第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ③

 浜面はとっさにそう叫び、フレメアの前に出たが、具体的な対策は何も浮かんでいなかった。そもそも、何が起きているのかさえあくできていない。

 そして、状況だけが進行する。

『相手』にとって、都合の良いように。

 バガン!! という大きな音と共に、扉が内側に倒れてきた。

 開いたのではなく、倒れたのだ。

 二つのちようつがいとノブ周辺のデッドボルトがまとめて切断されたのだと気づいたのは、扉の向こうから室内へ飛び込んできた『モノ』を視界に収めてからだった。

 はちの羽を数千倍に増幅したような、空気をたたく音が耳を埋める。

 さらに歯車とくさりみ合う雑音が混ざり合う。

 その正体は円盤だった。

 直径は七〇センチ程度。金属製の『外枠』の内側には、シャンプーハットのようなプロペラが上下二段に取り付けられていて、揚力と推力の両方を手に入れていた。プロペラの中心軸は完全な空洞になっている。ひょっとすると、収納時は一本のくいの中に突き刺して保管しているのかもしれない。

 えんかく操作かAIで動く無人偵察機だろう。

 それだけなら害はない。

 問題なのは『外枠』だった。

 歯車と鎖のそうおんの正体は、円形の『外枠』をぐるりと取り囲む、チェーンソーだったのだ。

『外枠』上面に印刷された、『Edge_Beeヤイバのハチ』という機種名がはまづらの脳裏にいやな使用方法を連想させる。


「くそっ!?」


 室内へ飛び込んできたのは三機。弾丸のように一気に突進してくるのではなく、空中でピタリと静止し、広い室内をゆっくりと回って浜面達を包囲しようとしている。その動きは、標的をとらえたスズメバチにも似ていた。

 いくら清掃ロボットや警備ロボットがはんらんする学園都市であっても、こんなぶつそうな機械を目にする機会はそうそうない。

 心当たりと言えば、一つぐらいしかなかった。


「『追っ手』……? でも、どうやってここを突き止めたんだ」


 浜面はつぶやき、そして気づいた。


くるわちゃんを追ってはんぞうがここを出て行ったから……? 街にいる半蔵の動きを、防犯カメラやロボットの映像を一つ一つ分析して逆探したんだ!! となると、郭ちゃんはフェイク。捕まえたり危害を加える必要はない。適当に通信を途絶させただけか!!)


 もちろん、簡単な事ではないだろう。

 街の映像監視もうと通信網を自由に取り扱い、対象者の足取りを追ったり特定の携帯電話だけ使用できない状態にする。監視もうの届かない所は、おそらく無人偵察機を利用してカバーしていたはずだ。

 やはり、『追っ手』は学園都市の政府機関と通じ、その施設を自由に使える者としか思えない。


「だ、大体どうする?」

「もちろん逃げるさ。こんな危ないオモチャとじゃれても得はしない」


 相手は自由自在に空を飛び、扉だろうが壁だろうがチェーンソーで切り崩すような殺人兵器だ。

 まともに破壊しようと思うほど鹿ではない。

 立ち向かってもこちらがをするだけだ。


(……出口)


 はまづらは周囲へ目をやりながら、


(……どうにかして、この部屋から出ねえと!!)


 個室サロンの扉は一つだけだが、そのすぐ近くにエッジ・ビーの一機が滞空しているため、まともに近づく事ができない。

 そもそも、しゆうげきしやに攻め込まれた時点で、戦いをけては通れないのかもしれない。

 勝つためではなく、あくまでも逃げるという目的のために。


(相手は二重反転プロペラで姿勢制御と推力の確保を同時に兼ねる無人偵察機。となれば弱点は……)

「良いかフレメア。俺が合図したら、出口に向かって全速力で走れ」

「でも……」

「心配すんな」


 ヴィィィィィ!! と今もチェーンソーの刃を不気味に回転させ続けるエッジ・ビーの動きを視界のはしに収めつつも、浜面はフロアランプに目をやった。


「あれは俺が引きつける。だからお前は、あの円盤が出口からはなれたら、ぐ部屋の外に向かうんだ。分かったか?」


 フレメアはわずかに、コクンとうなずいた。

 浜面はゆっくりとテーブルに近づき、プラスチック製のグラスへ手を伸ばすと、


「今だ!!」


 叫び、浜面は出口の近くに滞空していたエッジ・ビーへ、グラスを投げつける。グラスはエッジ・ビーには当たらず、近くの壁へ激突した。しかしエッジ・ビーは反応を示す。即座に、過敏に、三機が新たな動きを示す。

 浜面を切断するために。


「走れ!!」

「でも、大体……浜面は!?」

「良いから! 必ず追い着く!!」


 フロアランプを両手でつかみ、えて部屋の奥へ向かうはまづらの怒声に押されるように、フレメアは出口へと走る。

 それを確認した浜面は、改めて向かってくる凶器へ目を移すと、フロアランプを思い切りエッジ・ビーへ投げつけた。

 今度はエッジ・ビーの一機にちよくげきしたが、それだけだった。やはり落ちない。それどころか、機体をぐるりと囲むチェーンソーにピタリと吸いついた。


「なん……」


 おどろく浜面の前で、フロアランプが高速回転する。遠心力を手に入れる。そして返す刀で、正確に鈍器が発射される。

 ゴッ!! という加速は矢に匹敵した。

 全力で身をひねり、ギリギリの所でかいする。壁に直撃したフロアランプは、やりのように部屋の内壁へ突き刺さった。


(刃の立て方で、『摑む』と『る』を切り替えてやがるのか!!)


 思えば、ドアのかいもそれほどシャープな切れ味ではなかった。何度も鋭いつめで裂く通常ののこぎりというより、何度も指でむしり続けるような感覚に近いのかもしれない。

 浜面は手近にあった装飾用のパラソルを摑むが、もうかつには投げられない。

 そして三機のエッジ・ビーも待たなかった。より攻撃的な浜面を最初につぶす気になったのか、それら殺人ディスクは浜面目がけておそいかかってくる。

 ひるみそうになる心を抑え、浜面はかろうじて前へ飛び出す。

 エッジ・ビーの速度は、滞空状態からは想像もつかないほど速い。先ほどのとうてきとまではいかないが、それでも普通の投石を超えている。

 ただぶつかっただけでも救急車を呼ばれかねないような速度に、さらに特殊なチェーンソーまで加わっているのだ。まともに直撃すれば血肉をグシャグシャにえぐられるか、最悪、真っ二つという可能性すら否定はできない。

 そして重要なのは、侵入時、エッジ・ビーが扉を切断してきた事。

 問題となっているのは、その切れ味ではない。

 時間をかけて切断したという事だ。

 つまり、


(相手は壁にぶつかろうがチェーンソーの刃を食いこませようが、空中で全くバランスを崩さない。おそらくはジャイロや映像解析、超音波なんかでてつていてきに姿勢制御を行っている結果なんだろう)


 そこまでの機体なら、浜面が手にしたパラソルを投げつけたぐらいでは落ちないかもしれない。そもそも、軽く回避される可能性すらあるし、な投擲は『投げ返される』リスクを持つ。

 だが。

 相手が二重反転プロペラを使う以上、どうしても弱点は残る。

 それは、


(どんなに高性能な機体だろうが、プロペラの動きを止めちまえば落ちるしかねえって事だ!!)

はまづら! 危ないよ!!」


 出口からフレメアの叫び声が飛んでくる。

 ギュオン!! と三方向から同時にエッジ・ビーが浜面をおそう。

 高速回転する刃が届く直前で、浜面は思い切り身を沈めた。

 その程度でかいできるような相手ではない。

 だが浜面はエッジ・ビーに軌道を修正される前に、思い切り突き上げるように、畳んだパラソルのせんたんをエッジ・ビーの下面から内側へと差し込んだ。

 それぞれ逆方向へ回転する、二つのプロペラをがいする形で。

 ベキベキベキ!! といういやな音がさくれつした。金属でできたパラソルの骨が砕ける音だった。だがエッジ・ビーも損害なしとはいかない。オレンジ色の火花を散らし、プロペラが欠け、何よりその動きが止まってしまう。急激な動きの阻害は、内部のモーターやギアなどにもあくえいきようを及ぼすだろう。

 勢いを殺し切れず、エッジ・ビーは床の上を跳ねた。

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