直後に重量が決定的な崩壊を起こし、ダンプカーが勢い良く横転する。それはトンネルいっぱいに広がる壁だ。いかに急ブレーキを踏んでいるとはいえ、『車輪を回転させている』2ドアと、『側面を地面に擦りつけている』ダンプカーでは、どちらが減速するかは目に見えている。
ぶつかる。
浜面はとっさにハンドルを切り、2ドアの側面部分から柔らかく突っ込む選択をした。彼は自然と助手席側をダンプカーに突きつけ、一方通行は電極のスイッチに手をかけ、暴走覚悟でベクトルを浜面の方へ押しつけようとする。
「チッ!! クソ野郎が、こいつも織り込み済みか!?」
「そんな……。四足の駆動鎧だって足止めを食らうんじゃ……ッ!!」
言いかけた浜面は、そこで言葉を吞んだ。
横転したダンプカーと天井の隙間。
普通の自動車ならまず通過できないその空間を、四足の駆動鎧がハードルのように飛び越えていくのが、見えた。
「噓、だろ……」
浜面が呆然と呟いた直後だった。
ダンプカーと2ドアが激突した。ブレーキを使ってある程度の相対速度を合わせていたとはいえ、衝撃はゼロにはできなかった。側面からぶつかったにも拘らず、ハンドルが爆発してエアバッグが飛び出す。それは視界と両手の動きを完全に阻害した。
そのまま二台は滑っていく。
トンネルを飛び出した。
さらに数十メートル進んで、ようやく動きを止める。浜面は自動的に気体の抜けていくエアバッグに拳を叩き込んで時間を短縮させながら、傍らの一方通行へこう叫んだ。
「追えよ、第一位!!」
「……、」
「トンネルは抜けた。電波障害はもうない。だったらテメェの独壇場だろう!!」
助手席側のドアはダンプカーに押し付けられており、まともに開く状態ではなかったが、怪物は気にも留めなかった。
首筋のスイッチに手が触れる。
バゴン!! という物音が炸裂する。
天井を丸ごと引き裂いた学園都市第一位が、逃げた駆動鎧をさらに追う。
12
「ええ、ええ。はいはい。そうです。何かトンネルの出口辺りで事故があったらしくて。は? はいはい、大丈夫です。こっちは特に。ただ、トンネルの中で立ち往生していて、進むも戻るもできない状態なんですよ」
大型トレーラーの側面に背中を預け、オレンジ色の光と排気ガスの匂いに顔をしかめながら、中年の整備員は携帯電話に向かって話す。
胸元には『丈澤道彦』と小さく刺繡してあった。
彼の背後にあるのは、コンテナ型のトレーラーではない。箱型の外枠だけが入り組んだ鉄骨だけで構成してあり、中の『積み荷』も外から見える。
「荷物の『搬入』には少し時間がかかると思います。まぁ、三車線ですし、さっきから車と車の間をバイクがすいすい走ってますけどね。こいつも直接走らせてもらえる許可さえ……無理? やっぱり、ですよねー」
渋滞で遅刻が確定……といった内容なのだが、丈澤にそれほどの苛立ちはない。
むしろ、時間が長引く事を歓迎している様子すら窺えた。
彼は携帯電話の通話を切ると、今度は腰に引っ掛けていた無線機を取る。
相手はこの大型トレーラーの運転手だ。
「ご到着の件については了解もらっといたよー。ただ、輸送ルートを若干変更してほしいって言われたけどね」
『向こうはどうだって良いんだろう』
運転手の声は、吐き捨てるような調子だった。
『どうせ二度と使わない。いいや、一度も、か。完全密閉状態を施した後に倉庫で永眠。後は派生研究のために呼び出されて、分解されて、仕組みを調べてまた永眠。昆虫標本みたいなもんだ。特に急ぐ理由なんて見当たらない。半年ぐらい予定がずれても笑ってるさ』
そんな声を聞きながら、丈澤は今まで自分が乗っていた荷台の中身に目をやる。
そこにあるもの。
複数の金属固定具と強化ゴムのベルトで徹底的に戒められた車体。
「使わずに済んだのなら、それはそれで祝福すべきじゃない?」
『戦争で使わなかったのならな』
HsSSV-01『ドラゴンライダー』。
第三次世界大戦で導入される予定だった、究極の怪物軍用バイク。
予想外に早く戦争が終わってしまったため、導入の機会を失った新型車両だった。
そして、戦争で使われなくなった兵器類が、第二学区や第二三学区の大型倉庫へ輸送される事は、その辺のテレビのニュースでも流れている。
『だがそれ以外にも使い道はあったはずだ。そもそも、本来「ドラゴンライダー」は警備員の新型警邏バイクだったはずだろう。それを第三次世界大戦のために接収して、ゴテゴテと改造を加えた挙げ句、一度も使われずに倉庫の奥で永眠だ。アンタらだって、そんな結末のために開発していた訳じゃないだろう』
彼らの知る由もないが、シルバークロースのコレクションが『暗部』の技術の結晶だとすれば、丈澤達の『ドラゴンライダー』は『表側』の……正義の味方のために、ありとあらゆる技術をつぎ込んできたはずのモデルだった。
「ジャンルは違えど、乗り手としてはお怒りかい?」
『作り手としてはどうなんだ』
最高速度、時速一〇五〇キロ。
トレーラーの箱型鉄骨の中にある大型バイクには……胴体を貫くように配備されたジェットエンジンを軸に、円形装甲で完全に保護されたホイールの中身にはリニア機関が、さらに前輪の近くから左右後方へ翼のように伸びるアーム部分には、補助動力と強制的なステアリングを兼ねたブースターが備えられている。
「そうだな」
他にも車体制御のためのジャイロ、完全電子制御の耐衝撃サスペンション群、空力的にマシンを地面に保持させるための後部補助ウィングなど、『最速のマシンの動きを地べたで維持させるために必要な機構』が全て揃えられている。
「まぁ、さっきお前も言った通り、戦争なんぞのために使ってほしい訳じゃないが」
何しろ、設計段階に求められたスペックが『時速一〇〇〇キロオーバーでロシアの荒地を自由に走行でき、時速三〇〇キロオーバーで傾斜七〇度の崖を走破できるものを』であり、開発陣の一番の問題は『黙っていても大空へ飛んでしまうこの怪物を、どうやって地上に留めておくか』だったほどだ。
「どんな形でも良い。一度ぐらいは、人の役に立ってほしかったとも思うよ」
運転手はその声を聞いて、少しだけ黙った。
彼はやがて、整備員に質問する。
『輸送ルートの変更理由について言っているのか?』
「アンタだってお怒りのくせに」
『またもや「闇」が動いていやがる。こいつを勝手に召し上げて一度も使わなかった「闇」とやらが』
「児童誘拐だっけ」
『巻き込まれないよう道を譲れとは、良く言ってくれるぜ』
丈澤は携帯電話でちょっとした話を聞いていたが、運転手も車載無線でどこかの役人と連絡を取っていたのだろう。
「吠えても仕方ないさ」
丈澤は自嘲気味に答えた。
「俺は兵器の整備員でアンタはその輸送の運転手。俺達は『ドラゴンライダー』の足場を固める係だ。こいつに乗って颯爽と駆けつけるヒーローの立ち位置は望めない」
その時だった。
ガタン、という物音を丈澤は捉えた。トレーラーの荷台の外側に何かが当たったようだ。確認してみると、それは人間だった。高校生ぐらいの男が鉄骨に片手を添えていたのだ。
事故の当事者か、あるいはトンネルで長時間待機させられて気分でも悪くなったのか。
丈澤はそんな風に思ったが、答えは違った。
少年は箱型鉄骨の荷台によじ登ると、いきなりこんな事を言ったのだ。
「こいつが良いな。ちょっと貸してくれ」
「は?」
「そこのバイクだ」
おいおい、と丈澤は口の中で呟いてしまう。
そうこうしている間にも、高校生ぐらいの少年は、何本もの強化ゴムで箱型鉄骨へ戒められた『ドラゴンライダー』の近くで屈み込む。どうやらバイクの鍵穴へ目をやっているらしい。