第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ④

 バウンドした機体は別方向から浜面を襲おうとしていた他のエッジ・ビーと激突する。プロペラは停止したが、チェーンソーはまだ動いていた。二機のエッジ・ビーは互いの刃の動きにはじかれ、まるでビリヤードの球のように部屋の隅と隅へと吹き飛ばされていった。

 浜面は、その間をくぐり抜け、フレメアの待つ出口へ向かって走る。

 残る一機も浜面の背中をねらおうとしたが、そこで彼は床に倒れたままの扉のすきつまさきをねじ込み、強引に跳ね上げた。側面を両手でつかむと、振り向きざまに思い切りたたきつける。

 上から下へ。

 単純な腕力で叩き落とそうとしたのではない。

 前述の通り、エッジ・ビーは二重反転プロペラによって揚力と推力を得ている。つまり、上から下へ人工的に吹き下ろす風の流れを阻害してしまえば、機体は飛んでいられなくなるのだ。

 例えば、プロペラの上から、大きな板をかぶせてふたをしたりすれば。

 バガン!! というごうおんと共に最後の一機を床にねじ伏せた浜面は、エッジ・ビーの上に乗せた扉の上へ、思い切り飛び乗った。そのまま垂直に二回、三回とジャンプし、全体重をかけて精密機械のかたまりを粉砕していく。

 無論、軍用兵器も頑丈には作られているだろうが、ひとまずせんさいなプロペラをわずかでもゆがめて十分な揚力を得られなくさせてしまえばこちらの勝ちだ。


「よし、これで……」

「早く!! はまづら、早く逃げよう!!」


 部屋から飛び出し、浜面はフレメアと合流する。

 その時だった。

 ギャリギャリギャリギャリ!! というチェーンソーのごうおんが浜面の耳を打った。

 出口からもう一度中をのぞき込むと、最初に浜面にパラソルでプロペラをかいされ、部屋の隅へ転がされたエッジ・ビーが、起き上がっていた。円盤の側面部分を床に押し当てて、ピタリとバランスを保っていたのである。

 そして。

 チェーンソーをタイヤ代わりにしたエッジ・ビーは、そのまま転がるような格好で浜面をねらい、猛烈な速度で直進してくる。


(くそっ!! なんつー姿勢制御機能持ってんだ!?)


 本能的な恐怖から、思わず後ろへ下がった浜面だが、そこは通路の壁だ。背中に受けたしようげきと、くつぞこが床をすべった事が重なって、彼はそのまましりもちをついてしまう。

 さらなるきようおそいかかってきたのはその時だった。

 ゾン!! と。

 浜面が背中を預けていた壁が、斜めに大きく切断されたのだ。

 出現したのは、三メートルほどの、圧縮空気のようなもので作られたやり。それは壁を引きくと、突進してきたエッジ・ビーを手近な床ごと粉砕してしまう。

 だが浜面は素直に喜んだりはしない。

 今の一撃。たまたま尻餅をついていたから良かったものの、立っていれば間違いなく胸部を裂かれていたはずだ。


「浜面、ダメ!! 壁が倒れる!!」

「おおおああああっ!?」


 あわてて横へ転がるのと、裂かれた建材が通路へ倒れ込んでくるのはほぼ同時だった。

 ふんじんの向こうから、現れる人影が一つ。

 その両手にある透明な槍の余波が、建材の粉塵をまとめて吹き散らす。


「チッ。シルバークロース、ちゃんと私に合わせろよ。経費のだ」


 そこにいたのは一二歳程度の少女だったが、浜面は一目見ただけで、その内面にあるヘドロのようなものを受け取った。明らかに殺しとそうらんに手慣れたふん。隠しようのない『やみ』のにおい。浜面やはんぞうとはまた違った種類の、『すぐれた闇』というヤツだろう。

 浜面は荒い息をきながら、ゆっくりと立ち上がる。

 彼女の両手から噴き出し、今も軽く手を揺らすだけで壁や床を傷つけている透明な槍に、見覚えがあった。


「その能力……」

「おや。『窒素爆槍ボンバーランス』……まぁ、ちつでできたやりなんだけど、ひょっとしたらお知り合いのと似ているかな?」


 ヒュン、と。

 周囲の壁をさらにくように軽く槍を振るい、少女はうすく笑う。


「基本的にゃあ、シルバークロースのエネミーブラスターが使っていたかつこうほうの砲弾の一つ……APFSDSと同じだよ。ばくだいな圧力を使って物体を切断する。参考になったかにゃーん?」


 きんちようかんも緊迫感も……をすれば敵意や悪意さえもはくな少女の言葉。

 それでいて、槍には圧倒的に凶悪なかいりよくが宿っている。


「しかしまあ、私の事なんて気にしている場合か? こうしている今も、シルバークロースのエッジ・ビーは三〇機以上飛び回っているぞ。それとも、あのガキとは再会さえできればにくかいでも構わないタイプか?」

「っ!? フレメア、北の非常階段から逃げろ!!」

「……ふうん」


 と、『窒素爆槍ボンバーランス』の少女は適当な調子で首を動かし、柱の陰に隠れていた金髪の小柄な人影を見つけ、


「案内ご苦労。部屋の外まで出ていたから、てっきりはなばなれになっているものと思ったが」

(……はんぞうをわざと泳がせてここを探ったのと同じ……ッ!!)

「とにかく行け!! フレメア!」


 相手が一二歳前後の少女である、などという条件ははまづらの頭から吹き飛んでいた。

 彼は真上に跳ぶ。

 ダンクシュートのように両手でつかんだのは、防火用のシャッターの縁だ。そのまま全体重をかけて、強引に真下へ下ろす。

 ギロチンのように、少女の頭へと。

 少女は軽く振り返った。

 ボンッ!!!!!! と、金属製のシャッターが火薬を詰めたスポンジのようにはじけ飛んだ。


窒素爆槍ボンバーランス』。

 真上に掲げたてのひらは、ただそれだけで分厚い鈍器を粉砕する。槍そのものはちよくげきしなかったものの、飛散した金属片が浜面の体をたたき、真後ろへと転がした。


「がはっ!!」

だ、まともな武器もなしに立ち向かえる相手じゃねえ!!)

「浜面!!」

「行けよフレメア!! 早く!!」


 駆け寄ろうとするフレメアは、はまづらの怒声に押されて肩を縮ませた。彼女は通路の真ん中でわずかにしゆんじゆんしたが、やがて背中を向け、非常階段の方へと走っていく。

 それを見て、『窒素爆槍ボンバーランス』の少女は簡潔に告げた。


「シルバークロース」

「っ!!」


 浜面はとっさに少女へ飛びかかろうとしたが、それより先に、彼女はそつない調子で腕を数回振るった。

 それだけで通路の床がブロック状に大きくかれて階下に落ちた。その裂け目が、がけのように浜面の行く手をはばむ。

 必要性のある行為とは思えない。

 あれだけのかいりよくがあれば、浜面を直接ねらって確実に殺害し、フレメアそうさくに専念する事だってできるはずだ。

 彼女は明らかに遊んでいる。


「ひとまず追ってみるか。それで見つからなければ、その時は悲鳴作戦だ。……サクッと殺すより、くところを眺めた方が楽しそうだしな」


 くそっ!! と浜面は毒づき、少女に背を向ける。

 フレメアと合流するためには回り道をしなければならないし、何より、エッジ・ビーや『窒素爆槍ボンバーランス』の少女と立ち向かうためには、もっと強力な武器が必要だ。

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影