第一章 〝彼〟のいない平和的な学園都市 City. ③

    3


素養格付パラメータリスト』。

 かつて、学園都市の『暗部』と真っ向から戦ったはまづらあげや、その周辺にいる人達の安全を守るデータ。切手の四分の一ほどのサイズのチップの中に収められたいのちづな。使い方によっては学園都市に多大なダメージを与える事になるとは思うが、同時にそう簡単にはいかないだろうとも浜面は考えている。

 元々、学園都市の科学技術は『外』と比べても二、三〇年もの開きがある上、研究所の資料については街の『中』でさえ非公開なものが多い。情報の取り扱いについてはかなり神経質なシステムが組み込まれているに違いない。

 そして、浜面としてもそのつもりはなかった。

 彼の目的は学園都市の打倒ではなく、その街の中でへいおんに暮らしていく事だからだ。

 ただ安全性を確保するだけなら、学園都市からはなれるというせんたくもある。

 しかし、今はまだそこまでの準備は整っていない。

 彼の命より重要な少女、たきつぼこうは、とある事情から学園都市のりようを受ける必要があるからである。 さて。

 学園都市には他の地域にはない設備や施設がたくさんある。街の至る所には風力発電のプロペラがあり、警備や清掃用のロボットが行き来し、畜産や農業のための『食材を作る工場』があちこちに建っている。

 だが、それ以外にも違いはある。

 この街には、墓地が圧倒的に少ないのだ。

 住民の八割は学生であり、親元をはなれてりようで生活をしている。仮に街の中で彼らが死亡したとしても、(てつていてきな焼却処分によって、DNAマップを解析できない状態にした上で)骨はやはり親元へと帰されるのが常だ。つまり、街の中に墓を建てたいという希望がほとんどない訳である。

 学園都市唯一の墓地は第一〇学区にあり、その形状はエレベーターを使った立体駐車場に似ていた。

 しやげき演習場のようにパーティションで区切られた『ブース』の中で暗証番号を入力すると、こつつぼの入ったコンパクトな墓石が、リフトやエレベーターの力を借りて自動的に運ばれてくる仕組みだ。

 耐水性の厚紙でできたトレイの中に収まる範囲でなら、献花やおそなえ物も許される。が、微生物のはんしよく状況をスキャンし、一定数を超えたと判断された場合は、やはり自動的にダストシュートへ放り込まれるようになっている。

 前述の通り、ここへ学生の骨が収められるのはまれだ。

 それはつまり、引き取りたいと名乗り出る者がいなかったのを意味する事が多い。

 犯罪者や、『置き去りチヤイルドエラー』と呼ばれるコインロッカーベビーにも似た家庭からの意図的な追放者、そして暗部とかかわるために『表』の身分をまつしようした者などなど。


「……むぎのヤツ、遅いな」


 はまづらがポツリとつぶやく。

 彼らは『墓地』であるビルの中には入らず、味気のない出入り口の近くにあるベンチに腰掛けていた。おそらく本来は喫煙スペースとして用意されていたのだろう、だれも使っていないボックス状の灰皿が、余計なせきりようかんを与えてくる。


『墓地』には、麦野だけが入っている。

 かつて、その手でフレンダを殺害した麦野だけが。

 語るべき事は色々あるだろう。

 その言葉を盗み聞きしたいとは思わなかったし、その顔を盗み見たいとも思わない。

 ぼんやりと青空を見上げながら、浜面は言う。


「フレンダって、何が好きだったっけ?」

「さば」


 と答えたのは、となりに座っているたきつぼだった。

 きぬはたもため息をついて、


「なんか缶詰ばっかり超食べていた人でしたよね。金には困っていなかったはずなんですけど」


 人物について過去形で語る事には、まだ多少の違和感がある。

 その違和感が消えるのを望むべきか、望まざるべきか。

 それすらも、未熟なはまづらにはまだ判断できない。


    4


 テレビゲームは番外個体ミサカワーストの圧勝という形で終わり、打ち止めラストオーダーはぶーぶー言いながらコントローラーを手放した。

 一〇歳前後の容姿をしている打ち止めラストオーダーは、床の上にごろんと転がり、番外個体ミサカワーストの体の一点を指差すと、


「……あのおっぱいがミサカの集中力を散らせているの、ってミサカはミサカは敗因を分析してみたり」

「おやまあ。他人の身体的特徴をして八つ当たりとは、司令塔もやっぱりミサカ達の一員って感じだねえ。根っこは黒い黒い☆」


 番外個体ミサカワーストちようしようを受けても打ち止めラストオーダーは気にせず、今度は近くにいたクローン技術の元研究者、よしかわきようの方へ体の向きを変える。


「一体何を食べたらそんなに大きくなるのかミサカに説明しなさい、ってミサカはミサカは情報の開示を求めてみる」

「食べているものはみんないつしよよ。だってあいが作っているんだから」


 愛穂、というのはこのマンションの家主の体育教師、かわ愛穂の事である。

 年中緑色のジャージを着ている色気ゼロの女性なのだが……打ち止めラストオーダーの見る限り、あれより巨大な胸囲の女性とお目にかかった事がないぐらいスタイルが良い。


じんだ……ってミサカはミサカは栄養学では説明のできない現象に嘆いてみたり」

「あら。みんな同じものを食べてこの結果なんだから、それってつまりあなたにも同じ可能性が与えられているという事ではないかしら?」

「……ッッッ!!!???」

「だからそんなにあわてる必要はないのよ。あなたは本来あるべき歳月のちようじりが合っていない。時間の経過がそれらを埋め合わせたら、自然とりよくてきなプロポーションになるわ」


 芳川の言葉に、まるで救いの光でも浴びたかのような表情になる打ち止めラストオーダー

 その時だった。

 ボトッと、芳川のふところから何かが落ちた。

 それは奇怪な健康器具だった。

 ベルトを使って胴体の一部分に巻きつけるための機構が備わっており、見たところ、女性の体の一部分にとても干渉するように設計されているようであった。

 つまり。

 平たく言えば、豊胸マシンの疑惑である。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 大人の汚さをの当たりにした打ち止めラストオーダーから表情が消える。

 やがて彼女は、わなわなとふるえるくちびるを動かし、


「……『自然と』りよくてきなプロポーションになるってさっき言った、ってミサカはミサカは確認を取ってみる」

「ほ、ほほほ。いやこれは大学時代の友人から科学の商品ではないかと調査らいが来ていて専門家のあたくしが……」

「もうそんなオトナの言葉にはだまされない!! ってミサカはミサカは例のマシンへ手を伸ばしてみたり!!」

「いけないわ最終信号ラストオーダー!! それは成熟した肉体を持つ女性が使わなければ胸部が爆発してしまう恐ろしい機械なのよ!!」

「だからそんな言葉には惑わされないとミサカは言ったはずだ!! ってミサカはミサカは制止を振り切ってみたり! そもそも成熟した肉体を持つ女性ならこんな機械は必要としないはずでは!?」


 手持ち番外個体ミサカワーストは、ソファで寝転がっている一方通行アクセラレータへ声を投げかけた。


「生物関係の研究者とは思えないぐらいさんくさい通販に引っ掛かってるねえ。……ところで、あのおおさわぎは止めないの?」

「面倒せェ……」


 心底うんざりしたような声と共に寝返りを打つ第一位。すると、代わりとでも言うかのように、家主の爆乳体育教師、かわあいが(からかっている)よしかわきようと(からかわれている)打ち止めラストオーダーの間に入った。


「はいはいそこまでじゃんよ。これ、効果がないって桔梗が嘆いていたヤツじゃん。っつか、これに限らずダイエットマシンとか小顔になるベルトとか『肉体を変質させる機器』を集めるくせ、いい加減に直した方が良いじゃんよ」


 言って、黄泉川は奪い合う二人から豊胸マシンを取り上げてしまう。


「この世で最も必要としない人物に希望の光を奪われた!! ってミサカはミサカはせんりつしてみたり!!」

よ愛穂! あなたのようなクラスの大物がさらに機材の後押しを受けたら、きっとこの世のことわりほうかいしてしまうわ!!」


 しかし事態は彼女達の予測を上回った。


「……あれ? 何もしてないのに、何でもくもく煙が出ているじゃんよ?」

「有り余る乳パワーが逆流したのかも!! ってミサカはミサカは未知の現象を前にわなわなしてみる!!」

「非科学的だわ……ッッッ!!!??? そんな、まさか、でも、あいなら、あるいは!!」


 あまりの光景に科学的視点が揺らぎそうになるよしかわ

 ところで、この中の女性陣で唯一、番外個体ミサカワーストだけは例のマシンにはいついていない。

 一方通行アクセラレータは寝転がったまま質問した。


「オマエは喰いつかねェのか?」

「あなたにつけても巨乳にできるなら、ちょっとは」

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