第一章 〝彼〟のいない平和的な学園都市 City. ①

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 学園都市。

 東京西部の未開拓地を切り開いて作られた街。面積は東京都の三分の一ほどで、外周は高い壁でおおわれている。人口はおよそ二三〇万人、その八割は学生である。ありとあらゆる科学技術を研究し、学問の最高峰とされるこの街には、もう一つの顔がある。人工的かつ科学的なプロセスを経て組み上げられた、超能力者養成機関である。

 学生を対象に『開発』されるこの能力は各人によって様々な種類に分かれるが、その価値や強さ、応用性などによって、無能力レベル0低能力レベル1異能力レベル2強能力レベル3大能力レベル4超能力レベル5と六段階で分類される。

 ちなみに、はまづらあげ

 厳密には『目に見えないレベルで、何らかの能力は使える状態』にあるらしいのだが、そんなのは知った事ではなかった。書類の上だけに存在する、○○系能力者という所に何を書いていたのかももうあいまいだった。

 だがガッカリするのは早い。

 この男、実は第三次世界大戦の最激戦区を渡り歩いてきた、な経験を持つ。しかも第四位のを独力で倒すというオマケつきだ。れた女のために世界規模の戦乱をくぐり抜けたというのだから、もうこの時点で『普通の高校生』の枠を軽く超えてしまっていると言っても良いはずだ。

 激戦区のロシアでは軍にじゆうりんされかかっていた集落を守り抜き、学園都市から送られてきた数々のかくを返り討ちにして、見事に戦場帰りを果たしたあの男。

 世紀末帝王HAMADURAの取り戻した日々はと言えば……、


「はまづらぁぁあああ!! テメェ、ドリンクバーの往復にどれだけ時間かけてんだあ!?」


 ファミレスにひびき渡る少女の声に、複数のグラスを手にした浜面仕上は、ビクゥ!! と肩をふるわせる。


(……か、変わってねええええ!! あれだけの事があったのに、俺の生活何にも変わってねええええええ!!)


 世紀末帝王改めドリンクバー往復係の少年は心の中でそんな事を叫ぶが、まぁ世の中なんてそんなものである。戦争を経験しようが何だろうが、小者は小者の道を突き進むのみなのだ。

 ちなみにたった今ドリンクのさいそくをした少女の名前はむぎしず

 話せば長くなる事請け合いだが、第四位のだ。スラリとした長身で、ふわふわした茶色い髪が特徴の少女だが、顔の三分の一ほどは特殊メイクで、眼球も片方は義眼だった。

 テーブルには、ほかにも少女が二人。

 片方はきぬはたさいあい。髪型はボブ。背の低い中学生の少女で、ニットでできたワンピースを着ている。やたらとふとももしゆつしているのは確信犯であるらしく、見えそうで見えない、でもちょっとだけ見えそうな脚の組み方を常に研究しているようだった。

 もう片方はたきつぼこう。先ほどはまづらいつしよに映画を見ていた少女だ。肩の所で切りそろえた黒髪と、年がら年中ピンク色のジャージをまとっているのが特徴と言えば特徴か。

 絹旗は携帯電話で掲示板をのぞいていたようだが、『戦争の激戦区だったロシアの復興状況と、学園都市からの派遣人員について』とか堅苦しい話題に飽きたらしく、電話はテーブルの上に放り出し、大皿に載ったポテトの方に意識を向けていた。彼女はポテトを口に運びつつ、もう片方の手で麦野の顔の特殊メイクを軽くつつき、


「……間近で見ても超分からないものなんですね。傷どころか眼帯状のバンドまで。特殊メイクなんて、カメラで撮った映像を編集して、初めて超見分けがつかなくなるレベルだと思っていましたけど」

「汗はかかないし、毛穴も常に変化しない。気温で肌の色は変わらないし、鳥肌も立たない。やっぱ、長時間通常の環境にいると違和感は出るわよ。れいすぎてもなじめないってヤツかな。……っつか、さっきから何で特殊メイクにいついている訳?」

「いやなに、CGでホクロも傷跡もつばさも角も超付け加えられる時代に、こう、アナログな特殊メイクとか持ち出されますとね。映画好きの血が超さわぐというか色々あるのですよ!! こう、昔ながらの怪人系スプラッターを追い掛けていた血が超ぐつぐつと!!」

(……近づきたくないなあ……)


 浜面は正直にそう思ったのだが、これ以上彼女達を待たせると特殊メイクなしのスプラッターになりかねない。

 だが、ドリンクを運んだら運んだで、


「浜面テメェ遅すぎ。っつーか何これ。ちゃんと氷も入れてこいよ! テメェの手でちょっとぬるくなってんじゃん!! 普通ならこれやり直しが基本のクオリティだぞ!!」

「まぁまぁやめましょうよ。浜面はしよせん超浜面なんですから。しかもやり直させたらさらに時間がかかります。ここはオトナな私達が超まんするとしましょう」

「ひでえ言われようだ」


 浜面は肩を落とし、唯一こうげきてきでない少女の方を見て、


「そんなに文句があるなら自分で取りに行けよな。その点、変に不満ばかり言ってきたりしない我が姫はやっぱり俺のストライクゾーン。なあたきつぼ、滝壺?」


 はまづらは助け舟を求めるように己の恋人へ声を掛けたが、当の彼女はと言えば、両目を開けたまま微動だにせず、


「……ぐーすかぴー……」

「ね、寝てるぅーっ!! 先ほどまでのおデートがよっぽどお疲れだったのか!?」

「まぁ浜面のエスコートだから超仕方がないんじゃないですか? 退屈しない方が不思議なぐらいです」

「テメェの勧めた映画のせいだろ!! あんな鹿映画のきわみを教えやがって!!」

「……エンディング直前の超クライマックスで、超巨大なインド象といつしよに全員そろって踊り出す所とか超最高だったでしょう浜面?」

「そこが一番分かんない……」


 馬鹿映画マニアのきぬはたには、頭を抱える浜面の苦悩など理解する気がないらしい。

 彼女は浜面が持ってきたドリンクをわずかに口に含んでから、不満一〇〇%な顔を浮かべると、


「……むぎと同じ事を言うのは超アレですけど、確かにこのぬるさは飲み物の許容量を超えていますね。ぶっちゃけばつゲームを超提案したいほどに」


 すると、麦野は自分の所へ運ばれてきた、サーモンのムニエルの載った食器(鉄製のフライパンを模したもの)を軽くつかむと、か甘ったるい猫なで声で、


「じゃっあー、これで浜面ちゃんを往復ビンタとかどうでしょー?」

「ジュージュー鳴ってんじゃねえかよ!! っつかたとえ冷めててもだいげきだよ!! あと何でゾクゾク背筋をふるわせてんだよお前!!」


 浜面は思わず絶叫するが、絹旗の方は軽く息をいて、


ですよ。そんなもんじゃ浜面には超ごほうにしかなりません。どうせ頭の中で勝手に裸エプロンとかに変換して超楽しむに決まってんですから」

「どんだけ恐ろしい家庭なんだよ!! あと家庭って言葉を聞いて鳥肌立てるなよ二人とも!! 逆にそのシチュエーション以外で裸エプロンを連想する方が難しいよ!!」


 向かいの席に座っていた絹旗はその大声に、気味悪そうな調子で耳をふさぐ。が、その時ひじがぶつかったのか、テーブルの上に広げていたマイナー映画のパンフレットが絹旗のひざもとへ落ち、さらに床へとすべっていった。


「超浜面ァああああああああ!!」

「何だよ俺のせいかよ!! ……分かった分かった、拾う、拾うよ!! だから店ん中であからさまに気合入れて大能力レベル4クラスの力を振り回そうとするんじゃねえ!!」


 嘆きながらテーブルの下へもぐり込むミスター下働き浜面あげ。目的のうすっぺらいパンフレットはすぐに見つかった。『野人Nのゾンビ脱出大作戦』と記された、元々のセンスなのほんやくかいめつてきなのどっちなの? というタイトルにげっそりしたはまづらは、ひとまずパンフレットから視線を外す。

刊行シリーズ

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