バウンドした機体は別方向から浜面を襲おうとしていた他のエッジ・ビーと激突する。プロペラは停止したが、チェーンソーはまだ動いていた。二機のエッジ・ビーは互いの刃の動きに弾かれ、まるでビリヤードの球のように部屋の隅と隅へと吹き飛ばされていった。
浜面は、その間を潜り抜け、フレメアの待つ出口へ向かって走る。
残る一機も浜面の背中を狙おうとしたが、そこで彼は床に倒れたままの扉の隙間に爪先をねじ込み、強引に跳ね上げた。側面を両手で摑むと、振り向きざまに思い切り叩きつける。
上から下へ。
単純な腕力で叩き落とそうとしたのではない。
前述の通り、エッジ・ビーは二重反転プロペラによって揚力と推力を得ている。つまり、上から下へ人工的に吹き下ろす風の流れを阻害してしまえば、機体は飛んでいられなくなるのだ。
例えば、プロペラの上から、大きな板を被せて蓋をしたりすれば。
バガン!! という轟音と共に最後の一機を床にねじ伏せた浜面は、エッジ・ビーの上に乗せた扉の上へ、思い切り飛び乗った。そのまま垂直に二回、三回とジャンプし、全体重をかけて精密機械の塊を粉砕していく。
無論、軍用兵器も頑丈には作られているだろうが、ひとまず繊細なプロペラをわずかでも歪めて十分な揚力を得られなくさせてしまえばこちらの勝ちだ。
「よし、これで……」
「早く!! 浜面、早く逃げよう!!」
部屋から飛び出し、浜面はフレメアと合流する。
その時だった。
ギャリギャリギャリギャリ!! というチェーンソーの轟音が浜面の耳を打った。
出口からもう一度中を覗き込むと、最初に浜面にパラソルでプロペラを破壊され、部屋の隅へ転がされたエッジ・ビーが、起き上がっていた。円盤の側面部分を床に押し当てて、ピタリとバランスを保っていたのである。
そして。
チェーンソーをタイヤ代わりにしたエッジ・ビーは、そのまま転がるような格好で浜面を狙い、猛烈な速度で直進してくる。
(くそっ!! なんつー姿勢制御機能持ってんだ!?)
本能的な恐怖から、思わず後ろへ下がった浜面だが、そこは通路の壁だ。背中に受けた衝撃と、靴底が床を滑った事が重なって、彼はそのまま尻餠をついてしまう。
さらなる脅威が襲いかかってきたのはその時だった。
ゾン!! と。
浜面が背中を預けていた壁が、斜めに大きく切断されたのだ。
出現したのは、三メートルほどの、圧縮空気のようなもので作られた槍。それは壁を引き裂くと、突進してきたエッジ・ビーを手近な床ごと粉砕してしまう。
だが浜面は素直に喜んだりはしない。
今の一撃。たまたま尻餅をついていたから良かったものの、立っていれば間違いなく胸部を裂かれていたはずだ。
「浜面、ダメ!! 壁が倒れる!!」
「おおおああああっ!?」
慌てて横へ転がるのと、裂かれた建材が通路へ倒れ込んでくるのはほぼ同時だった。
粉塵の向こうから、現れる人影が一つ。
その両手にある透明な槍の余波が、建材の粉塵をまとめて吹き散らす。
「チッ。シルバークロース、ちゃんと私に合わせろよ。経費の無駄だ」
そこにいたのは一二歳程度の少女だったが、浜面は一目見ただけで、その内面にあるヘドロのようなものを受け取った。明らかに殺しと騒乱に手慣れた雰囲気。隠しようのない『闇』の匂い。浜面や半蔵とはまた違った種類の、『優れた闇』というヤツだろう。
浜面は荒い息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。
彼女の両手から噴き出し、今も軽く手を揺らすだけで壁や床を傷つけている透明な槍に、見覚えがあった。
「その能力……」
「おや。『窒素爆槍』……まぁ、窒素でできた槍なんだけど、ひょっとしたらお知り合いの能力と似ているかな?」
ヒュン、と。
周囲の壁をさらに裂くように軽く槍を振るい、少女は薄く笑う。
「基本的にゃあ、シルバークロースのエネミーブラスターが使っていた滑腔砲の砲弾の一つ……APFSDSと同じだよ。莫大な圧力を使って物体を切断する。参考になったかにゃーん?」
緊張感も緊迫感も……下手をすれば敵意や悪意さえも希薄な少女の言葉。
それでいて、槍には圧倒的に凶悪な破壊力が宿っている。
「しかしまあ、私の事なんて気にしている場合か? こうしている今も、シルバークロースのエッジ・ビーは三〇機以上飛び回っているぞ。それとも、あのガキとは再会さえできれば肉塊でも構わないタイプか?」
「っ!? フレメア、北の非常階段から逃げろ!!」
「……ふうん」
と、『窒素爆槍』の少女は適当な調子で首を動かし、柱の陰に隠れていた金髪の小柄な人影を見つけ、
「案内ご苦労。部屋の外まで出ていたから、てっきり離れ離れになっているものと思ったが」
(……半蔵をわざと泳がせてここを探ったのと同じ……ッ!!)
「とにかく行け!! フレメア!」
相手が一二歳前後の少女である、などという条件は浜面の頭から吹き飛んでいた。
彼は真上に跳ぶ。
ダンクシュートのように両手で摑んだのは、防火用のシャッターの縁だ。そのまま全体重をかけて、強引に真下へ下ろす。
ギロチンのように、少女の頭へと。
少女は軽く振り返った。
ボンッ!!!!!! と、金属製のシャッターが火薬を詰めたスポンジのように弾け飛んだ。
『窒素爆槍』。
真上に掲げた掌は、ただそれだけで分厚い鈍器を粉砕する。槍そのものは直撃しなかったものの、飛散した金属片が浜面の体を叩き、真後ろへと転がした。
「がはっ!!」
(駄目だ、まともな武器もなしに立ち向かえる相手じゃねえ!!)
「浜面!!」
「行けよフレメア!! 早く!!」
駆け寄ろうとするフレメアは、浜面の怒声に押されて肩を縮ませた。彼女は通路の真ん中でわずかに逡巡したが、やがて背中を向け、非常階段の方へと走っていく。
それを見て、『窒素爆槍』の少女は簡潔に告げた。
「シルバークロース」
「っ!!」
浜面はとっさに少女へ飛びかかろうとしたが、それより先に、彼女は素気ない調子で腕を数回振るった。
それだけで通路の床がブロック状に大きく裂かれて階下に落ちた。その裂け目が、崖のように浜面の行く手を阻む。
必要性のある行為とは思えない。
あれだけの破壊力があれば、浜面を直接狙って確実に殺害し、フレメア捜索に専念する事だってできるはずだ。
彼女は明らかに遊んでいる。
「ひとまず追ってみるか。それで見つからなければ、その時は悲鳴作戦だ。……サクッと殺すより、足搔くところを眺めた方が楽しそうだしな」
くそっ!! と浜面は毒づき、少女に背を向ける。
フレメアと合流するためには回り道をしなければならないし、何より、エッジ・ビーや『窒素爆槍』の少女と立ち向かうためには、もっと強力な武器が必要だ。