複数の信号を無視し、交差点を突っ切って、『ドラゴンライダー』はただ突き進む。
しかし。
外側のモーターや化学性スプリングが浜面の体を勝手に修正させている感覚はあるし、かと言って外側と分離されている浜面の『内側』についても、何かしらの干渉が起こっているのは良く分かる。
プラスに働いているから良いものの、長時間使用していると『自分というものの中心はどこにあるのか』という意識が崩壊しそうだ。
(……携帯)
駆動鎧には軍用のベストが被せてあり、いくつかの持ち物を携行する事もできるようになっていた。携帯電話もそこに収まっている。
彼はこの状況で片手を離して大丈夫かを思案しながら、
(……半蔵のMAVから送られてくるデータを見ないと、『標的』の位置が把握できな)
心の中で愚痴をこぼすより前に、変化はあった。
映像によって確保されている浜面の視界の隅に、小さなウィンドウが表示されたのだ。言うまでもなく、それは浜面の持っている携帯電話のデータだった。
(どんな方式で転送してんだ!? そもそも俺は何も『操作』してねえぞ!!)
学園都市製の軍用兵器というのは相変わらず常軌を逸している。この分だと、機械に頭の中を覗かれているという妄想もそろそろ笑えなくなる時代が来るのかもしれない。
その携帯電話のウィンドウだが、空からの遠景はほとんど標的を見失いかけていた。画面の奥で微かに何かが動いているが、これだけではもう動いているものの形も見分けられない。むしろ、周囲のビルや看板から、ランドマークとなるものを探した方が簡単そうだった。
(半蔵のMAVもそろそろ使い物にならなくなってきた……)
それだけ距離を離されたという事だ。
これ以上好きにやらせると、本当にフレメアの命の保証はできなくなってしまう。
(いや)
『待てよ』
浜面は呟き、この高速走行下でわずかに顔を上げた。視界に空を収める。ゴチャゴチャした街中では二〇〇メートル先のものを見つけるのにも苦労するが、大空であれば話は別だ。間に障害物がなく、地平線に隠される事もないため、相当遠くにあるものでも見つけられる。
フレメアをさらった四足の駆動鎧は見つけられなくても、駆動鎧を追い掛けているものを発見できれば、連鎖的に標的の位置も分かる。
とはいえ、流石に数キロ、下手したら一〇キロ以上先にあるMAVを見つけようというのではない。駆動鎧で五感を補強されているとはいえ、紙飛行機サイズのMAVを探すのは骨が折れるだろう。
浜面が追いかけるのは別。
学園都市最強の超能力者は、その気になれば戦闘機を追えると言っていた。
14
シルバークロース=アルファは逃走していた。
本来であれば、この作戦はもう終わっているはずだった。
標的である浜面仕上と一方通行は、フレメア=セイヴェルンという共通の保護対象を得て繫がった。上層部にとって『看過できないレベルに膨らんだ勢力』と位置づけられた時点で、シルバークロース達の目的はほぼ達成。後は連れ去ったフレメアを『いかにも』な殺し方で装飾すれば、『看過できないレベルに膨らんだ勢力』が、学園都市の暗部や上層部へ具体的に牙を剝く『復讐』という動機も与えられる。
実際に、彼らが反抗するかどうかは関係ない。
これは一定以上の量に達した爆薬へ、起爆用の信管を差すようなものだ。相手に爆破する意思があろうがなかろうが、とりあえず爆弾処理はしなくてはならない。結果として、浜面や一方通行といった『卒業生』は駆逐される事になる。
そうなるはずだった。
にも拘らず。
何故、未だに安全圏への退避ができない?
四足の駆動鎧は人の形を無視している。よって、視界を確保するための目、レンズは前方だけに取り付けられている訳ではない。
モデルの至る所に取り付けられたレンズの一つが、追っ手を捕捉していた。
第一位。
学園都市最強。
一方通行と呼ばれる、白い影が。
(普通じゃない)
シルバークロースは速度表示に目をやりながら息を吞む。
時速七五〇キロ。
ここまで来れば、まともに陸上を走行する車両の限界近くにまで達している。
それになお追いすがるほどの怪物と言えば、
(航空機クラス)
「あの怪物!! このハイウェイチーターに食らいついてくるだなんて、分かってはいたが予想以上の怪物だぞ!!」
シルバークロースの視線は、高い。
二〇メートルほど上方。
追っ手はその背に四本の竜巻を接続し、文字通り空を切り裂きながらシルバークロースへと突き進む。
『シルバークロース』
「無理だ。ハイウェイチーターの速度では振り切れない。いくつかの工作車両に心当たりはあるが、それは一度完璧に追っ手の目線から外れた際に格納しなければ意味がない!!」
この駆動鎧は車ではない。地形に合わせて脚を折り畳んだり展開させたりする事で、起伏の激しい段差や極めて細い路地でも走破する事はできる。
だがそれでも逃げ切れないだろう。
何しろ相手は人間サイズだ。いかに四足の駆動鎧が様々な隙間に潜り込むといっても、流石に駆動鎧に通れて人間に通れない、という状況は作りにくい。
「このまま取り返されれば元も子もない。ここで処分するか?」
『敗北を前提に考えるな。自ら迷い込んでどうする』
黒夜の声は、他人事のように冷静だった。
実際、そうなのだろう。
『一方通行にそれほどの力があれば、何故最初から全力で行使しなかった。あいつは最初にダンプ型の工作車両に仕掛けてきた時、浜面の盗難車に同乗していた。理由を考えろ、シルバークロース。こうした状況であいつは無駄な事はしない。そこには必ず理由がある』
「……なるほどな」
シルバークロースは分厚い駆動鎧の中で、さらにアルマジロのような小型モデルに身を包まれたまま、ほくそ笑む。
「電波障害……トンネルか!!」
分かってしまえば後は早い。
四足の駆動鎧を操るシルバークロースは、道路と平行に走っている地下鉄の線路へと飛び下りた。そこは騒音防止のため、コンクリートで固められた川のように一段低くなっている場所だ。
当然、その先は街の地下……複数の路線が混じり合い、それこそ蜘蛛の巣のように広がるトンネル群である。
くそが、という一方通行の唇の動きを、四足のレンズは正確に捉えた。
直後に大空が分厚いコンクリートに覆われる。
トンネルの中へと飛び込んだのだ。
当然、こんなトンネル程度で一方通行の全ての動きを封じられる訳ではない。だとすれば、もっと早くに彼は暗殺されていただろう。電波障害は、あくまでも『起きるかもしれない』もの。そして能力についても、『どの程度弱体化するか分からない』ものである。
しかし、上下左右をコンクリートに覆われたトンネルの中、時速七〇〇キロオーバーのチェイスの最中にほんの数秒でも能力の制御を失えば、それは死に直結する。壁に擦りつけられた一方通行はミンチになって消失してしまうだろう。
ヤツはもう追って来ない。
トンネルの上面……地上の都市部を丸ごと破壊し、めくり上げるほどの覚悟があれば追撃は可能だろうが、おそらくそれもない。彼が完全な『悪党』であれば、それも可能だっただろう。だが今の第一位は、哀しいかなそこまでの『方向性』を維持できない。
平たく言えば、自己の目的のために他者を犠牲にできない。
その半端な認識こそ、防衛対象の命を脅かしているというのに。