第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑩

 そのかつとうが、わずかに残っていた生存の可能性をゼロにした。

 自動車が、落ちる。

 ベビーカーの中に残された赤ん坊は状況を理解していないのだろう。車体を大きく回転させ、太陽光を乱反射させるサイドミラーに向けて、無邪気に小さな手を伸ばしていた。

 直後に、かいおんさくれつした。


 ゴッ!! と。

 運動量、熱量、電気量。あらゆる『向きベクトル』を制御する一方通行アクセラレータの飛びりによって、自動車を横合いへ吹き飛ばす音が。


 猛烈な速度で突っ込んだ一方通行アクセラレータの体は、その場でわずかに滞空した。一方、運動エネルギーをまともに浴びた自動車は勢い良くぎ払われ、野次馬のいない方向へと正確に突っ込んでいく。ビリヤードのように、運動量を交換したのだ。

 ふわり、と。

 重さを感じさせない仕草で、一方通行アクセラレータはフレメアの間近に着地する。

 鳴りひびいたごうおんにようやく危機感を覚えたのか、ベビーカーの赤ん坊が盛大に泣き出したが、彼はそちらを振り返らなかった。

 駆動鎧パワードスーツ

 くろよるうみどり

 直接的なきようを与えてくる存在の位置を確認しながら、一方通行アクセラレータはポツリとつぶやく。

 最後の最後で、逃げる事をためらったフレメアをしようさんするように。


(……こォいう役目は、本来俺じゃなくてあのクソのはずなンだろォけどな)


 自分自身と少女の両方に込めて、怪物は告げる。


「ヒーローにゃあ向いてねェな、クソガキ」



 そのしゆんかん

 はまづらあげは困惑した。

 この場面で、学園都市最強のが出てくる?

 浜面やフレメアといったと、能力開発のトップに君臨する達は、ほぼ正反対の位置に存在する。浜面としては鹿鹿しい限りだが、この街では、よほどの事がない限りを助けようとは思わない。彼らがそれだけの『価値』を感じる事がないからだ。

 もちろん助けがあるのはありがたい。

 浜面が抱えている問題は、が頭を突き合わせてアイデアを出せば突破できるレベルを超えてしまっている。

 彼は第三次世界大戦の最激戦区、ロシアやエリザリーナ独立国同盟などでも一方通行アクセラレータと出会っている。ロシア軍はおろか、学園都市が『戦争』のために本気で投入した最新兵器を、生身で圧倒するような人間の手を借りられれば、どれだけ心強い事か。

 だが。

 何か、気味の悪いものを覚えているのも事実だった。

 エッジ・ビーの大群から『運良く』逃げ切れたのと同じように。


(……使えるか?)


 過去に滝壺をテロリストから守ってくれた事はあったものの、『別の理由』から、正直、あの第一位には良い印象がない。

 しかし今はり好みをしているだけの余裕はない。


(……何でも良い。この局面を切り抜けられるなら。あいつはこまのリーダーをブチ殺したいやなヤツだけど、だからこそ、あいつにはフレメアのために戦う理由がある!!)



 その瞬間。

 駆動鎧パワードスーツは、通信を介してどうりようの歓喜の声を聞いていた。


『来た来たきたァァァああ!! シルバークロース!! 「接点」は生み出された。あと一押しだ。ここでラインを「確定」させちまえ!!』

「向こうもねらいに気づいている可能性があるが」

『気づいていたってどうにもならないさ。そのために生殺しにしてきたフレメア=セイヴェルンだ! ここまで来れば、もう流れは変えられない。本人達が否定しようとしてもな!! あいつを使えば「確定」できる。チェックメイトだ、シルバークロース!!』


 駆動鎧パワードスーツの内側で、舌打ちの音が響いた。

 彼は本来、TPOをわきまえて着こなす人間だ。


「クソッたれが。ビーランチャーこいつせんとう向きのモデルじゃないっての!!」


 毒づきながらも、駆動鎧パワードスーツは大きく前へ出る。

 間にあるガードレールや消火せんなどを、建設重機のようにらしながら。



 そのしゆんかん

 シルバークロースの巨大な駆動鎧パワードスーツとつげきしていくのを、少しはなれた所にいるくろよるは観察していた。

 オーダーメイドの駆動鎧パワードスーツとはいえ、それだけでは学園都市第一位を粉砕する事はできないだろう。


(……それで問題ない)


 ゴッシャアアア!! という金属のつぶれるごうおんさくれつした。

 重機のバケットより頑丈な鋼鉄の指で地面のフレメアをつかみ取ろうとした駆動鎧パワードスーツの腕が、一方通行アクセラレータの能力によって丸ごとへし折られた音だった。

 しようげきは根のように侵食し、こわれた腕をさらに引きり、外殻にれつを走らせ、駆動鎧パワードスーツを動かすために必要な機構へ次々と高い負荷を与えていく。

 通常であれば、それで終わっていただろう。

 だが違う。


(……この勝負、勝ち負けの定義は力技じゃない!!)


 シルバークロース=アルファは、分厚い駆動鎧パワードスーツを『着て』いるのだ。

 つまり、


 バクン!! と。

 とつじよとして、現在進行形でかいされている駆動鎧パワードスーツの前面が開いた。

 その中身を、シルバークロースを排出するために。


 中身もまた、生身の人間ではなかった。

 アルマジロのような曲線の装甲で構成された、極めて小さな駆動鎧パワードスーツだった。

 何らかの装置やセンサーを使って姿勢制御を行っているのだろう。アルマジロは巨大なモデルから飛び出した勢いのまま、空中で勢い良く回転する。

 天地逆さまの格好で、地面にへたり込むフレメアの真上を通過する。

 いや違う。

 彼女の後ろ首を、アルマジロは正確に片手で摑み取る。

 無線機に向かって、くろよるは力強く叫ぶ。


「シルバークロース!! そのままさらえ! それで決着がつく!!」


 単なるかいで止まると思っていた一方通行アクセラレータは、わずかに対応が遅れた。

 次の一手が来る。

 悲鳴と共に、周囲の人混みが左右に割れた。

 その間を突っ切って来たのは、後部に巨大なプロペラを備え、四本の脚を『すべらせる』事で時速八〇〇キロをたたき出す高速移動用モデルだ。脚のせんたんからは『滑走補助スリツプオイル』と呼ばれる液体を出してなめらかな移動を可能にするが、はつせいの高い『滑走補助スリツプオイル』は、追跡のヒントを一切残さない。

 動きは単調になるが、シルバークロースの所有モデルはプログラムでも動かせる。

 その前面の分厚いハッチが開く。

 フレメアを捕らえたシルバークロースはもう一度空中で半回転すると、四本脚の内部へれいに収まる。

 金庫のような分厚いハッチが閉じる。

 乗り換えが終わる。

 彼はTPOをわきまえて着こなす人間だ。

 つまり。

 状況をかんがみ、今は『一刻も早く逃走するのに最も適したモデル』を使っているはずだ。

 ブォン!! と後部のプロペラの勢いが増す。

 爆風が発せられた。

 一方通行アクセラレータが装甲をつかむより早く、駆動鎧パワードスーツは一気に加速を開始する。

 その手が空を切った。

 そう思った時には、すでに弾丸のように街中を突っ切っている。

 黒夜うみどりは気配を消して人混みの中にまぎれつつ、通信機に向かってこう話す。


「これで、私達の勝ちだ」


 取り残されたように、ベビーカーの赤ん坊の泣き声だけがさくれつしていた。

 人間の原始的な感情を刺激するその声は、しかし『やみ』にまではひびかない。

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