第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑤

    6


 どんな学区のどんな街でも、やはり空白は存在する。

 駆動鎧パワードスーツは、複数のビルが乱立する第三学区の中で、四角く切り抜かれた場所にいた。ビルが解体されたまま放置されている一角だ。ろうきゆうした建物の維持には金がかかるが、地価の変動でもうけは出せるため、土地だけを手元に置いておきたい。所有者の考えはそんなところだろう。

 今回、シルバークロースがまとっている駆動鎧パワードスーツは頭部が巨大なセンサードームになっているものの、腕が二本に脚が二本という、彼のセンスからすれば相当おだやかな外観をしていた。

 ただし背中からは一二本もの鉄柱が伸びていた。そしてその鉄柱に貫かれる形で、一〇機以上のエッジ・ビーが収まっていた。鉄柱一本につき一〇機なので、総計は一〇〇機を超える計算になるはずだ。その内の半分ほどが、今は駆動鎧パワードスーツの元をはなれていた。

 鉄柱はエッジ・ビーの巣であると同時に、それ自体も高精度のアンテナとして機能していた。

 駆動鎧パワードスーツは情報収集に特化した偵察機なのだ。

 こうしている今も複数のエッジ・ビーから映像情報を得ているほか、清掃ロボットや警備ロボットが発する電波を傍受したり、機体装甲内部から伸ばしたケーブルを地下の通信もうと接続して直接情報を入手したりしている。

 その目的は明快だ。


「さて、と。これで逃げ道はつぶせたな」


 もちろん個室サロンの内部でフレメア=セイヴェルンを確保する予定だが、その建物の周囲へエッジ・ビーを配置したり、周辺の防犯カメラから情報を取得できる状態にしておけば、万に一つも『逃げ切られる』可能性はなくなる。

 ビルの大きさ、利用客の多さから、相当のパニックが起こると想定されているが、そんな中でも標的の顔を見逃す事はまずありえない。


くろよるがさっさと捕らえるのが先か。手柄がこっちに回ってくるか。いずれにしても、フレメア=セイヴェルンはここでおしまいか)


 施設の中にはまづらあげがいる事を考えると、『アイテム』の介入の可能性が浮上するが、そうなれば、彼の圧倒的で分かりやすい『力』の出番となる。


(情報収集機のビーランチャーから、別のせんとう用に着替えるか)


 駆動鎧パワードスーツの持ち主は、そこにこだわらない。

 兵器とは一つのものに固執するのではなく、状況に合わせて最適なものを選ぶ事で、最大の効果を発揮するものだというのが、彼の持論だ。ゆえに、彼は『最強の兵器は何か』という議論に意味をいださないし、兵器の性能をもうしんする事もない。


(いや、その間に標的に移動されたら居場所を再び見失う。それは本末転倒だ。となると……)


 そこまで考えた駆動鎧パワードスーツが、わずかにふるえた。

 ピクリ、と。

 情報収集専門だからこそ、街に配置した大量のエッジ・ビーから得られたきよう駆動鎧パワードスーツは自らの思考がに高速化していく事を自覚する。つまり、あせっていてもそれを止められないのだ。


(まずいぞ)


 それは、彼が最も得意とする、真正面からの『力』押しが全く効かない者。

 本来であれば、黒夜うみどりかんかつ


(『アイテム』どころのさわぎじゃない。こいつはそもそも私と相性が悪すぎる!!)



    7


 浜面仕上は南側の非常階段を駆け下りていた。

 フレメアとははなばなれになったままだ。

 彼女を助けるためにも、武器がいる。そしてこの個室サロンは、本来であれば浜面とは生活環境が全く違う、上流階級のご子息ごれいじようが利用するための施設だ。従って、普通とはちょっと変わったサービスが展開されていたりもする。

 例えば、屋内しやげき演習場とか。

 もちろん、いくら何でも実弾を扱えるけんじゆうりようじゆうまでそろっている訳ではない。だが学園都市の条例に抵触しない範囲での狩猟用品……クロスボウ、ロングボウ、吹き矢ブロウパイプ、ゴム式ボルトアクションライフルなど、様々な飛び道具が保管されているはずだ。

 案内板を見て、はまづらは非常階段から目的のフロアの通路へと飛び出す。普通のフロアと違って、ここにはホテルやカラオケボックスのように、とうかんかくでドアが並んでいたりはしない。広大なフロアは十字路状の通路でかれ、区分けされた四つの大きな部屋が、ボーリング場や屋内射撃演習場などに割り当てられているのだ。

 だが、素直に射撃演習場に辿たどり着く事はできなかった。その直前で、通路にエッジ・ビーが現れたのだ。

 早く演習場に入れば良いと思うだろう。

 有効な武器を手に入れて反撃すれば良いと思うだろう。

 しかし、そこで浜面の精神が許容量を超えた。

 ぶるり、と全身に一度大きなふるえが走り、そこから小さな震えが止まらなくなる。


「あああっ……。がァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 自分より明らかに非力なフレメアを守らなくてはならない、という建前が消失した事も手伝ったのだろう。

 等身大の死の恐怖。こつなチェーンソーに肉や骨をむしられ、裂かれるリアルなイメージ。それらが浜面の手足から力を奪い、判断能力に重大な混乱をきたす。

 どんな経験を積もうが、どんな機転をかせようが、第三次世界大戦の最前線を経験しようが……当然の事ながら、彼の本質は日本の学園都市の高校生である。

 何年も殺しの訓練を続けたプロの兵士ではない。

 土台となるべきものがない以上、本物の危機に直面して恐怖を覚えない方がおかしいのだ。


(何でだ……)


 二本の足で立つのが精一杯の状態で、浜面は素直に思う。


(何でだよ。何で俺ばっかりこんな目にわなくちゃならねえんだ!! 戦争ってもう終わったんだろ。こんな道具は必要ないだろ!! どういう神経してたらあんなものを生身の人間に向けられるんだ!!)


 だがエッジ・ビーは待たない。

 一直線に、標的の胴体を両断するために、浜面の元へと突っ込んでくる。

 とっさに、浜面は手近にあった消火器をつかみ取った。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 よこなぐりに振り回す。

 チェーンソーの刃にちよくげきし、消火器が爆発した。本来とは違う部分から、噴射用のガスが一気にれたため、白い粉末と共に金属製のざんがいがロケットのように飛び、てんじようへと突き刺さる。

 だがエッジ・ビーの方も大きくはじかれた。

 チェーンソーが『る』モードのまま射出された消火器に引っ掛かって、自らの力で本体を飛び跳ねさせてしまったのか。姿勢制御機能に画像処理方式が使われていて、消火器の粉末が天地の判断を鈍らせたのか。

 空中で姿勢を制御しようとしたエッジ・ビーだったが、その本体が壁へと激突した。より正確には、装飾用に斜めへ突き出した旗のポールが、シャンプーハットのような二重反転プロペラを貫いた。移動用の羽を折られ、さらに内部の基盤などが割れる音が鳴り、帽子のように壁へ掛かったエッジ・ビーを見て、はまづらはごくりとのどを鳴らす。


(やった……?)


 その時だった。

 ピッ、という電子音と共に、エッジ・ビーのカメラの近くにあった発光ダイオードが色を変えた。


「ちくしょう!!」


 顔を青くした浜面はしやげき演習場の扉を開き、その奥へと飛び込む。

 直後に爆発があった。

 バムッ!!!!!! とまくを圧迫するようなごうおんさくれつした。そしてき散らされたのは爆風だけではなかった。浜面の腕に鋭い痛みが走る。服をいて腕に引っ掛かっているものの正体は、ルアーなどに使われる、Jの字の針を三本束ねた釣り針だった。

 エッジ・ビーの内部には、爆薬と数百の釣り針が入っていたのだ。爆風の威力を増すために、釘や鉄球などを仕込むのはめずらしくない。だが釣り針というのはあくしゆだった。

 ならば、釣り針には容易に抜けないよう、『返し』がついているからだ。三本束ねている関係で、反対側から抜く事もできない。


「~~~ッッッ!!」


 浜面はハンカチをくわえ、舌をまないようにはいりよしてから、親指と人差し指でつまんだ釣り針を強引に抜く。たんに神経が直接破裂するような痛みが腕全体を走り回り、顔を脂汗がおおった。


(普通じゃねえ……)


 ハンカチで腕の傷を適当にしばりながら、浜面はよろよろと演習場のカウンターへ向かう。奥にはたくさんの飛び道具が立てかけられていた。本来なら従業員が管理しているはずだが、さわぎのせいでカウンターにはだれもいない。

刊行シリーズ

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