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時間がない。
その一部始終を見ていた浜面仕上は自衛のためにへし折れた鉄パイプ───おそらく駆動鎧が破壊していったものの一つだろう───を拾い、一方通行の方へと走った。
使える戦力は何でも使う。
滝壺、麦野、絹旗と違って、あの第一位には巻き込みたくないと思うほどの義理は存在しない。
フレメア=セイヴェルンがさらわれてしまった以上、一刻の猶予もない。
彼女を守りたかった駒場を殺したのが、一方通行だ。
ならば、あいつにはフレメアを守らなくてはならない『理由』がある。
人混みに紛れて街を歩く黒夜海鳥は、ほくそ笑む。
(フレメア=セイヴェルンそれ自体には何の価値もない。あれは単なる無能力者だ。本来であれば、この街の『闇』に関わる必要もなかっただろう)
「第一位!!」
浜面は叫んだが、一方通行は振り返りもしなかった。
麦野以上の怪物に対してどこまで意味があるのかも分からなかったが、浜面は折れた鉄パイプを構える。
「時間がない。協力しろ。バラバラにあの子を追うよりは効率が良くなるはずだ。少しでもあの子を助けたいって思う気持ちがあるなら協力しろ!! あの子が誰だか分かっていないようならここで教えてやる。聞けば、お前も参加するべきだって分かる。あの子は……」
「───、」
一方通行は軽く手を振った。
それが浜面の持つ鉄パイプに触れた途端、形勢は逆転していた。
ゴギン!! という鈍い音。
一瞬で彼の手から鉄パイプが飛ばされるどころか、その体が地面へと叩きつけられていた。一方通行は首筋にあるスイッチを切り替えながら、倒れた浜面へとのしかかってくる。
確実に、無力化させるために。
最低でも両腕の関節を外し、これ以上の戦闘を一切行わせないために。
敵の敵が味方なんてルールはない。
そもそも、その場限りで助ける事と、継続的に行動を続ける事は、心理的な原動力が全く違う。
黒夜はフードだけ頭に引っ掛けた状態の白いコートを左右に揺らしながら、計画の進捗を再確認する。
(……重要なのはその人脈だ。フレメアは駒場利徳関連で彼を殺した一方通行と接点を持ち、しかも同時にフレンダ=セイヴェルン関連で浜面や『アイテム』の麦野辺りとも繫がりを持つ)
(……甘く、見てた……)
浜面は押し倒されたまま、歯を食いしばる。
一方通行の手が、浜面の首へ伸びる。
このまま頸動脈でも締められたら一発で意識を奪われる。そしてフレメアがさらわれた今、そんな事で時間を浪費すればどれほど事態が悪化するかは想像もつかない。
何としても、逆転しなければならない。
(……何でも良い。とにかくこいつを俺の上からどかす材料は……ッ!!)
闇雲に手を振るうと、右手が硬い感触を摑んだ。地面に落ちている物にぶつかったのだ。それは拳銃だった。おそらく警備員が騒ぎの中で落としたのだろう。
だがこれだけでは足りない。
大型の駆動鎧を片手で破壊するような怪物だ。たかが九ミリを真正面から撃った程度でどうにかなるとは思えない。
黒夜は携帯端末を取り出し、『上』の紛糾しているやり取りを確認する。
(そう、浜面仕上と一方通行。この二つの点を結び、太いラインを構築させる事こそが重要だった)
その時だった。
一方通行の視線に異変を感じた。彼は浜面の方を見ていない。いかに小者とはいえ、制圧途中の相手から意識を外すなんてまともな事態ではない。
浜面は倒れたまま、目線で一方通行の見ているものを追う。
人混みの中に、誰かがいた。
小さな少女だった。
浜面は知らなかったが、それは打ち止めと呼ばれている少女だった。
(……使、えるか……?)
手の中の拳銃が、ズシリという重さを改めて伝えてくる。
第一位は確かに怪物だ。
だが、自分自身の身を守る能力と、他者を守る能力は全くの別物だ。
あの少女が第一位の知り合いなら、脅迫材料として使える可能性はある。
人混みや野次馬の中でも、浜面と少女までの射線は通っている。距離は一二メートルほど。じっくり狙って撃てば確実に当てられる。それを材料に、あの怪物と交渉もできる。
(……どうする?)
あれほどの怪物に、まともな手段で対抗なんてできる訳がない。
そして、フレメア=セイヴェルンを救出するためにも、今は一秒だって惜しい。
(……どうする)
ぴくり、と浜面の右手が動いた。
だが彼が具体的な行動に出るより早く、一方通行の反撃があった。
ゴン!! という鈍い音と共に、浜面の右手首と肘の間に鈍い衝撃が走る。
腕の骨に全体重を預けるような格好で、一方通行は右手を浜面の腕へ強く押しつける。
上層部の危機感がシナリオ通りの数値を叩き出している事に、黒夜は満足する。
(そりゃそうだ。第三次世界大戦の終結間際、浜面と一方通行はそれぞれ学園都市の『上』と交渉した。それによって、『上』はおよび腰になっている。あんなにも危険なのに。あんなにも目障りなのに、『交渉』によって手出しができなくなった)
「ぎ、ぁ……ッ!?」
五本の指から拳銃が離れたのを確認してから、一方通行はもう片方の手を電極のスイッチへ伸ばした。
「……こいつが切り替わった瞬間に、オマエは全身の血液が逆流して死ぬ」
冷酷な声で、一方通行は告げる。
「その前に一つだけ答えろ」
「何をだ」
「何故ためらった。あのガキに向かって引き金を引く余裕はあったはずだ。……実際に、弾が当たるかどォかはさておいてな」
もっとも、そうなっていれば、彼は容赦なく浜面を殺害していただろう。当たる当たらないではなく、引き金にかかった指がピクリとでも動いたその瞬間に。
浜面は、届かない拳銃などに目はやらない。
一方通行の目を、正面から見据える。
「……理由がなかった」
「何?」
「用があるのはアンタだけだ。あの子は関係ない。巻き込む理由がない」
「俺がこの状況にどォ関係している」
「駒場利徳」
浜面が名前を呼ぶと、一方通行の眉がわずかに動いた。
構わずに浜面は続ける。
「テメェがその手で殺した男が、最期の最期まで守りたかったのが、あのフレメアって女の子だ。……アンタは駒場のリーダーが何で学園都市の『闇』と戦ったのかを知っているはずだ。だからテメェには何の関係もない無能力者のために一度は戦った。でもそれだけじゃ足りない。テメェが本当に駒場のリーダーの遺志を汲み取ったっていうなら、テメェにはフレメアを助けなくちゃならない理由がある」
黒夜の携帯端末に、メールの着信があった。
おそらくシルバークロースの駆動鎧も同じ内容のメールを受け取っているはずだ。
(だから、安定した局面をひっくり返す)
チッ、と一方通行は舌打ちした。
浜面に掛けていた体重をどかし、改めて起き上がると、彼はポツリと呟く。
過去の誰かにではなく。
今、策謀を巡らせている何者かに。
「……俺の独断ではなく、駒場の遺志だと? クソ、そォいう仕掛けか」
黒夜は文面に目を通す。
それは上層部の決定。