学園都市の暗い所で行われていた、非人道的プロジェクトの一つ。学園都市最強の超能力者の思考パターンを分析した上で、その一部分を他者へ強引に組み込む事で、人格の安定性と引き換えに能力の強度を飛躍的に上げようという計画。
「一部を強引に植え付けただけの小者と、第一位そのものの俺。どっちが強いか、実演しねェと分からねェレベルの馬鹿なのか?」
「言ってろガキが」
「これは引き金だ」
一方通行は、椅子の肘掛けを人差し指で軽く叩く。
「ここから俺が立ち上がれば、オマエは死ぬ。それでも立ち上がらせてみるか?」
「確かに、正面からまともに殴り合えば勝算は低い。だからアンタは『後回し』にしていた訳だしね」
ただし、と黒夜は付け足して、
「……私が今やってる戦いの勝敗条件は、真正面からの殴り合いじゃない」
「───、」
「アンタの力はさ、壊す事には向いていても、守る事には向いていないンじゃないの? 私と同じよォに、さ!!」
叫び、黒夜はイルカのビニール人形を脇に抱えたまま、空いた手を横に振る。
いきなり始まった騒動を遠巻きに眺めていた野次馬達に向けて。
テーブルを引き裂くほどの力を放つ掌を、生身の人間へ放つために。
同時、一方通行は跳ね上がるように椅子から立ち上がった。
攻撃は、風に近かった。
黒夜と野次馬の間に割り込んだ一方通行は、槍や矢にも近いその攻撃を、即座に吹き散らす。
「引き金だ」
弾丸のように、言葉で胸を突く。
「オマエが引いた。末路も受け取れ」
ニィ、と黒夜海鳥は笑う。
彼女の周囲には、自らが吹き飛ばしたテーブルや路面などの破片がわずかに舞っていた。その中にある二つに裂けた写真を指差し、黒夜は提案する。
「出てきたぞ」
「何がだ」
「フレメア=セイヴェルン」
ピクリ、と学園都市最強の怪物の眉が微かに動く。
「ちょいと遊ぼォか、第一位」
「……、」
「このガキは近くにいる。写真みてェにスッパリ首を斬れるかどォか。勝負をしない?」
そして。
9
浜面仕上は個室ビルの建物の外へと飛び出した。
建物の中はメチャクチャで、油断していると窓や扉を突き破ってエッジ・ビーが複数同時に飛び込んでくるような地獄だったが、それでも突破する事に成功したのだ。
円盤の外枠に配置されたチェーンソーに怯みさえしなければ、対処の仕方は色々ある。例えばシャンプーハットのようなプロペラにスプレー缶を投げ込んだり、カメラのレンズに消火器を叩きつけたり、バッテリー部分へ火の点いた煙草を挟んだウィスキーの瓶をぶつけたり、といった方法などだ。
エッジ・ビーには物を摑んで遠心力で加速させ、壮絶な投擲を行う機能もあったが、チェーンソー部分では対処できない角度から投げ込んだり、下手に『摑む』と砕ける瓶のようなものを使ったりすれば、十分対処はできる。
自爆機能が機能停止のみと直結していたのも幸いだっただろう。状況に合わせて任意に起爆できる方式だったら、浜面はエッジ・ビーに近づく事すら許されなかった。
(フレメアはどこだ!? もう外に出ているのか。それともまだ中か!?)
騒ぎを聞きつけて集まって来た野次馬達をかき分け、辺りを見回して少女を捜す浜面だったが、同時に何か得体のしれない違和感を覚えていた。
何かがおかしい。
腑に落ちない。
エッジ・ビーの大群が押し寄せる建物から出られた事は、言うまでもなく幸運だった。それを望んでいないはずがない。浜面だって、それを願って必死に戦い続けていた。
だが。
(スムーズ過ぎる……)
素直にそう思う。
いかに様々な経験を積んできたとは言っても、浜面の本質はその辺の不良少年と変わらない。状況を打破するために必要な、特殊な能力なども使えない。あれだけの殺人兵器───そう、人を殺すためにあらかじめ設計され、人を殺すのが当たり前となっている機械の群れ──をやり過ごせるはずがないのだ。
一回二回なら、奇跡の範疇に収まったかもしれない。
だが、浜面が遭遇したエッジ・ビーの数は一〇を超えていた。建物の中全体には、もっと多くのエッジ・ビーが展開されていたはずだろう。
何故生き残れた?
単なる偶然か?
そこに何者かの意図は介入されていないのか。
「フレメア!! どこだ、いないのか!?」
だが深く考えている余裕はない。
エッジ・ビーの大群からは、あくまでも『逃げた』だけだ。全滅させた訳ではない。それに何より、あれはあくまで無人偵察機。浜面の予想が正しければ、あれを操っている『本命』の脅威は……あの能力者の少女や、以前にも見た駆動鎧などは、その比ではない。
その時だった。
辺りを見回す浜面の耳に、聞き慣れた少女の声が届いた。
「……大体、! こっち、浜面……来て……ッ!!」
「フレメア!!」
慌ててそちらへ振り返るが、やはり野次馬の数が多すぎる。その上、フレメアの身長はかなり低かった。完全に埋もれてしまっているのかもしれない。
見つけられない。
合流できない。
焦りだけが膨らみ、ただでさえ人を捜すのに不向きな混雑の中で、人物確認の精度が下がっていく。
そして。
戸惑っている間に、次の災厄が来た。
ゴバッ!! という轟音。
路上駐車の自動車を蹴散らすように現れた、駆動鎧の巨大な影。
あまりにも街並みから乖離した物体だった。その違和感に、浜面は根拠もなく地下街で暴れていた八本脚と同種の匂いを感じ取る。
二本の腕に二本の脚。
以前の滑腔砲を備えた八本脚に比べれば『大人しいデザイン』ではあるものの、何分、サイズが巨大過ぎる。とてもではないが、手足を機械それぞれの部位に通せるとは思えなかった。胴体部分にスペースを用意しているのだろう。背中には無数の細い柱があり、そこには見覚えのあるエッジ・ビーがいくつも突き刺さっていた。
野次馬達は、そのモデルを呆然と眺めていた。
知識として『学園都市では実用化されている』事は知っていても、実際に目の当たりにする機会はそうそうあるものではない。
一方、駆動鎧は躊躇しなかった。
目撃者などお構いなし。
間にいる野次馬達など気に留めず、巨体をそのままターゲットへ突っ込ませてくる。
つまり、フレメア=セイヴェルンを押し潰すために。
「───ッッッ!!!???」
男女複数の悲鳴が炸裂した。
慌てて転がるように避難する人々を無視して、駆動鎧が真っ直ぐ突き進む。
浜面は動けなかった。
フレメアがまだどこにいるか、その正確な位置が分からなかった、というのもある。だがそれ以上に、エッジ・ビーの時とは違い、圧倒的に冷たい負の感情が、浜面の皮膚を突き破って縛り付け、その身動きを封じていたのだ。
生身の殺気。
ただの機械には出せないもの。
完全に縫い止められた浜面の眼前で、駆動鎧は路上駐車してあった自動車を跳ね上げた。それは空中で三回転もすると、地面に向かって落下してくる。
その先を見た浜面はギョッとした。
いたのだ。
フレメア=セイヴェルン。おそらく他の野次馬が逃げ惑う中で押し倒されたのだろう。彼女は路上にうつ伏せで倒れていた。そして近くには、ベビーカーが放置されていた。親がパニックを起こして逃げ出したのか、あるいは野次馬の流れに分断されたのか。ポツンと残されたベビーカーの中には、性別の見分けも難しい年齢の子供が収まっている。
浜面の足が、ようやく恐怖から引き剝がされた。フレメアの方へ必死に走ろうとする。
だが遅い。
逃げろ、と彼は叫んだ。
フレメアは頭上に迫り来る自動車と、ベビーカーを交互に見た。