
ロレンスはすぐさまホロの手を引いて進んできた道をまっすぐに走り出す。続いてロレンス達に気がついた連中も走り出したが、ロレンスの耳にそんな足音は届いていなかった。
「ぬし、道は」
「わかる。大丈夫だ」
語気荒く答えてしまったのは息が上がり始めたからではない。地下道は
道がわかるというのは噓でもないが、真実でもない。
自分がいくつの