第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑰

 複数の信号を無視し、交差点を突っ切って、『ドラゴンライダー』はただ突き進む。

 しかし。

 外側のモーターや化学性スプリングが浜面の体を勝手に修正させている感覚はあるし、かと言って外側とぶんされているはまづらの『内側』についても、何かしらの干渉が起こっているのは良く分かる。

 プラスに働いているから良いものの、長時間使用していると『自分というものの中心はどこにあるのか』という意識がほうかいしそうだ。


(……携帯)


 駆動鎧パワードスーツには軍用のベストがかぶせてあり、いくつかの持ち物を携行する事もできるようになっていた。携帯電話もそこに収まっている。

 彼はこの状況で片手をはなしてだいじようかを思案しながら、


(……はんぞうのMAVから送られてくるデータを見ないと、『標的』の位置があくできな)


 心の中でをこぼすより前に、変化はあった。

 映像によって確保されている浜面の視界の隅に、小さなウィンドウが表示されたのだ。言うまでもなく、それは浜面の持っている携帯電話のデータだった。


(どんな方式で転送してんだ!? そもそも俺は何も『操作』してねえぞ!!)


 学園都市製の軍用兵器というのは相変わらず常軌を逸している。この分だと、機械に頭の中をのぞかれているというもうそうもそろそろ笑えなくなる時代が来るのかもしれない。

 その携帯電話のウィンドウだが、空からの遠景はほとんど標的を見失いかけていた。画面の奥でかすかに何かが動いているが、これだけではもう動いているものの形も見分けられない。むしろ、周囲のビルや看板から、ランドマークとなるものを探した方が簡単そうだった。


(半蔵のMAVもそろそろ使い物にならなくなってきた……)


 それだけ距離を離されたという事だ。

 これ以上好きにやらせると、本当にフレメアの命の保証はできなくなってしまう。


(いや)


『待てよ』


 浜面はつぶやき、この高速走行下でわずかに顔を上げた。視界に空を収める。ゴチャゴチャした街中では二〇〇メートル先のものを見つけるのにも苦労するが、大空であれば話は別だ。間に障害物がなく、地平線に隠される事もないため、相当遠くにあるものでも見つけられる。

 フレメアをさらった四足の駆動鎧パワードスーツは見つけられなくても、駆動鎧パワードスーツを追い掛けているものを発見できれば、れんてきに標的の位置も分かる。

 とはいえ、流石さすがに数キロ、したら一〇キロ以上先にあるMAVを見つけようというのではない。駆動鎧パワードスーツで五感を補強されているとはいえ、紙飛行機サイズのMAVを探すのは骨が折れるだろう。

 浜面が追いかけるのは別。

 学園都市最強のは、その気になれば戦闘機を追えると言っていた。


    14


 シルバークロース=アルファは逃走していた。

 本来であれば、この作戦はもう終わっているはずだった。

 標的であるはまづらあげ一方通行アクセラレータは、フレメア=セイヴェルンという共通の保護対象を得てつながった。上層部にとって『看過できないレベルにふくらんだ勢力』と位置づけられた時点で、シルバークロース達の目的はほぼ達成。後は連れ去ったフレメアを『いかにも』な殺し方で装飾すれば、『看過できないレベルに膨らんだ勢力』が、学園都市の暗部や上層部へ具体的にきばく『復讐』という動機も与えられる。

 実際に、彼らが反抗するかどうかは関係ない。

 これは一定以上の量に達した爆薬へ、起爆用の信管を差すようなものだ。相手に爆破する意思があろうがなかろうが、とりあえず爆弾処理はしなくてはならない。結果として、浜面や一方通行アクセラレータといった『卒業生』はちくされる事になる。

 そうなるはずだった。

 にもかかわらず。


 いまだに安全圏への退たいができない?


 四足の駆動鎧パワードスーツは人の形を無視している。よって、視界を確保するための目、レンズは前方だけに取り付けられている訳ではない。

 モデルの至る所に取り付けられたレンズの一つが、追っ手をそくしていた。

 第一位。

 学園都市最強。

 一方通行アクセラレータと呼ばれる、白い影が。


(普通じゃない)


 シルバークロースは速度表示に目をやりながら息をむ。

 時速七五〇キロ。

 ここまで来れば、まともに陸上を走行する車両の限界近くにまで達している。

 それになお追いすがるほどの怪物と言えば、


(航空機クラス)

「あの怪物!! このハイウェイチーターに食らいついてくるだなんて、分かってはいたが予想以上の怪物だぞ!!」


 シルバークロースの視線は、高い。

 二〇メートルほど上方。

 追っ手はその背に四本の竜巻を接続し、文字通り空を切りきながらシルバークロースへと突き進む。


『シルバークロース』

「無理だ。ハイウェイチーターの速度では振り切れない。いくつかの工作車両に心当たりはあるが、それは一度かんぺきに追っ手の目線から外れた際に格納しなければ意味がない!!」


 この駆動鎧パワードスーツは車ではない。地形に合わせて脚を折りたたんだり展開させたりする事で、起伏の激しい段差や極めて細い路地でも走破する事はできる。

 だがそれでも逃げ切れないだろう。

 何しろ相手は人間サイズだ。いかに四足の駆動鎧パワードスーツが様々なすきもぐり込むといっても、流石さすが駆動鎧パワードスーツに通れて人間に通れない、という状況は作りにくい。


「このまま取り返されれば元も子もない。ここで処分するか?」

『敗北を前提に考えるな。自ら迷い込んでどうする』


 くろよるの声は、ごとのように冷静だった。

 実際、そうなのだろう。


一方通行アクセラレータにそれほどの力があれば、最初から全力で行使しなかった。あいつは最初にダンプ型の工作車両に仕掛けてきた時、はまづらの盗難車に同乗していた。理由を考えろ、シルバークロース。こうした状況であいつはな事はしない。そこには必ず理由がある』

「……なるほどな」


 シルバークロースは分厚い駆動鎧パワードスーツの中で、さらにアルマジロのような小型モデルに身を包まれたまま、ほくそ笑む。


「電波障害……トンネルか!!」


 分かってしまえば後は早い。

 四足の駆動鎧パワードスーツを操るシルバークロースは、道路と平行に走っている地下鉄の線路へと飛び下りた。そこはそうおん防止のため、コンクリートで固められた川のように一段低くなっている場所だ。

 当然、その先は街の地下……複数の路線が混じり合い、それこその巣のように広がるトンネル群である。

 くそが、という一方通行アクセラレータくちびるの動きを、四足のレンズは正確にとらえた。

 直後に大空が分厚いコンクリートにおおわれる。

 トンネルの中へと飛び込んだのだ。

 当然、こんなトンネル程度で一方通行アクセラレータすべての動きを封じられる訳ではない。だとすれば、もっと早くに彼は暗殺されていただろう。電波障害は、あくまでも『起きるかもしれない』もの。そして能力についても、『どの程度弱体化するか分からない』ものである。

 しかし、上下左右をコンクリートにおおわれたトンネルの中、時速七〇〇キロオーバーのチェイスの最中にほんの数秒でも能力の制御を失えば、それは死に直結する。壁にこすりつけられた一方通行アクセラレータはミンチになって消失してしまうだろう。

 ヤツはもう追って来ない。

 トンネルの上面……地上の都市部を丸ごとかいし、めくり上げるほどの覚悟があればついげきは可能だろうが、おそらくそれもない。彼が完全な『悪党』であれば、それも可能だっただろう。だが今の第一位は、かなしいかなそこまでの『方向性』を維持できない。

 平たく言えば、自己の目的のために他者をせいにできない。

 その半端な認識こそ、防衛対象の命をおびやかしているというのに。

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