終幕 ①
真っ暗な
上も下も右も左も真っ暗で、そのくせ自分の体はよく見えた。
一体どこなのだろうか。
そんなことを思っていると、ふと視界の隅を何かがよぎった。
ロレンスは反射的にそちらを振り向くが、何もない。気のせいかとも思ったものの、目を
とっさに思ってそちらを振り向くと、今度は視線の先にそのよぎった何かがきちんと見えていた。
ゆらゆらと揺れる、こげ茶色の何か。
ロレンスは目を凝らしてそれを見つめると、やがてそれが炎ではないことに気がついた。
毛だ。長いこげ茶色の毛の
ふさふさとした、その先っぽが白い毛の塊。
ロレンスはその瞬間、目を見開き息を
あの毛の固まりは。あの先っぽの白さは。
ホロだ。ホロの
ゆらゆらと揺れながらだんだんと小さくなっていくそれを、必死に追いかけながらロレンスは叫んでいた。
しかし、声は出ず、ホロの
ロレンスはどんどん重くなる足に
そして、ホロの尻尾は
その直後、ロレンスの目は見慣れない部屋の
「うっ」
とっさに体を起こそうとしてロレンスは左
メディオ商会に追いかけられていたこと。左腕を刺されたこと。彼らに追い詰められたこと。
そして、ホロが立ち去ってしまったこと。
あの時、最後に見たホロの尻尾が
もっとましな言葉があったのではないかと、体を起こすのも
ここがどこなのかという疑問すら、その後悔の前には
「あ、お目覚めですか」
しかし、不意にそんな声に振り向けば、開け放たれたままの
「傷の具合はいかがですか」
書類を手にしながらマールハイトはロレンスのほうに歩み寄り、ロレンスの枕もとの木窓を開け放つ。
「ええ……お陰さまで」
木窓から入ってくる
と、いうことは、ロレンスはあの後に救援に来たのだろうミローネ商会の者に無事保護されたということだ。
「こちらの
「いえ。元はといえば私の連れが原因ですから」
ロレンスの言葉に、マールハイトはなんとも言えないといった表情でうなずき、それから言葉を選ぶようにしばし沈黙して、ゆっくりと口を開いた。
「教会には運良く見つかりませんでした。騒ぎも地下道内で起こったのが幸いしました。もしもロレンスさんのあのお連れの方の姿が教会の目に止まっていたら……もしかしたら支店だけではなく、本店まで火にくべられていたかもしれません」
その言葉に、ロレンスは驚いて聞き返していた。
「ホロの姿を見たのですか?」
「はい。地下道内に
マールハイトが
「それで、それでホロは、今どこに?」
「市場のほうに行かれましたよ。気の早いことに、旅装を整えてくると」
事情を知らないのであろうマールハイトは軽くそう言ったが、ロレンスからすればそれはホロが一人で旅に出ることを示していた。
きっと今頃は北に向かう道の上だろう。
それを考えると胸にぽっかりと大きな穴が空いたような気持ちだったが、逆にそれで吹っ切れたような気もした。
元々ホロとは偶然ともいえないほど
数日の間夢を見ていたのだと思えば、
ロレンスはそう思うことで無理やりにでも一応気持ちの切り替えをつけ、頭の中を商人のそれに戻していった。
マールハイトの言葉には、ホロのことと共に重要なことがもう一つ含まれていたからだ。
「ホロが市場に行ったということは、メディオ商会との取引はうまくいったということですか」
「はい。今朝、トレニー城に走らせた者が無事帰りまして、王との取引をまとめてきました。メディオ商会が最も欲しがりそうな特権を無事引き出せましたよ。そして特権を
マールハイトは誇らしげに答える。
「そうですか。それはよかった……。しかし、そうすると私は丸一日くらい
「え? ええ、そうなりますね。あ、昼食はいかがですか。先ほど昼を回ったばかりなので、まだ
「いや、結構です。それより、取引の
「はい。わかりました」
無理に
「我々が回収した銀貨の総枚数は三十万七千二百十二枚。王はかなり
さすがに目も
契約ではミローネ商会の得た利益に対して五分。ざっと計算すれば、銀貨二千百枚の
それだけあれば、ロレンスの夢、自前の商店を開く夢は現実のものとなる。
「ロレンスさんとの契約によれば、お渡しするのは我々が得た利益の五分です。相違ございませんね?」
マールハイトの言葉にロレンスはうなずき、マールハイトもうなずく。
そして、マールハイトは一枚の書類をロレンスに手渡したのだった。
「ご確認ください」
その言葉はロレンスの耳に入らなかった。
手渡された紙には、信じられない数字が書かれていたのだ。
「こ……れは」
「銀貨にして百二十枚。それが我々の利益の五分です」
マールハイトの言葉はあまりにも
ただ、ロレンスはそれに対して怒ることもできない。なぜなら、ロレンスの手の中にある書類には、ロレンスの分け前がそんなはした金になった理由が実に
「我々が用意した
明細を見れば、王はその立場を実にうまく利用して、ミローネ商会から金を取り返そうと画策しているのが見て取れる。
ミローネ商会が集めた銀貨の運搬料をミローネ商会に負担させた上に、王が支払う銀貨も
その上、王は契約の際の契約書作成料という名目で、ものすごい金額をふんだくっている。