第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑮

 わずかに警戒していたじようさわだったが、その素人しろうとくさい仕草に肩の力を抜く。


「やめておけよ。たかが針金突っ込んだ程度で点火するような安物じゃ」

「おっ、かかったかかった」

「おおい!! どうなってんだセキュリティ部門!!」

「ロードサービスの勉強しているんだ」

「そんなレベルじゃねえんだよ!!」


 電子的なハッキング対策として、えて超精巧なアナログじようを採用したのがあだとなったか。だがそこらの高校生にできる事ではない。

 少年は強化ゴムに戒められた『ドラゴンライダー』にそのまままたがり、


「さっきも言ったけど、ちょっとだけ貸してもらう。このバイクだ。詳しい事はできれば説明したくない。でも、協力してくれれば確実に人命救助の手助けをしてくれた事になるのだけは保証する」

「出産ぎわの妊婦さんでも病院までデリバリーするってのか?」


 丈澤は冗談を言ったが、返って来た答えはおおなものだった。


「……もっと深刻だ」

「そうかい」


 丈澤は適当に強化ゴムを指差して、


「だが『ドラゴンライダー』の固定具とベルトは素手で外せるものじゃない。専用の工具を使って、大の大人が二人がかりでようやく言う事を聞くレベルだ。ま、そこらの学生じゃ、たとえ工具を渡しても、使い方も分からないと思うが」

「……、」


 少年は強化ゴムのベルトをつかみ、何かを言い掛け、言いよどみ、悩んで、ようやく口を開いた。


「……さっきまで、このトンネルを四足の駆動鎧パワードスーツが走っていたのは知ってるか」

「さあ? 長さだけで三キロはあるバイパス用のトンネルだぞ。先の方で何が走っているかなんて見える訳がない」

「そいつが女の子をさらってる」


 高校生が早口で言うと、丈澤のまゆがぴくりと動いた。

 輸送ルート変更の理由を、彼は聞かされていた。


としは一〇歳ぐらい。目的は見せしめ。できるだけざんこくに殺して、俺達のいかりをあおろうとしている。『集合』させる程度に。この場でさっさと殺さなかったのは、おそらく一度かんぺきに『手の中からすべり落ちる』くつじよくを与えてから、じっくり時間をかけて殺すつもりだからだ」

「何だって?」


 だがここまでではない。

 殺す事が前提という情報までは、丈澤は知らなかった。


「後日ビニール袋にでも詰めて送り返されるか、あるいはライブ中継でもするのか。詳しい方法は知らない。考えたくもない。だからあいつが完全に行方をくらませる前に、もう一度追わなければならない」


 ジジッ、というノイズが、じようさわの持っている無線機から聞こえた。

 きんきゆうようの確認サインだ。これに丈澤がこたえなければ『異常あり』とみなし、運転手が動く。具体的には、軍事機密を守るために、を携行して。


「待て」


 しかし、丈澤はだまっていても解決するものを、わざわざ制した。

 無線機は何も応答しない。

 高校生の少年の方が振り返った。


「何だよ」

「その子の名前を教えてくれ」

「どうして?」

「良いから早く!! それで全部決着する!!」

「フレメアだ! フレメア=セイヴェルン!! 一〇歳ぐらいの女の子で、ふわふわした金髪と青いひとみが特徴! これで良いのか、まだほかにもいるか!? 血がドバドバ出るゲームに興味しんしんで、グリーンピースが苦手だって事も説明してやろうか!!」


 さくらんしたような少年の叫び声。


たのむよ。あの子を助けるためにこいつを貸してくれ!! 突飛な話でついていけないかもしれないけど、本当にこのままじゃあの子が殺されちまうんだ!! ついさっきまで笑っていた女の子が、本当に冷たくなって、二度と目をけなくなっちまうんだよ……ッ!!」


 しかし丈澤はニヤリと笑った。


やみ』の情報なんてそうそう簡単に手に入れられるものではない。そしてこの少年は、フレメア=セイヴェルンという名と、書類には載っていない、丈澤も知らない生の情報を山ほど持っていた。

 彼は正真正銘の当事者だ。

 外堀を埋める整備員や運転手と違って、『ドラゴンライダー』さえあれば悲劇をかいできる人間だ。

 それを思った時、丈澤のん切りがついた。


「待てよ。そいつはそのままじゃ乗れないんだ」

「ごていねいに書類なんてそろえるとは思っていないよな」

「もっと単純な事さ。そのダークホースは、アンタの手じゃ扱いきれないってだけだ」

「……今からプロスポーツ用の講習を受けている時間なんてないぞ」

「そういう話じゃない。世界で一〇冠をった伝説のロードレーサーだろうが何だろうが、人間の握力と耐久性でそいつを運転するのは不可能だって言っているんだ」


 じようさわは適当な調子で、トレーラーの隅に寝かせてある別の機材を指差しながら、


「そいつは、専用の駆動鎧パワードスーツとセットじゃなきゃ扱えないんだよ」



 HsSSV-01『ドラゴンライダー』は、そもそも新種の駆動鎧パワードスーツとして開発されたモデルの一例である。

 人の体に似せる、という条件を排除された設計。

 つまり、『駆動鎧パワードスーツを乗せるためのバイク』ではなく、『バイクを含めた駆動鎧パワードスーツ』という事になる。

 目的は全天候・全環境において圧倒的な機動力を確保し、じんそくな部隊展開と敵勢力の制圧を行う事。

 れいに整備されたサーキット上ではなく、あくまでも荒地の上で時速一〇〇〇キロオーバーをたたき出し、なおかつオフロードバイクの曲芸のように、時には傾斜七〇度高さ三〇メートル以上のがけを走破し、幅二〇メートル以上の河川を一気に飛び越えたりもする。

 機械の力で筋力を補強し、てつていてきな電子制御でバランスを確保するこのモデルは、その圧倒的な速度の中でも『片手持ち』のガトリング砲やかつこうほうの使用を可能とする。仮に戦線に投入されていれば、兵器の歴史は一変していたかもしれない。


「調子は悪くないだろ」


 トレーラーの荷台の隅、床に金具で固定されている木箱の陰で『着替え』を行っているはまづらあげに、丈澤は適当な調子で話しかけた。


駆動鎧パワードスーツって言っても、そいつは『ドラゴンライダー』の操縦に必要な筋力、耐久性、酸素の吸入方式なんかを確保するためのもんだ。それ自体が怪物って訳じゃない。形はほとんど人間に近いから重心がズレるなんて事もないし、そもそもの重量もほとんどない。ま、用途に合わせてモジュール装甲つけ放題だが」


 浜面は自分の両手を開閉し、調子を確かめる。

 全体的に、極めて細い。西洋のよろいをさらにふくらませたような既存のモデルとは違い、ほとんどフルフェイスのヘルメットをつけたライダースーツに近かった。基本的には灰色だが、要所には黒のプロテクターが取り付けられている。

 サイズの対比がほとんど人間と変わらないためか、手の先から足の先まで、ほぼすべてのパーツに浜面の肉体が届いていた。


『……逆にしっくり来すぎているのが変な感じだ』


 浜面の声がもっているのは、ヘルメットによって完全におおわれているからだ。

 ヘルメットには透明な部分は存在しない。視界やその他の情報は全て、電子機器で取得したものを内側に表示しているだけだ。

 にもかかわらず、違和感は存在せず、かえって鮮明に思えるほどだ。

 長時間使い続けていると、生身の視力に戻れなくなるかもしれないとねんするレベルで。


「障害物だらけの地上で亜音速を出すっていうんだ。せんとうと比べて体感速度は何倍になると思う? それぐらいの装備がないとまともに動かせない」

『……マジかよ』

「心配するな。理論上は最高速度でコケてもだいじようなようにできてる」


 そんなやり取りを眺めていたトレーラーの運転手は、あきれたように言った。


「ホントに大丈夫なのかね」

「かくいうお前も手伝っているじゃないか。『ドラゴンライダー』の解除作業」

「女の子を助けるって状況に酔っていないか?」

「始末書と減給で人の命を助けられるなら安いもんだ」

「……、」

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