第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑥
(あいつらの悪趣味、これまで見てきた『
カウンターを乗り越え、並べられた武器へ目をやる。
可能ならありったけの飛び道具で身を固めたいところだが、そこにあるのはどれもこれも一メートルを超える大型の飛び道具ばかりだった。『条例に抵触しないで
できるだけ破壊力の高いもの。なおかつ
しばらく悩んだ浜面が手に取ったのは、
(……電動補助式ブロウパイプ)
ブロウパイプとは吹き矢の事である。浜面が持っているのはスポーツ用に改良されたもので、全長は一一〇センチほど。ナイフや航空機などにも使われる合成樹脂で作られている。
通常であれば、ブロウパイプに殺傷力はない。
だが、これは電動補助式だ。
パイプ内に息が吹き込まれるとセンサーが反応し、コンプレッサーで作られた圧縮空気を同時に送り込む。実際には機械任せでも成立するはずなのに、
先端付近にレーザーポインターが取り付けてあるため、
ダーツにも似た、
武器が
武器を持つ覚悟が、もう一度浜面に力を与える。
(……これがあれば確実にエッジ・ビーを落とせるって訳じゃない。あの『
その時だった。
ガタッという物音が聞こえた。
浜面はとっさに
中年の男だった。
よれよれのスーツに、ネクタイの結び目もずれている。
「……従業員って訳じゃなさそうだな。客か?」
学園都市は住人の八割が学生という特殊な街だが、逆に言えば二割は大人である。『秘密基地』を借りたがるかどうかは不明だが、個室サロンを利用できない事もない。
浜面はカウンターの奥に並べられていたロングボウを適当に
「死にたくなかったら逃げた方が良い。連中は壁もドアもぶっ
「……、」
中年男は、のろのろとした動きでロングボウへ手を伸ばした。それは戦う決意を固めたというより、とりあえず目の前に飛んできた物を摑んでみた、という仕草でしかない。率直に言って、主体性は感じられなかった。
ロングボウから浜面へと、ゆっくり視線を向けた中年男は、
「……き、君は、どうするんだ?」
「当然、逃げるよ。ここはまともじゃない。殺人チェーンソーはビュンビュン空を飛び回ってるし、もっとヤバそうな能力者のガキが鉄骨だって切断しそうな
ブロウパイプの矢を箱から取り出し、浜面はズボンのベルトへ挟んでいく。
「でもその前にフレメアって女の子を助けないといけない。俺なんかがあんな怪物と戦って勝てるとは思わないけど、最低限、あの子が安全に逃げられるように手伝いをしないと」
「
中年男は、子供のように首を横に振った。
「こんな
「そうかもしれない」
敵が何十もの『空飛ぶカメラ』を効率的に扱っていなければ。
成果が出なかった時に、八つ当たりの爆破などは行わず、素直に帰ってくれれば。
「でも違うかもしれない。それに、さっきも言った通り、俺はフレメアって女の子をこの個室サロンから逃がさないといけない。あの子は一〇歳ぐらいの女の子だ。明らかに、俺達より簡単に死ぬ。後押ししたって生き残れる保証がないんだ。このまま放っておけない。放っておいたら、その分だけフレメアに死が殺到する。だから少しでも俺が引きつける」
「……
もう一度、同じ事を中年男は
「
「違う。違うんだ」
中年男は何度も首を横に振った。
彼を単なる恐怖以外の
「何でこの局面になって、まだ周りの事なんて考えられるんだ……?」
うわ言のような呟きが、次第に大きくなっていく。
「私は家出した娘を捜しにここまで来た。どういう経緯か、
血を
「でも、『本物』は違った。直面したら、それだけで全部砕けた。私は私の事しか考えられない。こんなものがあったって、弓矢を手渡されたって、それを娘のために使おうって思えない! どんな材料があっても、それを自分が助かるためにはどうすれば良いかって事しか考えられない!! ……どうしたら、そんな風になれるんだ。ただの
生命に基づく、どうしようもない恐怖。
その恐怖を
屈した男は、地の底の味を心の舌で
「……何言ってんだよ」
しかし。
浜面
「アンタは自分の力で奥さん捕まえて、一丁前に家庭を作って、そいつを守るために死にもの狂いで働いてきたんだろ。娘さんが個室サロンなんて施設を日常的に利用できるぐらいの金を持っていたのだって、アンタが家族のために働き続けた結果だろ。ただレールに乗っかって、周りもやってるからって理由だけで築いてきたんじゃない。娘さんが消えて、家庭ってヤツが