第六幕 ⑤
麦を持って立ち去るつもりだ、とロレンスは気がついたものの、ホロの言葉はまるで何かの魔法のようにロレンスの
ただ、ロレンスの体には腕を支える力も、小さな皮袋を持つ力も残されていなかった。
いったん宙で止められていたその手から、まず皮袋が落ちて、次いで腕がぱったりと落ちた。
落としたそれを拾うこともできない。
ロレンスは絶望的な目で皮袋を見ていた。
『世話になったの』
ホロがそんなことを言いながら歩み寄ってきて、ロレンスの手から落ちた皮袋を大きな口で器用に拾い上げた。
その
ホロが得意げに
ロレンスはとっさに叫んでいた。叫んでいるとは言えない声だったけれども、力の限りに叫んでいた。
「ま、待て!」
それでもホロは足を止めずに歩いていく。
ロレンスは、ホロが一歩足を前に出した時、反射的にのけぞってしまった自分が
そして、ロレンスの体は無条件にホロのことを恐れていた。人間にはどうしようもない、明らかに別種の存在としてのホロを前に恐れおののいていた。
それでも、とロレンスは思う。それでもロレンスは、ホロを呼び止めたかった。
「ホロ!」
かすれた声で叫ぶ。
ここだ。ここでホロを思いとどまらせなければ、もう二度とホロと会えない気がした。
しかしなんと言えばよいのか。ロレンスの脳裏にたくさんの言葉がよぎっては消えていく。
今さらホロのことを
それでもロレンスは必死に頭を動かし、ホロに笑われた少ない
「お前が……破いた服、幾らすると思っているんだ」
そして、できあがったのはそんな言葉だった。
「神だろうがなんだろうが……
できる限り、いや、半ば本気で怒ったロレンスはホロに言葉をぶつけていた。
行かないでくれ、と頼んだところで絶対にだめだと思った。だからロレンスは、ロレンスがたとえホロの
商人の金の
それを伝えるためにロレンスは
「
ロレンスが叫ぶとわずかにその声は地下道内に反響し、やがて消え去った。
ホロはその場にじっとしていたままだったが、ふと大きな
振り向いてくれるのか。
ロレンスはついに力尽き、その場に
しかし、ホロは再び歩き出した。
たし、たし、と小さな音を立てながら歩いていく。
ロレンスは視界がぼやけるのを感じた。
泣いている訳じゃない。