第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑥

(あいつらの悪趣味、これまで見てきた『やみ』とも違う。あいつらは、自分が有利になる事を考慮して、戦力を保有しているんじゃない。苦しむ俺達を考慮して配備していやがる……)


 カウンターを乗り越え、並べられた武器へ目をやる。

 可能ならありったけの飛び道具で身を固めたいところだが、そこにあるのはどれもこれも一メートルを超える大型の飛び道具ばかりだった。『条例に抵触しないでかいりよくを出す』にはそれなりのサイズが必要だったのか、あるいは客の需要で大きな道具に人気が集まったのか。ともあれ、これでは持ち運べるのは一つが限界だろう。

 できるだけ破壊力の高いもの。なおかつ素人しろうとはまづらでも扱えそうなもの。

 しばらく悩んだ浜面が手に取ったのは、


(……電動補助式ブロウパイプ)


 ブロウパイプとは吹き矢の事である。浜面が持っているのはスポーツ用に改良されたもので、全長は一一〇センチほど。ナイフや航空機などにも使われる合成樹脂で作られている。

 通常であれば、ブロウパイプに殺傷力はない。せんたんが針のようにとがった『矢』を使用するものの、しよせん、推進力は人の肺活量だけだ。特定の部族では大型のけものを捕らえるためにも使うが、その場合は矢に毒を塗るのが定番で、飛び道具の破壊力そのものにたよる訳ではない。

 だが、これは電動補助式だ。

 パイプ内に息が吹き込まれるとセンサーが反応し、コンプレッサーで作られた圧縮空気を同時に送り込む。実際には機械任せでも成立するはずなのに、えて人間の息を使うのは、ほとんど学園都市の条例対策だけなのだろう。何倍も何十倍も増幅された空気の力で押された『矢』は、数センチのベニヤ板を貫通させるほどの破壊力を生み出す。

 先端付近にレーザーポインターが取り付けてあるため、ねらいを定めるのも相当簡単であるはずだ。

 ダーツにも似た、よくで安定させるタイプの矢を、浜面は箱ごとつかむ。

 武器がふるえを止めるのではない。

 武器を持つ覚悟が、もう一度浜面に力を与える。


(……これがあれば確実にエッジ・ビーを落とせるって訳じゃない。あの『窒素爆槍ボンバーランス』の能力者になんて、かすり傷を負わせられるかも分からない。それでも、あるとないとでは大違いだ。最低でも、こいつを使ってフレメアだけは確実に逃がす!!)


 その時だった。

 ガタッという物音が聞こえた。

 浜面はとっさにかがんでカウンターへ身を隠しつつ、ブロウパイプの吹き口から四〇センチほどの所を開けて矢を投入する。しかしその手が止まった。音源の正体はエッジ・ビーでも、たいのしれない能力者でもなかった。

 中年の男だった。

 よれよれのスーツに、ネクタイの結び目もずれている。きんちようと恐怖のせいだろう、浮かび上がった大量の汗は、男の顔どころかワイシャツまでびっしょりとらしていた。

 はまづらはカウンターから立ち上がりつつ、


「……従業員って訳じゃなさそうだな。客か?」


 学園都市は住人の八割が学生という特殊な街だが、逆に言えば二割は大人である。『秘密基地』を借りたがるかどうかは不明だが、個室サロンを利用できない事もない。

 浜面はカウンターの奥に並べられていたロングボウを適当につかみ、中年男の方へ放り投げ、


「死にたくなかったら逃げた方が良い。連中は壁もドアもぶっこわして、あらゆる部屋をしらみつぶしに調べてる。『目的』はアンタじゃないだろうけど、いつまでもこんな所にいたらとばっちりをらうぞ。しかも殺人チェーンソーは爆薬も積んでいるみたいだし。逃げられるなら逃げた方が良い」

「……、」


 中年男は、のろのろとした動きでロングボウへ手を伸ばした。それは戦う決意を固めたというより、とりあえず目の前に飛んできた物を摑んでみた、という仕草でしかない。率直に言って、主体性は感じられなかった。

 ロングボウから浜面へと、ゆっくり視線を向けた中年男は、


「……き、君は、どうするんだ?」

「当然、逃げるよ。ここはまともじゃない。殺人チェーンソーはビュンビュン空を飛び回ってるし、もっとヤバそうな能力者のガキが鉄骨だって切断しそうなやりを振り回して遊んでやがる。いつまでもこんな所にいたら絶対にやられる。だから逃げるよ、みっともなくても」


 ブロウパイプの矢を箱から取り出し、浜面はズボンのベルトへ挟んでいく。

 あせりに手がふるえるが、気を休めているひまはない。


「でもその前にフレメアって女の子を助けないといけない。俺なんかがあんな怪物と戦って勝てるとは思わないけど、最低限、あの子が安全に逃げられるように手伝いをしないと」

だ」


 中年男は、子供のように首を横に振った。


「こんなさわぎになれば、いくら何でも警備員アンチスキルが駆けつけてくる。あいつらが虱潰しにビルの中をあさっているって言ったって、何百の部屋があると思っているんだ! ここでじっとしていれば、あいつらは時間を浪費する。その間に助けが来てくれる!! だから助かるために最も大切なのは、に動き回る事じゃなくて隠れひそんでいる事のはずだ!!」

「そうかもしれない」


 警備員アンチスキルに解決するだけの力があれば。

 敵が何十もの『空飛ぶカメラ』を効率的に扱っていなければ。

 成果が出なかった時に、八つ当たりの爆破などは行わず、素直に帰ってくれれば。


「でも違うかもしれない。それに、さっきも言った通り、俺はフレメアって女の子をこの個室サロンから逃がさないといけない。あの子は一〇歳ぐらいの女の子だ。明らかに、俺達より簡単に死ぬ。後押ししたって生き残れる保証がないんだ。このまま放っておけない。放っておいたら、その分だけフレメアに死が殺到する。だから少しでも俺が引きつける」

「……だ……」


 もう一度、同じ事を中年男はつぶやいた。

 はまづらいしなかった。


りぃ。付き合えって言ってる訳じゃないんだ。アンタの命だ。アンタが選択するべきだと思う。ただ、隠れる選択をするなら、ここはやめた方が良い。俺が来ちまったから。ここに来る直前、エッジ・ビーを一機ぶっこわしてる。替えのヤツがここを見回るかもしれない。だから最低でも、他の部屋に移った方が良い」

「違う。違うんだ」


 中年男は何度も首を横に振った。

 彼を単なる恐怖以外のふるえがおそっている事に、浜面は気づいた。


「何でこの局面になって、まだ周りの事なんて考えられるんだ……?」


 うわ言のような呟きが、次第に大きくなっていく。


「私は家出した娘を捜しにここまで来た。どういう経緯か、警備員アンチスキル風紀委員ジヤツジメントたよらずに危険な事件を解決しようとしている事、家の私達を巻き込まないように『秘密基地』になっている個室サロンを利用しているって事は、必死になって調べたんだ。何でもする覚悟だった。娘が取り返しのつかないトラブルに巻き込まれる前に、何があっても必ず連れ戻すって決めて、ここまで頑張ってきた」


 血をくような言葉だった。


「でも、『本物』は違った。直面したら、それだけで全部砕けた。私は私の事しか考えられない。こんなものがあったって、弓矢を手渡されたって、それを娘のために使おうって思えない! どんな材料があっても、それを自分が助かるためにはどうすれば良いかって事しか考えられない!! ……どうしたら、そんな風になれるんだ。ただのれいごとじゃない。『本物』のあれを見て、どうやったら周りの事を考えられるようになるんだッッッ!!」


 生命に基づく、どうしようもない恐怖。

 その恐怖をかいするためにじ曲げられた思考。

 屈した男は、地の底の味を心の舌でめ取って、静かに震えていた。


「……何言ってんだよ」


 しかし。

 浜面あげの顔には、べつの表情は浮かんでいなかった。


「アンタは自分の力で奥さん捕まえて、一丁前に家庭を作って、そいつを守るために死にもの狂いで働いてきたんだろ。娘さんが個室サロンなんて施設を日常的に利用できるぐらいの金を持っていたのだって、アンタが家族のために働き続けた結果だろ。ただレールに乗っかって、周りもやってるからって理由だけで築いてきたんじゃない。娘さんが消えて、家庭ってヤツがこわれそうになった時、アンタはアンタのルールを外れてでも、家族を助けに行ったんだろ」

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