一章 ③
それはホーリーが何度も繰り返し見る悪夢だった。
何事も起こりそうにない穏やかな日中。
本来ならあるはずのない銃声と悲鳴が屋敷の中に響き渡っていた。差し込む朗らかな日差しに相反して、目の前には血の絨毯が広がる。駆けつける男達は入れ替わり立ち替わり、次々と床の上に屍となり果てていた。
屋敷は戦場の中心かと見まごうほどに、血と硝煙の臭いで満たされていく。そんな渦中で、少女は全身に血を浴びながら呆然とその様子を見ていることしか出来なかった。
少女を救うために命を捨てた警護役の男達は、折り重なるようにして彼女の上に横たわる。彼らの肉の壁があるおかげで、彼女はまだ生きていた。
少女は全身を血の海に浸らせながらも、身を震わせることしか出来ずにいる。彼女の紅の瞳の先には、全ての元凶である情報師の姿があった。
それは、もはや人と呼ぶには能わず。今もなお正気を失ったように叫び、駆けつける応援の兵士達を殺し続けている。揺れ動く青白い二つの眼は、かつては少女を守ると騎士の誓いを交わした正義の証明であった。
しかし、それも過去のこと。何もかもが少女を裏切って、存在理由を変えてしまっていた。
少女は血溜りに落ちる幾本かの指に手を伸ばす。そこには彼女の騎士が、騎士の証として身につけていた指輪が落ちていた。
血にぬれた銀の指輪を握りしめ、少女は嗚咽を漏らす。
「どうして、騎士のあなたが、裏切るの?」
少女は潤んだ瞳を閉じ、両手で顔を覆い隠した。
もうこれ以上、悲惨な現実を直視することが出来ない。目を、耳を、口を、すべてを閉じて必死に嵐が過ぎるのを待つことでしか、彼女は正気を保てなかった。
「誰か、誰か助けて。お願い」
少女の祈りは誰にも届かない。それでも少女は祈り続けるほか無かった。この世を覆い尽くす邪悪な意思と、策略の地獄から彼女を救う事は決して楽なことでは無いのだ。
もし、それが出来る者がいるとすれば。その人物はこの地獄を見せる悪魔よりも、さらに邪悪な何かであるだろう。果たしてそれが人間と呼べるか否かは、知るよしもない。
ゆっくりと夢の中から覚醒していく気配を感じながら、ホーリーは誰かの声を聞いた。悪夢の底から彼女を引き上げるその声の導きに従って、彼女はゆっくりと現実の世界へと戻っていく。
***
早朝。まだ地平線の向こう側が白み始めたばかりのような時間帯に、ツシマはうなされるホーリーを揺すり起こした。
「おい、起きろ」
額に大粒の汗を滲ませて一気に目を開いたホーリーは、大きく息を吐き出してツシマを見上げた。まだ夢の中と現実の境界が分かっていない様子で、大きく見開いた目を左右に揺らしている。
「随分、うなされていたぞ」
ツシマが心配げに語りかけると、ホーリーは重たそうに上半身を起こして首元の汗を拭った。苦しげに眉間に指を当てると、かすれる声を絞り出す。
「よく見る、悪夢よ。大丈夫」
「そうらしいな」
いつもの事だと言い、暗い表情をするホーリー。彼女を見ながらツシマは余計なことを口にしない様にする。
騎士、裏切り、助けて。
うなされる彼女が口にしていた言葉だ。それらはどれを取ってつなげても不穏な単語の羅列でしかない。ツシマはホーリーという少女に見え隠れする影に気がつきながら、それ以上踏み込むことをためらった。
あくまで仕事の付き合いであるべきだ。なにか一線を越えてしまいそうな気配がするからこその予防線であった。
「ちょっと喉が渇いたわ。水を取ってくる」
そう言ってソファの上からホーリーが身を起こす。床の軋みと共にツシマは何かに気がついた。すぐにホーリーを制止する。
「どうしたの?」
不思議そうに首をかしげた彼女をそっちのけに、ツシマは屋敷の外へ意識を向ける。僅かに感じる情報因子の揺れ。実に馴染みのあるその気配に、ツシマは安堵感すら覚える。
「人の気配がする」
「追手?」
「あぁ。おそらく、情報師だ」
「え? どうしてわかるのよ」
「第四師団にしては気配が少ない。それに、同業の勘がそう告げている」
ツシマはそう言いながら、自然と口元に笑みを浮かべていた。彼は意識していないのだろうが、その表情はあまり褒められたものではない。
ホーリーはその表情を見つめつつ、若干表情をこわばらせた。
「それで、どうすればいい?」
「正面は既に囲まれていて車には乗れないだろう。迎え撃つしかない。だが、情報師が相手となれば、お前を庇いながらとはいかない」
そう言いながらツシマは部屋の中を見渡した。どこか彼女が隠れるのに良い場所を探す。
そして灰の積もった暖炉に視線が留まった。
「嫌よ」
ツシマが何を言うのか先回りしてホーリーが拒絶を告げる。ツシマの意思決定に無意味に反抗している訳ではない。本当に嫌だという顔をしていた。
ツシマは大きなため息をついた。
「だってあそこは人の入るような場所じゃない。見て、灰だらけよ」
「耐熱煉瓦で囲んである。強度的にはあそこが一番だ。さっさと行け」
猫を掴むときのように首根っこを摑まれ、強引にソファから立たされたホーリーが冷たい視線をツシマに向けてくる。ツシマは顎で暖炉を指し示した。
「もう目と鼻の先まで来ている。急げ」
「後で覚えておきなさいよ」
何やら複数の感情を込めた捨て台詞を残して、ホーリーは暖炉の中に身を滑り込ませた。華奢な彼女の体は、難なく大きな暖炉の中にすっぽりと納まる。ツシマは一安心して、招かれざる客を待った。
ツシマは朝の一服を始めるために、ポケットから煙草を取り出す。それと同時に玄関の扉が開く音が聞こえた。続いて二人の気配が家の中に入ってくる。
床板を軋ませる革靴の音。ツシマはわざと居場所を告げるように、大袈裟に音を立ててオイルライターを擦った。
玄関とリビングを隔てる壁の向こうで、相手の足が止まる。ツシマはゆっくりと瞳を青く光らせて壁向こうの情報師と向かい合った。
「悪い事は言わない。そこで引き返せ」
壁の向こうの情報師たちへ、ツシマは最後の警告を伝える。それは警告と同時にツシマの情けでもあった。
だが、それも無意味だった。
ツシマの声から居場所を特定した情報師が、壁向こうでコードを執行する。青い光の残滓が見えたと思った次の瞬間、壁が勢いよく粉砕された。基礎的なコードで身体機能を向上させた情報師がツシマの懐へと駆けてくる。
粉塵を身に纏いながら接近する男は両目を青く光らせながら、鋭い目つきでツシマへ殺気をぶつけてきていた。
しかし、ツシマの視線は手前の彼に向いていない。
情報師が二人組でいる意味は、前衛と後衛に分かれて戦うためだ。こういった場合の前衛は陽動と盾の役割を持つ事が多い。より攻撃的なコードを執行するのは決まって後衛だ。
ツシマの予想通り、粉塵の向こうでもう一人の情報師が床に膝をついていた。女の情報師だ。彼女は体を固定して拳銃を構えている。そして、瞬き一つせず引き金を引いた。
激しい銃声の直後、放たれた弾丸に女の情報師が執行したコードが現象を付与させる。コードは弾丸に速度を付加し、加速した弾丸は大気との間で炎を発生させた。
本来であれば、その弾丸の速さは人間の反応できるものではない。だが、ツシマはその弾丸の軌道に合わせて右手を構えている。銃口から軌道を先読みしていた。
ツシマは右手に空気が歪むほどの熱気を纏わせ、弾丸の軌道を歪ませる。女の情報師が放った弾丸は、彼の頬にひと傷だけ残して背後の壁を破砕した。
奇襲を仕掛けた情報師たちの動きは完璧だった。だが、それでも状況はツシマの優位に大きく傾こうとしていた。
「ぬぐおぉぉぉ!」
危機感を怒声で押し返すように男が叫ぶ。ツシマは即座に眼前の男へと対応を切り替えた。
弾丸を逸らした腕で、迫る男に拳を振り上げる。男も負けじと拳を返してくる。互いの拳が交差したかと思った次の瞬間、部屋の空気が揺れた。
激しい音と共に、ツシマの拳を喰らった男の情報師の体が大きくのけぞる。彼の拳はツシマの頬に当たっていた。
しかし、その対価として、彼の首から上は無残なほどに吹き飛び、何も残っていなかった。ツシマは間髪を容れず、鈍い音を立てて膝をついた男の体を掴むと盾にする。
「くそ! 役立たずめ!」
女の情報師は同僚の死を見て腹立たしげに毒を吐き、コード執行も無いまま引き金を引いた。だが、屈強な男の体は弾丸を見事に受けきる。
「すまんな」
遺体の陰でツシマは彼を慰めるように呟く。そして瞳を青く光らせて女を窺い見た。
ツシマの青い瞳が遺体の陰から見えると、女の情報師もコードを執行する。だが、コード執行の速さにおいても彼女よりツシマが上手だった。
女の情報師が引き金を引こうとした次の瞬間、彼女の構える拳銃が赤く染まる。そして金属の塊であった銃身が、重力に従って曲がっていった。
「boom!」
身を隠していたツシマが炸裂音を口にした時、まるで時限爆弾を起動したように女の情報師が握る拳銃が暴発した。
激しく炸裂した拳銃に吹き飛んだ女の情報師は、床の上に倒れ込むと力なく動かなくなった。
ツシマはゆっくりと立ち上がり、二人の情報師が戦闘不能になったことを確かめる。彼の咥え煙草はまだいくらも灰になっていなかった。
あっと言う間の出来事に、暖炉から顔をのぞかせるホーリーは唖然としている。
「ツシマ。本当に、あなたって何者なの?」
情報師相手の立ち回り、コード執行の精度の高さ、そして二人の人間を殺めていながら平然としている態度。どれをとってもツシマという情報師は格が違った。
ホーリーの質問に対してツシマは煙を吐き出しつつ答える。
「どこにでもいるただの情報師だ。それでは不満か?」
「いや、不満ではないけれど」
「なら良い。まだ他の追手が来るかもしれない。さっさとここから出るぞ」
暖炉から出たホーリーは部屋の中央に寝そべる遺体からなるべく距離を取りつつ、玄関に向かう。その様子を見て、ツシマは吐息交じりに呟いた。
「死んだ人間をあまり見るな。飯がマズくなる」
やった張本人がそれを言うか。ホーリーは視線でツシマにそう伝えると、彼は鼻で笑いつつニヒルな笑みを口元に浮かべるのだった。
***
この日は前日の曇天とは打って変わり、晴天が広がっていた。
前日からまともに食事もしていなかった二人は、道すがらのガソリンスタンドで買い込んだ食事で空腹を満たすことにする。
移動しながらの食事を考えていたツシマだったが、ホーリーが「食事の時くらいはのんびりしたい」という要求を頑なにするので、根負けして車を停めることになったのだった。
車を降りて広々とした空の下でホーリーは大きく背伸びをする。その隣でツシマは火の付いていない煙草を咥えてライターを取り出していた。
「ねぇ、あなたって本当に煙草が好きなのね」
呆れたように声をかけてくるホーリー。一瞬だけ彼女を見たツシマは咥え煙草のまま答えた。
「別に好きで吸っているわけではない。これは、一種の呪いだ」
「ニコチン依存を呪いなんてオカルトと一緒にしないで」
「いや、そういう意味では」
ツシマは弁解をしようとして途中であきらめた。別に話すようなことでもない。そう思ったのだ。
中途半端に言葉を濁したツシマにジトッとした視線を送るホーリーだったが、必要以上に何かを聞くことはない。彼はこういう生き物なのだという認識に至ったらしい。
車から取り出した食料品を持って、ホーリーは車のボンネットに飛び乗った。手に持った袋がやけに大きい気がするのは気のせいではない。彼女が何を買ったのか知らないツシマは、何となく興味本位で彼女の食事を流し見た。
すると、紙袋の中から取り出されたのはどれもスナック菓子か、ジャンクフードか見分けがつかないようなものばかりだった。
ツシマが思わず顔をしかめると、偶然ホーリーと目があった。彼女は指先についたチーズの油を舐めながら、疑問符を頭に浮かべる。
「なに、どうかした?」
「もう少し、まともな食い物があっただろう?」
「え、だってずっと食べてみたかったんだから仕方ないじゃない」
ツシマの態度で自分の食事の選択がおかしいと知ったらしく、ホーリーは僅かに頬を赤らめる。彼女は見栄えを整えるかのように、幾つかのスナック菓子を袋に戻した。
それでもツシマの視線を感じ、ホーリーは口先をすぼめて言い訳する。
「身分的に、こういうジャンクなものが食べられなかったの。ちょっとくらい憧れもするじゃない。ましてや、全部手が届く場所にあれば全部食べたくなるわよ」
「まぁ、気持ちは分からんでもないが」
流石のツシマも、ホーリーの素直な言い訳を聞いて問い詰める気にはならなかった。
とはいえ、流石にひどい食事だ。ツシマは仕方なく自分の袋から野菜の入ったサンドイッチを差し出す。
「せめてこのくらいの野菜は食べておけ。あまり変なものばっかり食べていると腹壊すぞ」
「え、そうなの? それは困るわね」
油と塩の効いたジャンクフードを頬張りながら、ホーリーはツシマの気遣いに短く礼を言った。
ケチャップを頬に付けながら美味しそうに舌鼓を打つホーリーの隣で、ツシマは久々に煙以外のものを口にする。
肩を並べて食事をするだけで不思議と互いの距離感が縮まるような気がする。そのせいもあるのだろう。珍しくツシマの方から話題を振った。
「お前、貴族の末子という話だったな」
「一応、まぁそうね」
頬の汚れを何度も拭いながら、ホーリーは歯切れ悪く答える。彼女が何かを隠しているという事ははじめから分かっている。
だが、ツシマが聞きたいことはそこではない。本題にスムーズに話を切り替えていく。
「嵐の丘とはどういう繋がりだ? 貴族が知り合うには、物騒な連中だと思うが」
一瞬、口元へ運ぶ手が止まり、ホーリーは短い思考時間を挟んだ。
「あなた、嵐の丘についてどのくらい知ってる?」
神妙な面持ちで尋ねてきたホーリーに、ツシマは簡潔に答える。
「バルガ帝国内で比較的大きな反政府組織、くらいの認識だ」
「間違ってはいない解釈、って感じね」
先ほどまでの間抜けな表情から一転、ホーリーは眉に力を込めて膝を立てた。
「嵐の丘とは亡命を依頼しただけの関係性よ。彼らはバルガ国内で行き場のなくなった人や組織を国外に逃がしたり、支援したりする仕事もしているの。国内の反政府活動の一環、って事らしいわ」
「バルガ帝国ほど統制の厳しい国で反政府活動をするような連中だ。よほどの繋がりがなければ接触も難しいだろう。どうやって彼らとコンタクトを取った?」
「それは、向こうから声をかけてきたのよ。私の状況を見かねて、近くで見ていた工作員が相談を持ちかけてきて」
ホーリーに嘘をついている雰囲気はない。だが、肝心な部分は隠し事をしている。尻すぼみに口調を弱め、最終的に自分の膝に口元をうずめてしまう。
「でもね、反政府組織とは言うけれど、悪い人たちじゃないのよ。もちろん時には暴力に頼ることもあるけれど、それはいつも正当な理由があるし。それにバルガ帝国には、国のやり方に対してどうしても反りの合わない人たちもいる。繰り返す侵略と併合の弊害よ。彼らはそういった人たちを助ける為にも存在しているの」
「お前自身が、嵐の丘の構成員ではないんだな」
「もちろん。私は、ただの依頼者よ」
ホーリーの語る内容は多少の偽りが交じっていても、本質的なところで致命的な虚偽はなさそうだ。ツシマはそう考えながら、今後の方針を決めた。
「これは話すべきか悩むが」
そう前置きしてツシマは続ける。
「どうにも追手の動きが引っかかる。亡命の経路は嵐の丘と俺たちしか知らない。にもかかわらずあらかじめ分かっていたかのように、大規模な部隊が港でお前を待っていた。それも国の正規軍が、だ。それに軍ほどの組織が動いているのに、次の追手は機動性の高いツーマンセルの情報師ときた」
ツシマが言わんとしていることが伝わっていないのかもしれない。ホーリーは大きな瞳を開いたまま首をかしげていた。ツシマは仕方なくもう少し詳細に説明する。
「いいか、軍が待ち伏せるという事は、確実にお前が港に来ることを知っていたから出来ることだ。逆に言えばそれを撃退した後、連中はお前の位置を正確に把握できていない。だから、猟犬がわりに情報師を投入してきたという事だろう」
「じゃあ、なに? 敵は私たちの動きを事前に知ってたってこと?」
「そうだ。あまり考えたくはないが、嵐の丘に内通者がいるかもしれん。心当たりはないか?」
「内通者って、そんな」
ホーリーは不安げにツシマを見る。顔から血の気が引いていく彼女は、足元に視線を落として考え事を始めてしまう。その横でツシマは短くなった煙草を靴底ですり潰した。
「お前に消えて欲しいと思っている人間は、思ったより多そうだな」
食事はここまでとばかりに腰を上げたツシマは首を鳴らしながら、ホーリーの正面に立った。彼女はより一層不安の色を濃くした瞳で彼を見上げてくる。
「まずは怪しいところから情報を遮断する。今後は嵐の丘の協力は要請しないで進める」
「でも、それで亡命できるの?」
「確かに、相手は組織立って動いてくる。あまり悠長にはしていられないが、手立てはある」
嵐の丘という国内の内情に詳しい後ろ盾を失えば、じり貧になることは分かっている。最短のルートを強引にでも突破していく必要がありそうだった。
「幸い、この国にはいくらか知り合いがいる。手を借りれるか当たってみよう」
改めてホーリーと視線を交わし、ツシマは少しだけ気の抜けた表情をしてみせた。安心しろ、というメッセージを込めたつもりだが、彼女はまだ不安げだった。
「私の周りではいつも誰かが裏切っていくわ。誰もが私を利用して消えていく。あなたを信用しても、大丈夫なのよね」
ホーリーは胸元の何かを握りしめながら、消えていきそうな声で言う。彼女の問いかけに意味はない。嘘偽りを語ろうと思えばいくらでも騙すことができるからだ。
ツシマはホーリーにはっきりと伝わるように大きく息を吐いた。その態度に、ホーリーは険しい視線を彼に向ける。
彼女の純粋無垢な心を前に、ツシマは大人気ない言葉をぶつけた。
「簡単に人を信用するな。だから裏切られる。だが、一つ言えることがあるとすれば、俺の仕事はお前をエルバルに連れていくことだけだ。だから俺の事も変に信用したりするな。そんなもの、気持ちが悪くて鳥肌が立つ」
いったいこの男は何を言っているのだろう。ホーリーは理解できないといった様子でぽかんと口を開けていた。ツシマなりに彼女を元気づけようとした悪態だったのだが、それが伝わるほど二人の距離は縮まっていなかったらしい。
バツが悪そうに運転席に戻るツシマを見つめて、ホーリーは何となく彼の配慮に気が付いた様だった。最後には、少しだけ元気を取り戻し、口元に微笑みが見えていた。