crack1.最強の先は弱くなるだけ ②
「あの〈ミラー・ショート〉はとても強力だ――相手の能力を無効化できるんだろう? 相手の肉体に波動を伝えて、その反響から体質を分析して、特徴を打ち消す衝撃を打ち込むんだっけ? しかし――それはうまくやれば、敵の特徴を自分の
「…………」
「君たち双子は今まで、どれくらいMPLSを始末してきた? その能力をこれまで吸収し続けていたとしたら……これは大変なパワーを秘めていることにならないか?」
「…………」
「なあ、今、君の兄――弟か? とにかく片割れのミラーはどこにいるんだ? どこに隠れている? 統和機構からの出頭命令に応えないのは、もう自分でも危険だと悟っているからじゃないのか? 君はこれまで彼のためにさんざん分析役を務めてきたが、もう用無しだと見捨てられてるんだぞ? かばうことはないだろう――」
羽衣石頼我はそう言いながら、拳銃を取り出した。妙な形をしている。筒にグリップが
「これは対合成人間用の、特殊徹甲弾を撃ち出す銃だ。君がいくら頑丈でも、これを
と脅しながら、銃口を彼女の身体に沿って動かす。
「…………」
サーチと呼ばれた女性は、ずっと鋭い
「だんまりか、困ったな――それじゃあ……」
と羽衣石が銃を構え直した、その瞬間だった。
彼の背後の壁が、一瞬で
隕石でも衝突したかのような
その中心に、一人の男が立っていた。
学生服のような、紫色の詰め襟を着ている。その胸元にはエジプト十字架のペンダントが揺れていた。若く見える――外見だけなら、十代の少年のようだ。だがその表情が、あまりにも鋭すぎて、大人びているというレベルを
そいつは統和機構の中で〝最強〟と呼ばれている。
「――サーチ、残念だったな。先に来たのは、俺の方だ」
そいつは静かな口調で、縛り上げられている女に告げた。
「フォルテッシモ……!」
サーチが、ここで初めて
突然の来訪者に、羽衣石は
「ど、どうしたんですか? ここは私の担当のはずですが――」
と言いかけたところで、フォルテッシモに続いて、もう一人の人物が壁の穴から入ってきた。今度は上空から降ってきたのではなく、地面からここまで跳躍してきたようだ。
それは異様な人物だった。いや、こんな状況でなかったら別に変ではないが、拷問場所に足を踏み入れてくるにしては、それはあまりにも
フランス人形にも似た、それはまだ幼い少女の姿をしていた。だが表情は、やはり鋭すぎて、見た目通りの年齢ではないとすぐに知れた。
「あのさあ、ポエトリー・アナトミー――悪いけど、あんたの仕事はここでおしまいになったよ」
少女もどきの合成人間は、開口一番にそう言った。
「ど、どういうことだカチューシャ? 私はギノルタに直々に命じられて――」
羽衣石があわてた調子で
「いや、フォルテッシモが興味を持っちゃって――そうなったら、私たちは文句言えないからさあ。あきらめて、ポエット」
と突き放したように言う。絶句する羽衣石を無視して、フォルテッシモはサーチに歩み寄ってきて、
「敵の波動とやらをおまえが分析して、攻撃役のミラーに伝えるのか? 戦闘中にそんな交流が可能なのか?」
と訊ねた。彼女は無言で相手を睨み返すだけだ。
「あれか、双子の共感作用、とかいうヤツなのか。眉唾だと思っていたが、おまえたちの間では可能なのか。体内波動をコントロールできる二人だから――その有効範囲はどれくらいだ?」
「…………」
「さすがに電波のように遠くまで伝えるってのは無理だろう。音波クラスがせいぜいだな。今はどうだ? おまえは俺の固有波動とやらを分析している真っ最中か?」
フォルテッシモはここで、にやりと笑って、
「安心しろ――おまえがその〝情報〟を発信しても、それは無駄打ちにはならない――ミラーのヤツは今、まさにここに突撃してきているところだからな。おまえを助けに」
と、衝撃的な事実をあっさりと告げた。
「え?」
羽衣石が
「そういうこと――あえてここの位置情報を
「な、なんで――」
とまどう羽衣石に、フォルテッシモは淡々と、
「ミラー・ショートは強いんだろう? しかも、統和機構の予測を遥かに超えて危険な存在になっている、と――いや、面白そうな話じゃないか」
そう言った。しかし、その顔はそれほど楽しそうでもなく、どこか投げやりにも見える。
「少しは期待できそうだ――退屈しのぎにはちょうどいい」
傲慢そのもののセリフを、至極あたりまえのように言う。
「ぐぐぐ……!」
サーチは脂汗を滲ませながら、フォルテッシモを注視し続けている。彼女の能力で、この男に潜んでいる〝なにか〟を感知して、そして――恐怖していた。
「何がわかる? 俺はどういう波動をしていて、それが何を意味しているんだ? 他のMPLSどもとは違うのか? それとも大差ないのか?」
「ぐぐぐ――」
圧倒的強者と拘束された弱者と、立場があまりにも違う二人が対峙しているはずなのに、その両者の関係は、
(なんだか――不思議と対等に見えるな)
とカチューシャは感じていた。彼女はサーチの不屈の闘志にも感心したが、それよりも奇妙に感じたのは、フォルテッシモの方だった。
(この、統和機構最強の男……こいつは、あまりにも強すぎるため、誰とも組むことができないという。こいつからしたら、敵だろうと味方だろうと、裏切り者の
もちろん彼女程度では、彼の出自など知らない。統和機構の中でも、その存在を正確に認識している者はほとんどいない。さながら都市伝説のように〝少年のような姿をした最強の存在がいる〟という噂ばかりが広がっているのだ。
(そもそもこいつが、我々と同様に、元は一般人だった者が改造された合成人間なのか、それとも統和機構に協力しているだけで、本性は危険なMPLSなのかも知らない――ただ、今は味方、という事実があるだけで、いつ裏切られても、誰も逆らえないだろう。世界中を敵に回しても、全然ひるむことがないほどの戦闘力があるのだから……)
共感などできるはずもなく、カチューシャとしてはむしろ、
(サーチ・ショートの気持ちの方がわかるくらいだ。こいつはただ災難に巻き込まれただけ――私だっていつ落ちるかわからない人生の落とし穴に
彼女はちら、と羽衣石頼我の方も見る。