第一章 〝彼〟のいない平和的な学園都市 City. ②

 すると真正面。

 ニットの超ミニのワンピースを着ているきぬはたさいあいの両足と、その付け根の部分をおお可愛かわいらしい布切れが目の前に。

 ここで。

 仕事も私生活も充実し、計画的に人生を進め不意のアドリブも満点評価のデキる男であったのなら、軽くふとももに触れた上その事をジョークの一種として笑って処理する事すらできたかもしれない。

 だが浜面は超浜面。

 彼はおどろきのままに、真上に向かって飛び上がった。


「きぬは……痛ってえ!?」


 ガゴン!! というすさまじい音と共に、鹿の頭がテーブルを突き上げた。

 被害を受けたのは、ドリンク片手にひじを突いてぼんやりしていたむぎしずと、その向かいで両目をばっちり開けたまま眠っていたたきつぼこうだった。

 より正確には、麦野のグラスからドリンクが発射され滝壺がまともに浴びた。

 滝壺は開いていた両目の焦点をゆっくりと合わせ、


「……はまづら……?」

「ろくに情報を集める事もなく、わずかに寝ぼけるりすら見せず、何かあれば俺が元凶だと真っ先に思うその思考回路。俺の周りはこんなのばっかりなんだ」


 テーブルの下からパンフレットを持ってのろのろと出てきた浜面は、そこできようがくの事実をもくげきする。

 頭からドリンクをかぶった滝壺が、まったくもう、とつぶやきながらジャージの上を脱いでいた。

 その下にあった、うすのシャツを強引に隆起させる二つのカタマリは、


「(……やっぱデカいわね)」

「(……いや総合的に見れば私の方が超スタイルは良いはず)」

「(……ヤベエ、俺の目に狂いはなかった)」

「?」


 滝壺だけがぼんやりした目で周囲を見返している。

 彼女はあまり感情の起伏のなさそうな目のまま、


「そろそろ時間?」

「そう……ですね。軽く食べ終わりましたし、そろそろ本題に超入りますか」

「ええ」


 むぎが、じやつかんながら沈んだ、彼女らしくない声で短く答える。

 はまづらは席に腰掛けつつ、


「場所は分かっているのか?」

「そっちについては超調べてあります。というか、基本的にアレは第一〇学区にしか超ありませんからね」

「じゃあ行くか」


 麦野がそつない調子で言う。

 浜面はわずかに探りを入れるように、


だいじようなのか」

「問題ない」


 彼らは本来『アイテム』と呼ばれる小グループに属していたが、その形はかんぺきではない。かつてここにいたはずの人間が一人、欠けている。

 その欠けたピースを浮き彫りにさせるように、麦野がつぶやいた。


「……フレンダの墓参り、さっさと済ませてしまおう」


    2


 再会したたん、まず一発本気で顔をぶんなぐられた。

 そしてその後に、本気で抱きめられた。

 第三次世界大戦の激戦区から帰ってきた学園都市最強の一方通行アクセラレータを待っていたのは、そんな感じの出来事だった。

 ちなみに殴ったり抱き締めたりした人物は、かわあいというジャージの女教師だった。一方通行アクセラレータは現在、彼女のマンションにそうろうしている身である。

 独特の、色の抜けた白い髪。けもののようなすごのある、異質な赤いひとみ。線の細い体は現代的なデザインのつえで支えられているが、一方通行アクセラレータの体つきにきやしやな印象を抱く者はいないだろう。それは最新科学の力でてつていてききたえ上げられた、という兵器のかたまりであるからだ。

 殴るにしても抱き締めるにしても、彼に対してこうした『人間らしい扱い』をできる人物は、学園都市の中でもまれなのかもしれない。

 ちなみに、その『稀』な事ができる人間が、この広いマンションの中にはまだいる。

 例えば、


「ぎゃーす!! なーんーでー前後左右上下六方向から屈折レーザーがクネクネおそいかかってくるのーっ!? ってミサカはミサカはきようのコンボにわなわなしてみたり!!」


 と両手でコントローラーを握ったまま奇怪な口調で叫び声を発する、見た目一〇歳前後の少女・打ち止めラストオーダーであったり、


「くくくレーザーは足止めでミサカのド本命はめ技ごくぶとビーム砲じゃあああ!!」


 そんな打ち止めラストオーダーと顔つきはそっくりで、そのまま高校生に成長したような腹黒少女・番外個体ミサカワーストであったり、


「……これ、私の知っている製造計画の個体じゃないわよね……?」


 番外個体ミサカワーストげんな目を向けている女性研究者・よしかわきようであったりする。

 ちなみに番外個体ミサカワースト、諸事情によって片腕は折れている状態のはずなのだが、床に置いたコントローラーを片手五本指でキーボードのようにたたく事で、両手を自由に使う打ち止めラストオーダーほんろうしまくっている(LRボタンはハンデとして無視)。

 かピンクと白のアオザイを着ている番外個体ミサカワーストどくだんじようである。


『ぬおお、こうなったらミサカ達の脳波で作るネットワークを経由してダイレクトにコマンドを送ってやるーっ! ってミサカはミサカは裏技を使うけど何故か反応がない!?』『ふふふのこのミサカの体内にはコマンドをはじくための機械が満載だからなあ』などと独自のトークをり広げている二人の少女。


「そういえば、その民族衣装はどこで手に入れたの? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「? そうか、コマンドを弾く関係で、このミサカのおくはネットワークと常時共有されている訳じゃないのか」

「私があげたのよ」


 悪意満点でまともに質問に答えようとしない番外個体ミサカワーストの代わりに、研究者の芳川が答えた。


「福引で当てたんだけど、サイズが合わなくてね」


 常時、悪態やちようろうが顔に浮かぶ番外個体ミサカワーストには似合わない、ピンクや白という明るいカラーにはそういう理由があったりする訳だが、打ち止めラストオーダーが引っ掛かったのはそこではなかった。


「……またオトナが乳のまんをしている、ってミサカはミサカは警戒心をつのらせてみる」

「そっちの話じゃないわよ。背丈とか胴回りとか全体的に。大体、単純なバストだけなら、そっちの子の方が大きいわよ」


 すると、打ち止めラストオーダーはゲーム画面から目をはなし、となりに座るアオザイ少女番外個体ミサカワーストを静かに見上げた。

 そして少女は言う。


「希望はある、ってミサカはミサカはこぶしを握ってみたり」

「いやあ、ミサカはだから、使っている成長促進剤は別物だよ?」


 ガッガッガッガッガッ!! とコントローラーにいかりをぶつける打ち止めラストオーダーだが、画面の中ではしっかり返り討ちにっている。

 と、さっきから不審な会話ばかりしている二人の少女に、かわはわずかにまゆをひそめていた。

 彼女はソファに寝転がっている一方通行アクセラレータに向けて、直球で質問する。


「で、あっちの高校生はだれじゃんよ? 小さいののお姉さん?」

「いやあ」


 返事をしたのは一方通行アクセラレータではなく番外個体ミサカワーストだった。

 対戦ゲームのリザルト表示の待ち時間に、少女は黄泉川の方へ首を回し、片目をつぶる。

 彼女はどこか人を鹿にしたような調子で、


「どっちかって言うと、ミサカはこの子の妹になるのかな?」

「?」

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