第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑱

くろよる。逃走に成功した。このトンネルは複数の路線の共用だ。工事の手間を省くために多数のルートをつなげている。このクラスの目くらましなら、上空からの観察で私の逃走経路を辿たどられる恐れはない」

『第一位の能力は首筋の電極のバッテリーに依存している。正確な制限時間は不明だが、明確な目的もなしにフルどうさせ続けようとは思わないだろう。あいつは必ず一度停止する。立ちおうじようしている間にきよかせいで完全に追跡を振り切るんだ。……「ヤツら」の件もある。こんな段階で手間取ってはいられないぞ』

「了解。これで作戦はとどこおりなく───」


 言いかけたシルバークロースの言葉が、そこで途切れた。

 おかしい。

 後方から威圧を感じる。

 内部は暗い。自動車用のトンネルと違い、決められた線路の上を走る地下鉄は急なカーブを除けばそれほどの光源を必要としないためだ。とうかんかくに並べられた蛍光灯はほぼ役に立っておらず、前後共に、先の見渡せないやみが広がっていた。

 しかし四足の駆動鎧パワードスーツには関係ない。複数のレンズがきしんだ音を立て、ほぼ暗闇に近い状況でも確実に情報を取得する。

 映像解析用の補正がほどこされたウィンドウに目をやったシルバークロースは、そこで顔を引きつらせる。


「何だ、これは……」


 一方通行アクセラレータではない。

 何か巨大な、たいのしれないバイクが後方から迫ってくる。それはシルバークロースのレンズを逆にとらえたとでも言うかのように、複数のブースターを一気にかがやかせる。

 爆音と共に、闇がぬぐわれていく。

 学園都市第一位ではない、しかしそれでいて、フレメア=セイヴェルンを守るために、シルバークロースを追う可能性のある人物。


「まさか……ッ!!」


    15


 バォン!! という爆音がはまづらの全身を包む。

 地下鉄用のトンネルは工事作業員が最低限歩ければ……というレベルの整備しか行われていない。地面も効率良く線路をせつする事のみを考えられていて、凸凹のあるコンクリートタイルが並べられているだけだった。

 通常であれば、こんな中を時速数百キロで走るのは自殺行為だろう。

 だが関係ない。

 浜面はスロットルレバーをひねり、ジェットエンジンと補助ブースター、リニア機関などすべての推進装置をちゆうちよなく解き放つ。


(いける……単純な速度なら『ドラゴンライダー』の方が上だ!!)


 問題はあれだけ分厚い装甲の駆動鎧パワードスーツに追い着いてから、どうやって動きを封じるか、中からフレメアを救出するかだ。どうにかして、プロペラの羽を折れれば良いのだが、


『火力に困ってるなら補助ブースターを使え』


 ねらったように、トレーラーの整備員の声が聞こえてきた。


『不調になった時、被害を軽減させるために燃料を放出する機構がある。そいつをく使えば、摂氏三五〇〇度の大爆発を巻き起こせるぞ。左右一回ずつしか使えないがな』

『待てよ。そんな特殊操作、俺は……』

『分かっているはずだぜ。駆動鎧パワードスーツの情報制御装置とリンクしている今なら、必要な知識や技術は借りられるってな』


 ぶるいがした。

 いつの間にか、浜面はロケット燃料のきんきゆう放出方法を取得していたのだ。それはぼうだいな本を丸暗記しているというよりは、一輪車の乗り方にも近い。つまり、本来は反復学習によって少しずつ蓄積していくはずの『経験』が集中的に上書きされているのである。

 学校の勉強もロードサービスの技術もみんなこんな感じになれば人生は気軽になるだろうか。だが恐ろしい。知らない内に何を付け足されているか分かったものではない。やはり自分の手で習得するのが一番だ。


(今は深く考えている余裕はない)


 浜面は意識的に疑問を排除し、目の前の標的にだけ集中する。


(フレメア=セイヴェルンを助ける方法が手の中にある。それだけで十分だ!!)


 補助ブースターは一種のアームになっていて、状況に合わせて大幅に角度を変えられる。だがそれでも、基本的には推力を後方へ流すためのものだ。真後ろから左右水平辺りまでの角度が精一杯。前方に向けるようにはできていない。

 となると、


(最低でも真横につけなくちゃ、補助ブースターの爆発には巻き込めねえ!!)


 その時だった。

 前方を走る四足の駆動鎧パワードスーツの動きに変化があった。

 右の後ろ脚にあたる部分が、突然り上げるような動作をしたのだ。

 馬のように。

 地面に落ちていた照明器具のざんがいを、高速で射出するために。


『……ッ!!』


 より正確には重量三キロ前後の金属のかたまりだ。『ドラゴンライダー』の耐久性がどの程度かは知らないが、余計な負荷でバランスを崩す訳にはいかない。

 ハンドル操作で照明器具の残骸をかいし、線路に沿って並ぶ柱の間をくぐって水平にきよを取る。単純な速度では『ドラゴンライダー』の方が速い。障害物さえなければ真横につけるのは難しくない。

 そう思っていたはまづらだったが、そこで異変に気づいた。

 前方。

 ちょうどこれまでとは対向線路にあたる闇の向こうから、まばゆいライトの光が浴びせかけられた。


(地下鉄……ッ!?)


 浜面の背筋にかんが走る。


 直後に、ばくだいな質量の塊が『ドラゴンライダー』へ突っ込んできた。


 暴風、ごうおんしんどう

 トンネル内に巨大な質量の通過に伴う諸現象が発生していた。列車の運転手も直前で気づいたのだろう。ブレーキと共に金属製の車輪とレールがこすれるいやな音がさくれつしたが、もう遅い。大量の火花と共に、列車はそれでも三〇〇メートルほど突き進む。

 その真横を、四足の駆動鎧パワードスーツが悠々と通過していく。

 それが単なる車両とは違うためか。追っ手を排除した愉悦は、モデル全体から発散させられているようにも見えたかもしれない。

 そして。

 列車という長い壁が途切れた直後、その反対側から巨大なバイクが顔を出した。

 HsSSV-01『ドラゴンライダー』。

 浜面は地下鉄の列車と壁の間にある、わずかなスペースへバイクを突っ込ませたのだ。ほとんど壁に触れるか触れないかの曲芸を、最高速度で実行したのである。

 前述の通り、単純な速度なら四足の駆動鎧パワードスーツよりも『ドラゴンライダー』の方が速い。

 まして、障害物を排除したと油断していたとあっては、追い着かれない理由がない。


『チ……ッ!!』


 ここにきて、シルバークロースの取った行動は、向かってくる『ドラゴンライダー』へ、自分から突っ込んでいくというせんたくだった。

 つまり、その重量差を使って、真横から追っ手をはじき飛ばそうとしたのである。

 だが、はまづらの方が早かった。

 とっさに行動した者と、あらかじめ準備していた者の差だろう。

 補助ブースターを支えるアームが真横へ大きく動き、補助ブースターの側面部分から大量のロケット燃料が噴き出した。それらは暴風に巻き込まれる形でさんすると、ブースターせんたんからわずかに散った、オレンジ色の火花に反応する。

 噴出から点火まで、コンマ一秒にも満たない。

 起爆。

 音という音を圧縮させたかのような、透明な壁に近いしようげきさくれつした。

 左の補助ブースターが自らの爆発に巻き込まれて『ドラゴンライダー』からもぎ取られる。電子制御であれだけかんぺきにバランスを保っていた大型バイクが、不自然なよこすべりを行う。

 四足の駆動鎧パワードスーツもただでは済まなかった。

 ロケット燃料をまともに浴びた上での爆発。後部のプロペラの羽はかいできなかったものの、その巨体が数メートルも横へ弾かれ、トンネルの壁へ直撃した。オレンジ色の火花を散らしながら、四足はなおも前方へ走り続けようとする。

 だがおかしい。

 超高温、そして衝撃波。損傷は無視できるレベルを超えていた。四足の内、右側の二本の挙動に異常が見られるのだ。脚を滑走させる事はできるが、地形に合わせて脚を動かし、衝撃をかんする機能が失われている。この状況で走り続ければ、ばくだいな衝撃が駆動鎧パワードスーツ内部の機構を次々とかいしていく事だろう。

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