第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑦

 なぐさめの言葉ではない。

 傷をつけないために角を丸めたうわつらの言葉ではない。


「みんな、俺の持っていないものばっかりだ。あがいてもあがいても手に入らなくて、それでも絶対につかみ取りたい、最後のゴール地点だ」


 どうけい

 それは純粋であり、だからこそはまづらの心の内をストレートに表す。


「胸を張ってくれよ、ヒーロー。アンタは俺のあこがれなんだから」


 中年の男は、うつむいて、しばし無言のままだった。

 めていた。

 やがて、彼の体からふるえが止まった。一度は屈した男は、顔を上げてこう言ったのだ。


「……私も行く。だまっていたって状況は好転しない」

「良いのか、だって」

「君がフレメアって子を逃がさなければならないように、私も娘を助け出さないといけない」

「この混乱だ。娘さんがどこにいるか分かっているのか」

「私に似たところのある子だ。多分、に動こうとはしていない。部屋の番号は分かっている。とにかくそこまで行ってみるつもりだ」


 そっか、と浜面はつぶやいた。

 彼は電動補助式ブロウパイプをつかみ直し、


「なら、俺ができる限りエッジ・ビーを引きつける。目的地が分かっているなら簡単だ。アンタはとにかく走れ」

「引きつけるって……自分が何を言っているのか分かっているのか!? たとえ武器があったって不死身になれる訳じゃない。あんなものが大勢、一気に飛んできたら……ッ!!」

「俺のせいなんだ」


 さえぎるように、浜面は言った。


「この混乱も、エッジ・ビーが押し寄せてきたのも、変な能力者が壁をぶち破って暴れているのも、全部俺が招き寄せちまった。俺は全部解決できるほど強くない。できる限りしかできない。でもやらせてくれ。できる限りしかできなくても、俺にやらせてくれ!!」


 引き止める声を聞かず、浜面は屋内しやげき演習場のドアから通路へ飛び出した。

 ちょうど、別の壁を破って『窒素爆槍ボンバーランス』の少女が顔を出したところだった。


「いい加減にフレメアと合流しろよ。そして私をあのガキの所まで案内してくれ」

「……ッ!!」

「それとも、逆をやってみるか。建物中に伝わるぐらい大きな悲鳴を上げさせてやれば、フレメアの方から近づいてきてくれるかな? それともビビって逃げてしまうかな?」


 言葉にまれる必要はない。

 何のために手に入れた武器だ。

 はまづらは両手で電動補助式ブロウパイプを構え、レーザーポインターの赤い光点を少女の体の中央に当てる。それから一気に空気の吹き込み口から勢い良く息を入れた。電動のコンプレッサーが、その威力を数十倍へふくらませる。

 だんっっっ!!!!!! という鈍い音がさくれつした。

 発射音ではない。弓矢と同じく、ブロウパイプは着弾音の方がはるかに大きい。だが能力者の肉をいた音ではない。能力にはじかれた音でもない。少女は軽く身をひねっていた。ダーツ状の矢は通路の奥の壁へと突き刺さっていたのだ。

 少女の顔から余裕は消えない。

 しかし収穫だ。

 弾くのではなくけた。つまり当たればダメージになると判断した。防げないと思ったからかいした。あの能力者は、あくまでもちつやりを作る。三六〇度、全方位へ無敵の壁を作っている訳ではない。

 つまり、


(当てれば勝てる!!)


 第二射をつため、浜面はブロウパイプの吹き込み口から四〇センチ辺りの所のパーツを開け、ズボンのベルトから抜いたダーツ状の矢を差し込んでいく。

 そこで『窒素爆槍ボンバーランス』の少女も動いた。

 ごう!! と両手の先から槍を生み出し、それで左右の壁をおもしろ半分に切り裂きながら……ものすごい速度で一気に浜面とのきよを詰める。


(くそっ、撃てるか!?)


 少女がこちらのふところへ飛び込んでくるより早く、浜面はそうてんを終えてブロウパイプのパーツを閉じた。

 だが両手で構えた時、すでに少女は必殺の領域にみ込んでいた。

 えて片手の槍を一度消し、ブロウパイプのせんたんてのひらかぶせる少女。


「逆から吹いてやろうか?」

「ッ!?」


 とっさにブロウパイプから両手をはなし、首を強く振って身をひねる。

 直後にちつの槍が生まれ、ブロウパイプの内部をぐに貫いた。ボバッ!! という爆風と共に、浜面のほおすれすれを槍が貫き、ブロウパイプを破裂させた。鋭くとがった樹脂製の破片が浜面の肌を浅く裂く。

 しようげきぎ払われた。

 床の上を転がるはまづらは、ダーツ状の矢をズボンのベルトから引き抜く。直接応戦するつもりだったが、それより早く、少女の足が飛んだ。


「がっ!?」


 手首とひじの間に小さな足が落ち、床へとい止める。

 そして必殺のやりを生み出すてのひらを、突きつけるように浜面の胸へ向けた。


「フレメア=セイヴェルン」


 そつなく、少女はつぶやく。


「予定通り、悲鳴であの女を呼び戻せるか、試してみるか」


 その時だった。


くろよる


 特に携帯電話などないはずなのに、少女のふところからノイズがかった声が飛んできた。


『問題が発生した。中断して外へ出ろ。施設内については、こちらが引き継ぐ』

「『アイテム』の増援か」

『違う。もっとまずい方だ。私の「力押し」の性質上、相性の問題であいつは止められない。元々、あいつの対処はお前のかんかつだったはずだ』

「なるほど」


 言うだけ言って、少女は浜面の腕から足をどけた。


「ちょうど良かった。私としても、テンポが良すぎて手間取っていたところだ」

「ぐっ……」


 浜面は壁に手をついて必死に起き上がり、少女の行く手をはばもうとする。

 だが少女は予想外の行動に出た。

 手近な壁を『槍』でくと、彼女はさらにその奥にあった、分厚い窓を体当たりで破ったのだ。

 かんだかい音と共に、その小さな体が高層階から投げ出される。

 だが落下しない。

 水平に広げた二本の手、その先から噴き出すちつの槍が、彼女の体を空中にとどめている。単純な威力ではなく、『槍で気流を操作して』渦のような流れを背に生み出しているのだ。


「『アイテム』の名前を出したな」


 浜面は痛む体を引きずって、空中で静止する少女へ必死に問いかける。


「答えろ。フレメアだけじゃない。お前は、あいつらにも何かするつもりなのか」

あわてるな。いやでも分かるさ」


 それだけ言うと、少女は噴射を中断させ、背を下にした状態で垂直に落下していった。だが当然、彼女の目的はついらくではなく着陸のはずだ。地上付近でもう一度噴射を行うつもりなのだろう。


「くそ……」


 はまづらはしばし考え、それから非常階段を目指す。


窒素爆槍ボンバーランス』の少女は一時的にてつ退たいしたようだが、まだ建物の中には大量のエッジ・ビーがはいかいしている。


    8


 くろよるうみどりは地上へと着地した。

 個室サロンでのさわぎによって、建物の中からあふれ出してくる者、逆にうまとして集まってくる者とが合わさって、建物の前は結構な人だかりができていた。

 彼女は『暗部』でありながら、それらの騒ぎに全くとんちやくしない。

 その表情にも余裕がある。待ち合わせの最中に携帯電話で適当にゲームをやっている学生だって、もう少しはな顔をしていそうなものだった。


「チッ。シルバークロース。問題の増援とやらはどこにいる」


 軽く周囲を見回すが、それらしい影は見当たらない。

 いるのは黒夜の動きをつかみ、ざんていで護衛の配置を進めようとしている、彼女の部下の男達ぐらいだ。

 黒夜は近くにあったオープンカフェの座席に腰掛けると、四人掛けの丸テーブルの空いた席にイルカのビニール人形を置き、店のお勧めらしき紅茶を適当に注文する。

 やってきたティーカップに口をつけ、


(……どこかのだれかは頭を抱えてんだろうけど。ま、ルートを接続するにはこれぐらい派手にやった方が良いか)

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影