第二幕 ⑥

「市政参事会よりお達し。昨今のぜに不足にかんがみ、参事会は太陽銀貨とディップ銅貨のこうかん比率を三十枚と規定する」


 旅人の不平には慣れているようだった。


「景気が良いのは助かるんだがね、おかげでへいの供給が間に合ってないんだよ。この町に限ったことじゃないが」


 りようがえ商は羊皮紙をくるくると巻いて、てんびんを乗せた台の下にしまう。


「ほれ、この町にはでかい教会があるだろ。みーんなぜにがそこの寄付箱にまれちまうんだ」


 きもせずに親指で教会を示していた。


「税もたんまりとってる上に、んだぜにをどうしてるんだかな……っと、兄さんは旅の聖職者か」


 りようがえ商は言葉ほど悪びれてもおらず、にやりと笑っていた。


「で、どうするね」

「あー……わかりました。お願いします」

「毎度」


 銀貨をわたすと、表、裏と調べ、銀地金とてんびんで重さを比べてから、ようやく銅貨の束をわたしてくれた。きっちり三十枚。客引きのむすめは本当に困っていたのだろうし、てんの主人はつりせんわたすのをいやがるはずだった。

 そして、ミューリの買い食いはずいぶん高くついた。


「兄さんからも言ってくれよ。せめて寄付箱のぜにむなって。今の教会は、金、金、金だ。ウィンフィール王国にはがんってもらいたいよ」


 苦笑いしかできず、銅貨をさいにしまい、りようがえ商をあとにした。

 ただ、その口から出てきた教会批判や、なによりもウィンフィール王国の名前にどうが速くなった。町の人々の不満をじかに聞いて、自分の使命を再かくにんする。

 人々の生活をあつぱくして、なにがたましいの救済者か。


「兄様、次は?」


 その問いに、力強く答えた。


「デバウ商会です」


 ハイランドと早く合流しなければ。

 使命感にうごかされ、ややまどうミューリの手を引きながら、どおりを歩いて行ったのだった。



 広場からびている大きな通りを南に下ると、似たような建物がずらりと並ぶ区画が現れた。一階がげ場で、二階から三階にかけてのかべには、旗が堂々とかかげられている。この町の経済をぎゆうる大商会の建物だった。その中に、ほどなく見慣れたデバウ商会の旗と看板が見つかった。


「あれ……この模様、どこかで見たことある」


 ミューリが小首をかしげていた。


「さっきりようがえした銀貨です」

「あ」


 デバウ商会は商会でありながら、独自にデバウ銀貨と呼ばれる高品位のへいを発行している。その模様が太陽のがらなので、太陽銀貨と呼ばれることが多い。


「あなたのご両親のじんりよくがあったために、発行することのできたへいです」


 行商人とオオカミしんぼうけんの、最後をかざおおさわぎだったらしい。やはりあの人たちはすごい、と思うのだが、当のむすめのミューリはいまいちぴんときていないようだった。

 デバウ商会は通りに面した間口の広い建物で、一階部分はげ場になっている。自分の体よりも大きな荷物を背負った商人や、山ほどの積み荷を乗せた荷馬車がひっきりなしに出入りしていた。

 げ場のすみでうずくまっているものい風の者は、ほどこしをもらう代わりにこのさわぎに乗じてぬすみを働くやつがいないか見張っているのだろう。町には盗人ぬすつと以外にも、ねこいぬや、放し飼いのせいでだれのものかわからなくなったぶたにわとりものを求めてうろついている。自分もほうろう学生のころに似たようなことをやってこうをしのいでいたので、少しなつかしくなる。


「ほらほら、そんなところにってちゃじやだよ! それから寄進のたのみならを当たってくんな!」


 もろはだから湯気を立てているげ夫が、いぬねこはらうかのように追い立ててくる。

 ミューリはあわててこちらの後ろにかくれていた。


「いえ、商館の御主人に取り次いでいただきたく」

「ああ?」

「トート・コルと言います。レノスに行く予定がこちらに変わった、と伝えていただければ」

「ふん?」


 さんくさそうにこちらをながめていたが、ごついかたをすくめておくのほうに消えていった。

 そして、ほどなくもどってきた。


おくに通せだとさ。なんだよ、あのおえらい様の連れなのか」


 やはりハイランドはすでにここに来ているらしい。

 げ夫に礼を言い、げ場のおくに進む。

 ありとあらゆる商品が山積みになっていて、一段高いところには毛布をいてねむれそうなほどに大きな帳場台があった。今はその広い机もへいと羊皮紙の山でいっぱいになり、もれそうになりながら書き物をしている者がいた。そんなかれの背後のかべには、大きな画布がかけられている。そこには等身大よりもさらに大きい天使がえがかれていて、静かなまなしで商人たちの働きぶりを見下ろしていた。

 堂々たる絵なのでミューリもそちらに視線をうばわれていたのだが、感動したりあつとうされたりしているのではなく、不思議そうに首をかしげていた。


「天使もお金を数えるんだね。でも、けんはなんで? 仕事をしろっておどしかな」


 天使は右手にけん、左手にてんびんを持っている。ミューリのかいしやくに、笑ってしまう。


けんは正義、てんびんは公平です。ただ……そういう意味に思えなくもないですね」


 だれかれもが、なにかにてられるかのように仕事をしているからなおさらだ。まさしくごうごうとさかだんの中のようで、いそがしさでは湯屋の仕事で一家言あるつもりだったが、ニョッヒラの湯屋の仕事などまだまだあまかった。世界の動く速度とは、こういうものなのだ。

 やまおくの十年の生活でこびりついたあかが、少しずつがれていくような気がした。


「あ、コル様ですか」


 どこまで行っても人であふれている商会のおくに向かっていたら、身なりの良い商人に声をかけられた。なにで染めてあるのか、緑色の布地の服がいかにも貴族然としていて、大きな取引にしかたずさわらないたぐいの商人なのだろうと示している。整えられた長いくちひげも、せんたんが牛の角のようにするどとがっていた。毎朝らんぱくで固めているのだろう。


れんらくを受けてこちらに参りました。トート・コルです」

「本店の大番頭からお世話を申しつけられております。当商館を預かるステファンと申します」


 あくしゆわすと、自分より二回りは上であろうステファンは、当然のことながらミューリに視線を向ける。


「こちらのおじようさまは?」

「こんにちは。訳があって兄様と旅をしています。ミューリと言います」


 はきはきと、がおでさも当然のことのように自己しようかいをする。あまりにも自然なふるまいだったので、ステファンはそういうこともあるのだろう、と勝手になつとくしているようだった。


「お部屋はご用意してあります。お二人はごいつしよでも?」

だいじようです。ごめいわくをおかけしますが……」

めつそうもございません。コル様はていちようにもてなすようにとのことですから」


 立派な身なりのステファンが最上級の礼を示すので、となりのミューリは目を丸くしておどろいていた。とはいえ、デバウ商会はロレンスとホロに大恩があるのであって、自分はそのおこぼれにあずかっているにすぎない。


「ハイランド様はすでに?」

「はい。先々日に、船で参られました。先ほど商人組合の会議からもどられたばかりなので──」


 と、ステファンが言いかけたその時だった。

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