(浜面仕上と一方通行。それぞれの勢力が個別に動いていれば、学園都市も交渉を行う余裕があったはずだ。だから、『上』は一時的でも二人を野放しにした。だが、この反逆者が結束してしまったら? 一つの大きな反乱分子となったら? もう『上』には交渉する余裕なんて残らない。リスクを負ってでも確実に潰さないと安心して眠る事すらできなくなる。……非殺傷の『観察対象』から、一気に『殺害対象』まで許容の範囲が広がる)
「なん、だと……?」
浜面は怪訝な顔をしたが、一方通行はまともに答えなかった。
確かに、この流れは止められない。
今のところ、彼らの動きは黒夜海鳥ら『新入生』の思うつぼだ。
攻撃許可。
過程に些かの疑問があるものの、現状、出現してしまった脅威のレベルは確認できた。
一方通行、浜面仕上、両勢力の人材・資金・備蓄を速やかに解体するべし。
必要であれば、殺害も容認する。
……シンプルなその文面は、まさに黒夜が『上層部』から引き出したかったものだ。
(浜面は馬鹿だからさておいて、一方通行は気づいているだろう? そうだろう!? だけど今さら止められないんだよなあ!! だって知ってしまったから。罠だろうが何だろうがこのままではフレメアが殺害される事は目に見えているから!! アンタは飛び込むしかないだろう。だからこそ頭にくるんだ、アンタらみたいな甘っちょろい『卒業生』はさあ!!)
「くっく。はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
黒夜は人混みに紛れている事も忘れ、思わず爆笑してしまった。
周囲の人々が何事かとこちらへ注目する。
「『新入生』代表からの挨拶です」
それを無視して、黒夜海鳥は口の中だけでこう呟いた。
「せいぜい楽しんでくれよ、『卒業生』の皆さん」
ならば。
一方通行は番外個体宛てに携帯電話でメールを送る。文面は、敵の狙いが分かった事。彼らの標的の範囲は黄泉川や芳川にまで及ぶ可能性が出てきたため、打ち止めを連れてマンションに戻った後、彼女達『善人』を、何があっても守り通せ……といったものだった。
送信完了の文字を確認してから、彼はポツリと呟いた。
「……良いだろう、乗ってやる。その上で、真正面からぶっ壊すのが『あの野郎』のやり方だったよなァ」
11
車を盗むのは何度目になるだろう。
一度個室サロンのビル前から離れた浜面は、立体駐車場に停めてあった2ドアのスポーツカーの鍵を外す。エンジンをかけるのには多少のコツが必要だが、浜面はそういった『表には出しにくい技術』を実際の経験で学んでいた。
「乗れ!!」
浜面が運転席から声を張り上げ、一方通行が面倒臭そうな調子で助手席へ乗り込むと、スポーツカーは急発進する。
「……それにしても、襲撃犯の目的はフレメアだったんじゃない。俺とアンタを結びつけて、俺達を『上層部に危機感を抱かせるサイズとして扱わせる』事だったとはな……」
車を盗むまでの間に、第一位から聞かされた『真相』を思い出し、浜面は呟く。
一方通行は吐き捨てるように、
「あいつらは上層部を焚きつけよォとしていた。おそらく、今回の件は上層部の意思から外れちまってる。何しろ、『闇』から逃れるチャンスはあったのに、わざわざもォ一度『闇』へ戻ってきたほどの戦闘狂どもだからな」
「まともじゃない……。どうすれば、あんな所に居心地の良さを感じられるんだ」
「問題なのは連中の異常さじゃねェ。あいつらが定めた『一個の反乱分子』の範疇に、俺やオマエ以上の『外野』も加わっちまってる可能性が高いってトコだ。つまり、ラインの合流を『上』が承認したら、俺の知り合いのマンションまで襲撃されるかもしれねェって訳だ。当然、オマエの知り合いについても」
「……滝壺、麦野、絹旗。あいつらが、もう一度引きずり込まれるってのか?」
「こォなりゃ総力戦だ。妥協なンてできねェ。事が俺達以外のどこまで広がるか分からねェ以上、被害が拡大する前に、連中を徹底的に叩く」
曲がりくねったスロープを減速もしないで一気に下りながら、浜面は携帯電話を取り出した。
浜面達の『予想』が正しければ、半蔵も郭も無事のはずだ。
少なくとも、エッジ・ビー襲撃前に連絡の途絶えた郭については、まだラインが確定していなかったため、殺害するだけの土台が整っていないはずだ。
むしろ、敵の『本命』、真っ先に狙うのは浜面や一方通行である。
敵。
『新入生』。
「半蔵、今どこにいるんだ!?」
電話が繫がると、浜面は早口でまくしたてる。
その間にも、スポーツカーは立体駐車場の外へと飛び出していた。
『こっちは何とか郭を見つけたよ。それがおかしいんだ。郭のヤツ、捕まってたとか襲撃を受けてたとかそういうのじゃなくて、ただ電話会社にサービスを止められていただけだった。なあ浜面、これって……』
「フレメアが連れ去られた」
時間がないので、浜面は相手の質問を無視して言葉を重ねた。
とりあえず四足の駆動鎧が最後に消えた方角へ車を走らせるが、手応えらしいものは全く感じられない。
「第三学区の個室サロンから東に向かったはずだ! だけど具体的な行き先が全く摑めない。半蔵、今どこにいる? お前の方で先回りできるか!?」
『ヤツらの特徴は?』
「例の駆動鎧野郎だ。四本脚で後ろにデカいプロペラがついてる。でも、いくら何でもあのまま隠れ家まで突っ走るとは思えない。必ずどこかでトレーラーとかバスみたいな大型車に格納するはずだ」
『一般車じゃなくて、特殊な大型車か。……それなら、まだ追えるかもしれないな』
「何だって?」
『やり方は色々あるって事さ』
フレメアが連れ去られた、という言葉を聞いた途端、半蔵は重たい息を吐いた。何故、郭の携帯電話がいきなり止められたのか、その理由が分かったからだ。
ちなみに、敵側に利用されたもう一人の間抜けである郭はと言うと、両手で顔を覆ってめそめそしている。
「……ま、曲がりなりにも今日まで生き残った忍びの末裔が、策に嵌まって幼女の居場所を敵に知らせてしまうだなんて……」
「基本的に騙し合いの世界だから、実際の忍者なんて騙される率も半々ぐらいだったんだがな」
「違いますよ!! 忍者って言ったら、もっと、こう、華麗な頭脳プレイの名手でしてね! 浪人とか用心棒とかゴテゴテに身を守る悪代官を右往左往させる少数精鋭エリート集団っぽい匂いが重要でしてね!!」
「悪代官が頑張る江戸時代にゃすでに廃れた職業だよ」
半蔵は適当に言いながら、背中に手を回した。ジャケットの隙間から出てきたのは、三〇センチ四方の厚紙だ。一個一〇〇円のヨーグルトについてくるスプーンのように、耐水処理が施されており、折り目をつけるためのラインが走っていた。
パキパキと音を立てて厚紙を折ると、それはややトリッキーな形の紙飛行機になる。
さらに小指の爪ほどの大きさのモーターを何ヶ所かに取り付け、小さなフラップやラダーなどを組み込み、カメラと送受信装置を機体の下面に両面テープで貼り付ければ完成だ。
MAV。
超小型の無人偵察機である。
「こんなもんがディスカウントショップの品で作れるんだから、そりゃ忍者も廃業だわな」
自嘲気味に嘯き、半蔵は右腕だけの力でMAVを宙へ放つ。
フレメアを助けるため、遠隔制御の正義の忍者が大空を舞う。