第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑭

 直後に重量が決定的なほうかいを起こし、ダンプカーが勢い良く横転する。それはトンネルいっぱいに広がる壁だ。いかに急ブレーキを踏んでいるとはいえ、『車輪を回転させている』2ドアと、『側面を地面に擦りつけている』ダンプカーでは、どちらが減速するかは目に見えている。

 ぶつかる。

 浜面はとっさにハンドルを切り、2ドアの側面部分から柔らかく突っ込む選択をした。彼は自然と助手席側をダンプカーに突きつけ、一方通行アクセラレータは電極のスイッチに手をかけ、暴走覚悟でベクトルを浜面の方へ押しつけようとする。


「チッ!! クソ野郎が、こいつも織り込み済みか!?」

「そんな……。四足の駆動鎧パワードスーツだって足止めを食らうんじゃ……ッ!!」


 言いかけた浜面は、そこで言葉をんだ。

 横転したダンプカーとてんじようすき

 普通の自動車ならまず通過できないその空間を、四足の駆動鎧パワードスーツがハードルのように飛び越えていくのが、見えた。


うそ、だろ……」


 はまづらぼうぜんつぶやいた直後だった。

 ダンプカーと2ドアが激突した。ブレーキを使ってある程度の相対速度を合わせていたとはいえ、しようげきはゼロにはできなかった。側面からぶつかったにもかかわらず、ハンドルが爆発してエアバッグが飛び出す。それは視界と両手の動きを完全にがいした。

 そのまま二台はすべっていく。

 トンネルを飛び出した。

 さらに数十メートル進んで、ようやく動きを止める。浜面は自動的に気体の抜けていくエアバッグにこぶしたたき込んで時間を短縮させながら、かたわらの一方通行アクセラレータへこう叫んだ。


「追えよ、第一位!!」

「……、」

「トンネルは抜けた。電波障害はもうない。だったらテメェのどくだんじようだろう!!」


 助手席側のドアはダンプカーに押し付けられており、まともに開く状態ではなかったが、怪物は気にも留めなかった。

 首筋のスイッチに手が触れる。

 バゴン!! という物音がさくれつする。

 てんじようを丸ごと引きいた学園都市第一位が、逃げた駆動鎧パワードスーツをさらに追う。


    12


「ええ、ええ。はいはい。そうです。何かトンネルの出口辺りで事故があったらしくて。は? はいはい、だいじようです。こっちは特に。ただ、トンネルの中で立ちおうじようしていて、進むも戻るもできない状態なんですよ」


 大型トレーラーの側面に背中を預け、オレンジ色の光と排気ガスのにおいに顔をしかめながら、中年の整備員は携帯電話に向かって話す。

 胸元には『じようさわみちひこ』と小さくしゆうしてあった。

 彼の背後にあるのは、コンテナ型のトレーラーではない。箱型の外枠だけが入り組んだ鉄骨だけで構成してあり、中の『積み荷』も外から見える。


「荷物の『はんにゆう』には少し時間がかかると思います。まぁ、三車線ですし、さっきから車と車の間をバイクがすいすい走ってますけどね。こいつも直接走らせてもらえる許可さえ……無理? やっぱり、ですよねー」


 渋滞で遅刻が確定……といった内容なのだが、丈澤にそれほどのいらちはない。

 むしろ、時間が長引く事を歓迎している様子すらうかがえた。

 彼は携帯電話の通話を切ると、今度は腰に引っ掛けていた無線機を取る。

 相手はこの大型トレーラーの運転手だ。


「ご到着の件については了解もらっといたよー。ただ、輸送ルートをじやつかん変更してほしいって言われたけどね」

『向こうはどうだって良いんだろう』


 運転手の声は、き捨てるような調子だった。


『どうせ二度と使わない。いいや、一度も、か。完全密閉状態をほどこした後に倉庫で永眠。後は派生研究のために呼び出されて、分解されて、仕組みを調べてまた永眠。昆虫標本みたいなもんだ。特に急ぐ理由なんて見当たらない。半年ぐらい予定がずれても笑ってるさ』


 そんな声を聞きながら、じようさわは今まで自分が乗っていた荷台の中身に目をやる。

 そこにあるもの。

 複数の金属固定具と強化ゴムのベルトでてつていてきいましめられた車体。


「使わずに済んだのなら、それはそれで祝福すべきじゃない?」

『戦争で使わなかったのならな』


 HsSSV-01『ドラゴンライダー』。

 第三次世界大戦で導入される予定だった、究極の怪物軍用バイク。

 予想外に早く戦争が終わってしまったため、導入の機会を失った新型車両だった。

 そして、戦争で使われなくなった兵器類が、第二学区や第二三学区の大型倉庫へ輸送される事は、その辺のテレビのニュースでも流れている。


『だがそれ以外にも使い道はあったはずだ。そもそも、本来「ドラゴンライダー」は警備員アンチスキルの新型けいバイクだったはずだろう。それを第三次世界大戦のために接収して、ゴテゴテと改造を加えた挙げ句、一度も使われずに倉庫の奥で永眠だ。アンタらだって、そんな結末のために開発していた訳じゃないだろう』


 彼らの知るよしもないが、シルバークロースのコレクションが『暗部』の技術の結晶だとすれば、丈澤達の『ドラゴンライダー』は『表側』の……正義の味方のために、ありとあらゆる技術をつぎ込んできたはずのモデルだった。


「ジャンルは違えど、乗り手としてはおいかりかい?」

『作り手としてはどうなんだ』


 最高速度、時速一〇五〇キロ。

 トレーラーの箱型鉄骨の中にある大型バイクには……胴体を貫くように配備されたジェットエンジンを軸に、円形装甲で完全に保護されたホイールの中身にはリニア機関が、さらに前輪の近くから左右後方へつばさのように伸びるアーム部分には、補助動力と強制的なステアリングを兼ねたブースターが備えられている。


「そうだな」


 ほかにも車体制御のためのジャイロ、完全電子制御のたいしようげきサスペンション群、空力的にマシンを地面に保持させるための後部補助ウィングなど、『最速のマシンの動きを地べたで維持させるために必要な機構』がすべそろえられている。


「まぁ、さっきお前も言った通り、戦争なんぞのために使ってほしい訳じゃないが」


 何しろ、設計段階に求められたスペックが『時速一〇〇〇キロオーバーでロシアの荒地を自由に走行でき、時速三〇〇キロオーバーで傾斜七〇度のがけを走破できるものを』であり、開発陣の一番の問題は『だまっていても大空へ飛んでしまうこの怪物を、どうやって地上にとどめておくか』だったほどだ。


「どんな形でも良い。一度ぐらいは、人の役に立ってほしかったとも思うよ」


 運転手はその声を聞いて、少しだけだまった。

 彼はやがて、整備員に質問する。


『輸送ルートの変更理由について言っているのか?』

「アンタだっておいかりのくせに」

『またもや「やみ」が動いていやがる。こいつを勝手に召し上げて一度も使わなかった「闇」とやらが』

「児童ゆうかいだっけ」

『巻き込まれないよう道をゆずれとは、良く言ってくれるぜ』


 じようさわは携帯電話でちょっとした話を聞いていたが、運転手も車載無線でどこかの役人と連絡を取っていたのだろう。


えても仕方ないさ」


 丈澤はちよう気味に答えた。


「俺は兵器の整備員でアンタはその輸送の運転手。俺達は『ドラゴンライダー』の足場を固める係だ。こいつに乗ってさつそうと駆けつけるヒーローの立ち位置は望めない」


 その時だった。

 ガタン、という物音を丈澤はとらえた。トレーラーの荷台の外側に何かが当たったようだ。確認してみると、それは人間だった。高校生ぐらいの男が鉄骨に片手を添えていたのだ。

 事故の当事者か、あるいはトンネルで長時間待機させられて気分でも悪くなったのか。

 丈澤はそんな風に思ったが、答えは違った。

 少年は箱型鉄骨の荷台によじ登ると、いきなりこんな事を言ったのだ。


「こいつが良いな。ちょっと貸してくれ」

「は?」

「そこのバイクだ」


 おいおい、と丈澤は口の中でつぶやいてしまう。

 そうこうしている間にも、高校生ぐらいの少年は、何本もの強化ゴムで箱型鉄骨へいましめられた『ドラゴンライダー』の近くでかがみ込む。どうやらバイクのかぎあなへ目をやっているらしい。

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