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第一〇学区。学園都市の墓地の前。
浜面、滝壺、絹旗達がどこか密度の薄い、スカスカな印象のある会話をしていると、『墓地』のビルの自動ドアが開いた。浜面達がそちらへ目を向けると、麦野が出てきたところだった。
彼女の表情に変化はない。
涙が伝ったような跡も、目が充血している様子もない。
とはいえ、確実に中では何かがあったのだろう。
その痕跡すらも、浜面達には伝えたくないと考えている程度の、何かが。
「終わったか?」
浜面が尋ねると、麦野は『おう』と素気なく答え、
「終わったよ」
実際には何も終わっていないのかもしれない。
だが、麦野はそう付け足した。
何かを区切るように。
ところで。
彼らがしんみりしているところ申し訳ないが、第一〇学区というのは学園都市の中で最も地価が安く、治安も悪い事で有名だった。唯一の墓地がこの学区にある事自体、方々で建設拒否された施設が、巡り巡って第一〇学区に落ち着いた、という経緯がある。
そんな訳で。
年頃の女の子を三人も引き連れている(ように見えるが実は全く逆の)浜面仕上クンときたら、辺りにたむろしている不良少年達からすれば格好のマトなのだった。
『バスと電車、どっちで帰った方が早いんだっけ?』という話をしていた浜面達の行く手を阻むように現れたのは、五人の男達。
戦隊モノなら全員イエローに認定されてしまいそうな雰囲気の不良少年達は、何やら出鼻を挫いて話の主導権を握りたがっているのか、唯一の男手である浜面へ威圧的な視線を投げかけつつ、
「ちとちと待て待てそこのお財布クン。今ボク達バイト中なんで協力してくんね? クソを殴ると成績に応じて金が入るバイトなんだけど」
「ちなみに黙って財布渡してもぶん殴るから。逃げようとしてもぶん殴るし命乞いしてもぶん殴る。状況分かった?」
(まずい……そこそこヤバそう)
頭の中身が死ぬほど軽そうな言葉を発する少年達だが、浜面はスーパーヒーローではないので、素直に体に嫌な震えが走った。特に危険アリなのが二番目にしゃべったヤツ。どうも構えや腰の落とし方から察するに、プロレス系だ。レフェリーもおらず、柔らかいマットもない路上のケンカでは、あの手の投げたり絞めたり関節を極めたりするタイプは、下手に鈍器や刃物を持った素人よりも危ない事を、浜面は実経験から理解している。
とはいえ。
一方で、浜面は安心してもいた。格闘技に頼っているという事は、おそらくこの不良達は、浜面と同じく『無能力であるが故に不良になったタイプ』の人間だ。重力を操って投げ技の威力を一〇倍増しにするグラヴィティレスラーなんていう反則キャラでもない限り、『学園都市で最も恐ろしいタイプ』ではないだろう。
そして、滝壺はともかく、連れの麦野と絹旗は、まさに『学園都市で最も恐ろしいタイプ』だった。
麦野は第四位の超能力者、絹旗も銃撃戦に対応できるクラスの大能力者だ。言ってみれば、不良のケンカに戦車や爆撃機を平気で持ち出すような状況に等しい。相手が反則第一ヒールレスラーだろうが人喰い熊を投げ飛ばす柔道の達人だろうが、基本的に真正面から戦った場合、麦野や絹旗達の敵ではない。
なので、
「……おいおい、やめておけよ」
浜面は純粋に、絡んできた不良少年達を哀れに思ってこう助言した。
自然と世紀末帝王モードになった彼は、
「小僧ども。これは親切心から教えてやる事だから、一言一句完全に覚えておくんだ。そうしないと命の保証もできない。……この世の中には、関わり合っちゃあならないものがある。アンタらは今、そいつの一歩手前まで踏み込んでいる。あと一歩だ。その距離でアンタらは終わる。そいつを理解したら、ここは素直に回れ右しておけ」
しかし。
そこで、何故か麦野と絹旗の二人が奇妙な目配せをすると、
「「きゃーん。こわーい、はまづら助けてえ」」
黄色い声の意味が分からなかった。
そして左右それぞれの腕に巻きつくように、麦野と絹旗の二人が腕を組んでくる理由が全く理解できない。
彼女達の実情を知る浜面が、とても真正直に全身から鳥肌を発する。
が、五人の不良少年達や滝壺理后はそれらを裏表なくストレートに受け取ったらしく、特にジャージ少女の方は何やら対抗心を燃やし始め、浜面の背中から首へ両腕を回し、おんぶスタイルでぎゅっと抱き締めると、
「……勝手に取らないで。はまづらは、私のものだから」
その瞬間。
浜面仕上は、人間の頭の中にある大事な線が切れる音を確かに聞いた。それは五人の少年達のものだった。
「お、おう」
しばしパクパクと口を開閉していた不良の一人は、
「おうおうおうおうおう!! どうなってんだ!? テメェその大富豪っぷりはどういうつもりなんだぁええコラ!?」
なんかアザラシやオットセイみたいな声を発しているが、きちんと殺気はマックスである。真正面からズンズン近づいて浜面の首元を片手で摑もうとする。
が。
そこで、実は微妙に浜面の腕の関節を極めていた麦野が、わずかに体をねじった。肘に走る痛みから逃れるため、浜面は麦野の動きに合わせて、回転扉のように体の向きを変えざるを得なくなる。
そして浜面の首を狙っていた不良少年の手の狙いが逸れた。
首から肩へ。
開いた五本の指が、ちょうど突き指する形で。
「にゅわああああああああああああああって痛ええ!? テメェ!!」
「きゃー、はまづらチョーかっこいー」
殊更バカっぽい声援を発する麦野は、とどめとばかりに浜面の腕をひねり、彼の腰を蹴って不良達のど真ん中へと躍り出させる。一方、絹旗の方はいつの間にか浜面の背中に張り付いていた滝壺を綺麗に引き剝がしていた。
「な、なんっ……」
状況を理解できずに、未だに目を白黒させている浜面だが、すでに不良少年達の覚悟は決まっている模様。
「冗談も大概にしろテメェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「そこの悪魔みたいな女に言えェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
浜面仕上の選択肢は一つ。
逃げる。故に歩道脇の花壇の土を蹴り上げてプロレス男に目潰しを決め、その隙に包囲網を一気に突破する。