第一章 〝彼〟のいない平和的な学園都市 City. ⑤

    6


 煙を噴いた豊胸マシンはかわに没収され、よしかわは自室のHDレコーダーの番組予約をするため、一度部屋に引っ込んでしまった。

 放ったらかしのリビングのテレビの方は、すでに黄泉川の方がりたいドラマを指定してしまっているのだ。無限にチューナーがあれば良いのに、と芳川はブツブツつぶやいていた。

 そのテレビは今、こう言っている。

 おそらくレポーターも、番組の構成を考えている連中も、最前線のにおいはいだ事もないだろうが。


『……わずか一二日で終結した第三次世界大戦ですが、その終結ぎわには数多くのオカルティックな証言が得られました。これは専門家の間では「サードウォー症」と呼ばれ、大戦前のイギリスクーデター時にあった「ブリテン・ザ・ハロウィン」同様、戦時下のストレスが生み出した集団ヒステリーであり、早急に手厚い補償を行う必要があるとの見方がある一方……』


 一方通行アクセラレータとしてもやる事はない。

 ただソファに寝転がっている彼は、そこで違和感を覚えた。

 見れば、ただでさえ狭いソファに、さらに打ち止めラストオーダーもぐり込んで来ている。


「……何してやがる」

「ミサカもお昼寝、ってミサカはミサカは簡潔に答えてみたり」

「おい」

「……ねー」


 第一位が文句を言う前に、一〇歳前後の見た目の少女はあっさりと寝入ってしまう。舌打ちする一方通行アクセラレータだったが、そこで別の方向から声をかけられた。

 ソファのはしにあるひじ掛けの部分に腰を掛けた、番外個体ミサカワーストだ。


「取り戻したへいおんの味はいかが?」

「……何が言いたい」

「別に」


 明らかに何か含みのある調子で、彼女は告げた。

 かつて、学園都市には『やみ』があった。強大な力を持ち、しかし何かしらの理由や事情で社会的な生活を送るのが困難な人間を、時に知人をたてに取り、時に生活を送るために必要な書類や立場と引き換えに、様々な『仕事』をらいする……という形でだ。

 一方通行アクセラレータもその一人。

 だがそのサイクルはすでにほうかいしている。ほかならぬ、一方通行アクセラレータ自身が第三次世界大戦の終結間際に取りつぶした。

 つちかどもとはる

 むすじめあわ

 うなばらみつ……はめいだったか。

 思案する一方通行アクセラレータの耳に、早くも平和ボケの始まったコメンテーターの声が届く。


『……背後にオカルティックな事象がかかわっているかどうかはさておいて、しかし実際に世界中の各都市に、巨大な黄金の輪やろつこつらしきものは残されている訳ですからね。いや、黄金という表現も厳密には正しくないのか。国連はあれを太平洋の無酸素海域にとうする事で、物体の処分と海流の変化による酸素供給、つまり魚介類など海洋食物資源の復興の一石二鳥をねらっているようですが、調査もせずにいきなりとうというこのやり方に私は別の意図を……』


 かつて『やみ』の中で、四人一組で行動していた『グループ』の他の人員は今どうしているか。一方通行アクセラレータは詳しく知らないが、おそらくはこのクソッたれな街の中で、おのおのの『へいおん』と向き合っている事だろう。

 ただ、何かが足りない。

 欠けている気がする。

 あの戦争を経て、一方通行アクセラレータは『闇』と手を切っている。よって、学園都市暗部に張り巡らされていた情報もうから、必要なデータをえつらんする事はできない。もちろん『傍受』の手順はあるにはあるが、進んで『闇』とかかわりたいとも思わない。

 だから、良くも悪くも、今の彼に安否の確認はできない。

 そう。

 あの戦争に参加した人間の中で、欠けている者がいないかどうか。

 おそらく最も深い所にいたであろう、『あの男』がきちんと帰って来ているかどうか。


『……なお、大戦における学園都市側の人的損害はゼロであるとされ、それ自体は喜ばしいものの、改めて学園都市の持つ技術の専有性と、軍事的リスクをしゆつする事となりました。これについて、学園都市側は公式の声明で……』


 勝手な事ばかり言うテレビはあてにならない。

 しかし、だとすれば、何を信用すれば良いのだろう。


    7


 かつて、第三位のさかことの体細胞を利用した軍用クローン計画があった。

 結果として、計画は失敗。必須とされるスペックは引き出す事ができずに終わったが、そのクローン技術はのちに別の『実験』のために利用され、大量の個体が生み出される。

 それが妹達シスターズ

 打ち止めラストオーダーは現在残っている一万人近い妹達シスターズを束ねる司令塔であり、番外個体ミサカワーストはその計画の後に生み出された、イレギュラーなの個体だった。

 一万人近くの脳を電気信号で連結して作られる、ミサカネットワーク。これはありとあらゆる妹達シスターズの脳内情報の集合体であると同時に、ネットワークそのものが『一つの意思』として振る舞う。

 これに『人為的に干渉するためのキーボード』として用意されたのが打ち止めラストオーダーであり、『「一つの意思」から、特に悪意的な思考・感情を強く抽出する』のが番外個体ミサカワーストだった。

 よって……。



「買い物だァ?」


 ソファに寝転がっている一方通行アクセラレータげんな声を発すると、ジャージ女教師のかわあいが首を縦に振った。


「戦場帰りだか何だか知らないけど、こうして戻って来たからには社会の一員として歯車になりなさいって事じゃんよ」

「人使いの荒い事で」

「おや」


 黄泉川はとぼけた調子で適当なあいづちを打った後、


「人間社会の中で一番苦しいのは『だれの役にも立たず、誰からも必要とされない事』だと思うけど?」

「チッ」


 舌打ちすると、一方通行アクセラレータはソファから起き上がる。


「教育用の心理学テキストをくつに使ってンじゃねェよクソ教師」

「いやあ、私はスクールカウンセラーとかには向かないじゃんよ。基本、問題が起きたらてつけん制裁だし」

「モノは?」

「食料品。チラシに赤で丸つけてあるものを」

「……そりゃまた。死ぬほど俺には似合わねェ絵が浮かぶぜ」

「だったら慣れるまで頑張る」


 黄泉川にけしかけられ、一方通行アクセラレータは仕方なくつえをついて立ち上がった。

 すると、宇宙船のゲームでフルボッコされていた打ち止めラストオーダー(昼寝から目が覚めた後にリベンジを申し出て、再び番外個体ミサカワーストにあしらわれている)が一方通行アクセラレータの方を見上げ、


「ミサカも! ミサカも!! ってミサカはミサカは一人では不安なのでお使いに付き合ってあげたり!!」

「うるせェ!! これ以上未来予想図を俺に似合わねェ絵にするンじゃねェ!!」


 ミサカもミサカもー、とり返している打ち止めラストオーダーの横では、かウズウズしている番外個体ミサカワーストが。

 実はこうしている今、彼女はテレビゲーム以外でも戦っていた。

 真剣勝負だった。

 というのも、前述の通り、番外個体ミサカワーストはミサカネットワークという『一つの意思』から、特に悪意的な思考・感情を強く抽出する特徴を持つ。

 この『悪意的』というのは、何もいかりやぞうだけが当てはまるのではない。

 例えばしつ

 一方通行アクセラレータとずっとお話している黄泉川がうらやましい。自分もいつしよにお買い物に行きたい。

 そんな思考が、情報を共有している全妹達シスターズの間で広まってしまい、『一つの意思』と相互干渉を起こすと、番外個体ミサカワーストの方にもそのえいきようが出てくる訳である。

 通常、司令塔である打ち止めラストオーダーからのコマンドは受け付けないとされる番外個体ミサカワーストだが、それでもやっぱり例外は存在するのだ。

 という訳で、


(……ぐああああ!? 行きたい、買い物に行きたい!! ちくしょう、一方通行アクセラレータの事なんざどうだって良いのに、ネットワークが、ネットワークからとんでもない感情の波がァァああああああああああああああああああああああああ!!)


 むずむずむずむずむうずうずうずうずうずうずむずむずうずうずうずむずうずむずむずうずうずうずうずむずむずむうずうずうずうずうずうずうず───ッ!!!!!! と、心の内からき上がる力の渦にしばらくあらがっていた番外個体ミサカワーストだったが、やはり打ちつ事はできなかった。

 なら。

 悪意を抽出するように作られたのが、彼女なのだから。

 ぶちーん、と頭の中の細い糸が切れた番外個体ミサカワーストは勢い良く立ち上がると、一方通行アクセラレータのズボンにすがりつこうとしていた打ち止めラストオーダーを大人げなく突き飛ばし、


「みっ、ミサカが! ミサカがいつしよにお買い物に行ってあげるぅぅぅうううううう!!」


 数分後。

 笑顔のかわからお財布を渡され、壁に向かって体育座りをする番外個体ミサカワーストに、一方通行アクセラレータはとてもシンプルな質問をした。


「何がしてェンだ、オマエ?」

「……ミサカにももう分かんない……」

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