第三幕 ⑭

 大司教の手はわかったが、なお不可解な点が残る。町の兵士は市政参事会の指示がなければ動かないはずだし、自治都市であるアティフの市政参事会は町の都市貴族や大商人によって組織されている。そのかれらはハイランドに共感を示していたのではないか?

 それがハイランドのおもちがいだったのでなければ、この事態を引き起こしたかぎがなにかもうひとつある。

 そして、そのなにかが、兵士の間からすっと前に歩み出た。


「あ、あなたは……」


 ハイランドは息をみ、自分も目を疑った。司教や大司教がいつせいから立ち上がり、胸に手を当てて神への敬意を示す。兵の間から進み出てきたのは一人のそうねんの男性であり、真っ白なそうふくを身にまとっていた。そこには目も覚めるしんの染めきで、教会のもんしようえがかれている。その服を身にまとう者は、あらゆる権力者から通行の安全を保障され、すべての法律から自由になる。

 なぜならば、かれしばるものはただひとつ。神の教えだけであるからだ。

 なぜならば、かれは神の地上代理人、教皇の全権を委任されて世界を回る、教皇であるからだ。


「教皇の御名において告げる」


 重苦しく、わせない独特の声に続き、一枚の羊皮紙が示された。


「ウィンフィール王国の提唱する思想をたんとみなし、神からたまわった言葉以外で記され、聖典としようされるすべての書物を禁書とみなす。第百十七代教皇、アインメル・ディジール十七世」


 遠くからではその羊皮紙にされたろう印が本物かどうかわからない。

 だが、教皇によるちよつきよそうしたとなれば、たんしんもんの列に並ぶのは大司教のほうだ。

 本物なのだ。


「ハイランド以下全員を、神の名のもとらえろ」


 兵たちがしつ室になだれむ。護衛たちはむかとうと重心を低くしたが、ハイランドが手で制した。制すほかなかった。多勢に無勢だし、切り結んで負けたとなれば、どんなめいを着せられるかわからない。血はなによりもゆうべんに物事を語ってしまう。


 それに、なわを持って近づいてくる兵士たちの顔つきを見たハイランドは、びんに察していたのだろう。兵たちも心情的にはハイランドの味方であり、教皇の登場によって、どうしようもなく行動しているのだと。

 ならばまだ逆転の芽はある。

 そのためには、潔白であらねばならない。


「神は正しき者の味方だ」


 らえられ、しつ室から連れ出されるしゆんかん、ハイランドは大司教に向けて言った。大司教はこわった顔つきのまま目をらし、打って変わって、教皇におもねりのみを見せていた。

 自分たちは兵たちに連れていかれ、裏口から外に出されるとそれぞれ馬車にまれた。

 表からそうしなかったのは、目立って民衆のいかりに火がつくのをおそれてのことだろう。

 それから馬車は、せまい町の中にしてはずいぶんきよを走っていった。ミューリは自分にずっとしがみついていたからだろうか、同情的な顔をかくしもしない兵のづかいによって、同じ馬車に乗ることができた。手をにぎってやりたかったが、後ろ手にしばられているためにそれもできない。

 馬車はごとごとと音を立てて進んでいく。ちゆうからいしだたみでなく、土をかためた道に変わったのがわかった。ようやく降ろされると、辺りには畑や果樹園らしきしきが広がっていた。


「町の、外?」


 ミューリが小さくたずねてくる。らわれた者たちがひとけのない場所に連れてこられれば、連想することはひとつ。しかも、おあつらえ向きに土は耕されている。

 しかし、高鳴るどうを抑えて辺りを見回してみれば、林の向こうにへきが見えた。よもや、へきの中でいきなりしよけいはすまい。


「こっちだ」


 兵士になわを引かれ、馬車を回りむと、ようやくほっとした。

 そこには、都市貴族が構えているのだろう、田園地帯で見かけるような大きなしきがあったのだった。

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