すると真正面。
ニットの超ミニのワンピースを着ている絹旗最愛の両足と、その付け根の部分を覆う可愛らしい布切れが目の前に。
ここで。
仕事も私生活も充実し、計画的に人生を進め不意のアドリブも満点評価のデキる男であったのなら、軽く太股に触れた上その事をジョークの一種として笑って処理する事すらできたかもしれない。
だが浜面は超浜面。
彼は驚きのままに、真上に向かって飛び上がった。
「きぬは……痛ってえ!?」
ガゴン!! という凄まじい音と共に、馬鹿の頭がテーブルを突き上げた。
被害を受けたのは、ドリンク片手に肘を突いてぼんやりしていた麦野沈利と、その向かいで両目をばっちり開けたまま眠っていた滝壺理后だった。
より正確には、麦野のグラスからドリンクが発射され滝壺がまともに浴びた。
滝壺は開いていた両目の焦点をゆっくりと合わせ、
「……はまづら……?」
「ろくに情報を集める事もなく、わずかに寝ぼける素振りすら見せず、何かあれば俺が元凶だと真っ先に思うその思考回路。何故俺の周りはこんなのばっかりなんだ」
テーブルの下からパンフレットを持ってのろのろと出てきた浜面は、そこで驚愕の事実を目撃する。
頭からドリンクを被った滝壺が、まったくもう、と呟きながらジャージの上を脱いでいた。
その下にあった、薄手のシャツを強引に隆起させる二つのカタマリは、
「(……やっぱデカいわね)」
「(……いや総合的に見れば私の方が超スタイルは良いはず)」
「(……ヤベエ、俺の目に狂いはなかった)」
「?」
滝壺だけがぼんやりした目で周囲を見返している。
彼女はあまり感情の起伏のなさそうな目のまま、
「そろそろ時間?」
「そう……ですね。軽く食べ終わりましたし、そろそろ本題に超入りますか」
「ええ」
麦野が、若干ながら沈んだ、彼女らしくない声で短く答える。
浜面は席に腰掛けつつ、
「場所は分かっているのか?」
「そっちについては超調べてあります。というか、基本的にアレは第一〇学区にしか超ありませんからね」
「じゃあ行くか」
麦野が素気ない調子で言う。
浜面はわずかに探りを入れるように、
「大丈夫なのか」
「問題ない」
彼らは本来『アイテム』と呼ばれる小グループに属していたが、その形は完璧ではない。かつてここにいたはずの人間が一人、欠けている。
その欠けたピースを浮き彫りにさせるように、麦野が呟いた。
「……フレンダの墓参り、さっさと済ませてしまおう」
2
再会した途端、まず一発本気で顔をぶん殴られた。
そしてその後に、本気で抱き締められた。
第三次世界大戦の激戦区から帰ってきた学園都市最強の超能力者、一方通行を待っていたのは、そんな感じの出来事だった。
ちなみに殴ったり抱き締めたりした人物は、黄泉川愛穂というジャージの女教師だった。一方通行は現在、彼女のマンションに居候している身である。
独特の、色の抜けた白い髪。獣のような凄味のある、異質な赤い瞳。線の細い体は現代的なデザインの杖で支えられているが、一方通行の体つきに華奢な印象を抱く者はいないだろう。それは最新科学の力で徹底的に鍛え上げられた、超能力者という兵器の塊であるからだ。
殴るにしても抱き締めるにしても、彼に対してこうした『人間らしい扱い』をできる人物は、学園都市の中でも稀なのかもしれない。
ちなみに、その『稀』な事ができる人間が、この広いマンションの中にはまだいる。
例えば、
「ぎゃーす!! なーんーでー前後左右上下六方向から屈折レーザーがクネクネ襲いかかってくるのーっ!? ってミサカはミサカは脅威のコンボにわなわなしてみたり!!」
と両手でコントローラーを握ったまま奇怪な口調で叫び声を発する、見た目一〇歳前後の少女・打ち止めであったり、
「くくくレーザーは足止めでミサカのド本命は溜め技極太ビーム砲じゃあああ!!」
そんな打ち止めと顔つきはそっくりで、そのまま高校生に成長したような腹黒少女・番外個体であったり、
「……これ、私の知っている製造計画の個体じゃないわよね……?」
番外個体へ怪訝な目を向けている女性研究者・芳川桔梗であったりする。
ちなみに番外個体、諸事情によって片腕は折れている状態のはずなのだが、床に置いたコントローラーを片手五本指でキーボードのように叩く事で、両手を自由に使う打ち止めを翻弄しまくっている(LRボタンはハンデとして無視)。
何故かピンクと白のアオザイを着ている番外個体の独壇場である。
『ぬおお、こうなったらミサカ達の脳波で作るネットワークを経由してダイレクトにコマンドを送ってやるーっ! ってミサカはミサカは裏技を使うけど何故か反応がない!?』『ふふふ第三次製造計画のこのミサカの体内にはコマンドを弾くための機械が満載だからなあ』などと独自のトークを繰り広げている二人の少女。
「そういえば、その民族衣装はどこで手に入れたの? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
「? そうか、コマンドを弾く関係で、このミサカの記憶はネットワークと常時共有されている訳じゃないのか」
「私があげたのよ」
悪意満点でまともに質問に答えようとしない番外個体の代わりに、研究者の芳川が答えた。
「福引で当てたんだけど、サイズが合わなくてね」
常時、悪態や嘲弄が顔に浮かぶ番外個体には似合わない、ピンクや白という明るいカラーにはそういう理由があったりする訳だが、打ち止めが引っ掛かったのはそこではなかった。
「……またオトナが乳の自慢をしている、ってミサカはミサカは警戒心を募らせてみる」
「そっちの話じゃないわよ。背丈とか胴回りとか全体的に。大体、単純なバストだけなら、そっちの子の方が大きいわよ」
すると、打ち止めはゲーム画面から目を離し、隣に座るアオザイ少女番外個体を静かに見上げた。
そして少女は言う。
「希望はある、ってミサカはミサカは拳を握ってみたり」
「いやあ、ミサカは第三次製造計画だから、使っている成長促進剤は別物だよ?」
ガッガッガッガッガッ!! とコントローラーに怒りをぶつける打ち止めだが、画面の中ではしっかり返り討ちに遭っている。
と、さっきから不審な会話ばかりしている二人の少女に、黄泉川はわずかに眉をひそめていた。
彼女はソファに寝転がっている一方通行に向けて、直球で質問する。
「で、あっちの高校生は誰じゃんよ? 小さいののお姉さん?」
「いやあ」
返事をしたのは一方通行ではなく番外個体だった。
対戦ゲームのリザルト表示の待ち時間に、少女は黄泉川の方へ首を回し、片目を瞑る。
彼女はどこか人を馬鹿にしたような調子で、
「どっちかって言うと、ミサカはこの子の妹になるのかな?」
「?」