第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑲

『なるほど』


 とつじよ、浜面の耳に聞き慣れない男の声が入って来た。

 通信だ。


こうも私が追い詰められるのかと思ってみれば、答えは簡単だったか。駆動鎧パワードスーツを乗せるための二輪ではなく、二輪を含めた、むしろ二輪を際立たせるための駆動鎧パワードスーツ。人体の関節を超越した設計思想の一つ。……まさか、同系シリーズのモデルをぶつけてくるとはな』


 互いの間で通信ができるのも、そのためか。

 浜面は大型バイクを操りながら、小さく、だがはっきりとつぶやく。


『フレメアを返してもらおうか』

いやだと言ったら?』

『もう一度爆発を起こす』


 補助ブースターを片方失い、バランスの崩れつつある『ドラゴンライダー』だが、四足の駆動鎧パワードスーツの方がダメージは大きく、速度もせいにされている。この分なら逃げ切られる可能性はもうない。

 一方、シルバークロースはわずかに笑い、


『大事な人質はこちらの手にある。勝敗条件を握られている事には自覚はあるか?』

『アンタはフレメアに手は出せない』


 しかし、はまづらはきっぱりと否定した。


『それは自動車でも戦車でもなく、駆動鎧パワードスーツだからだ。どういう分配をしているかは知らないが、アンタの一挙手一投足は駆動鎧パワードスーツの動きに直結してる。機内で余計な動きをすれば、それは外にもフィードバックされるぞ。本当にフレメアに危害を加えたいなら、アンタは一度駆動鎧パワードスーツを止めて、外に出なければならない。今だって、フレメアの動きをフィードバックさせないために、何らかの方法で意識を奪っているはずだ。違うか?』


 論理は浜面のものだが、それを支える根拠は別物だ。

 浜面が『こうしよう』と表層的に考えるまでもなく、もっと心の深い部分を読み取って、機械の方が勝手にオフラインデータベース内の情報をけんさくし、必要なデータを浜面の知識として脳へ突っ込んでいる。

 これがすらすらと出てくる事、これが正しいと自信を持って言える事にぶるいする状況だが、今は細かい事を気にしている状況ではない。


『そうだな』


 シルバークロースは短く答える。

 とはいえ、ここで素直にフレメアが返ってくるとは思えなかった。必ず何か次の一手が来る。浜面はそう思い、全方向へ神経をとがらせていく。内部でどういう仕組みが働いているかは不明だが、おそらく機械の方でもそれをさらに修正・増幅させている事だろう。


『確かにこの状況はおいしくない。不都合だ。なら、多少の段取りは変更してでも、私は私の身の安全を保障させてもらおうか。……「ヤツら」の事もあるし、ここで私達「新入生」が消耗する訳にもいかないからな』


 だが、


『つまり、だ。簡単に言わせてもらおう。ここは逃げるよ、どんな手を使ってでも。幸い、このライフアーマーにはそれを実現するだけの耐久性はあるからな』



 直後。

 四足の前面ハッチが開き、アルマジロのような小型駆動鎧パワードスーツがトンネルへ飛び出した。

 四足の内部にフレメアを残したまま。

 時速五〇〇キロを超えるもうれつな速度を維持したまま。



『こ、の……野郎!!』


 はまづらは叫んだが、すでにその時にはアルマジロは体を大きく丸め、しようげきを吸収させながら後方へと流れて行った後だった。

 そして走行中の四足の分厚い前面ハッチが、再び閉じてしまう。

 操縦者がいなくなれば、この駆動鎧パワードスーツはいずれどこかで致命的な大事故を巻き起こす。


『私を気にしている場合か? 彼女の意志を尊重して即席の「チップ」も取り外した。だがそのハイウェイチーターは二本腕と二本脚ではない。彼女に正確なコントロールはできないだろう』


 ようは、わざとフレメアに恐怖を抱かせるためにかくせいさせたのだ。せせら笑うように、通信だけが届いてきた。


一方通行アクセラレータと浜面あげつなげるラインを手放すのは多少心配だが、ここで決定的な死が訪れれば「確定」となる。多少順序は変わったが、やはりこれで、お前達「卒業生」は上層部から標的として扱われる事になるだろう』

『くそっ!!』


 アルマジロを気にしていても仕方がない。

 今は一刻も早く四足の前面ハッチをこじ開け、フレメアを救出しなければならない。

 どういうモニタをしているのか、ここで再び整備員から声をかけられた。


『そのモデルの腕力はあくまでも操縦用だ。前面ハッチをこじ開けるほどの出力はない』

『ならどうしろってんだ!! このまま見送れっていうのか!?』

『削り取れ』


 整備員の言葉は短く、そして的確だった。

 浜面の知識や経験を補強しているコンピュータよりも。


『四足はトンネルの壁面に押し付けられているだろう。モデルを押して斜めにし、前面ハッチの端を接触させたら、その状態を維持し続けろ。壁からはなれそうになったらりでも入れてやれ。ハッチをふさぐボルトがタングステン合金だとしても、その状態を維持し続ければ七キロほどで削り取れる』

『……ッ!!』


 浜面は改めて『ドラゴンライダー』のスロットルを調整し、相対速度を合わせて指示に従う。シルバークロースがいなくなった後の四足は、元々『滑って移動』する性質も手伝って、斜めにするのは簡単だったし、その状態でも前進を続けた。

 こうしている今も四足はトンネルの壁に接触し続けていた。金属をこすいやな音をさくれつさせ、帯のようにオレンジ色の火花を散らしているが、そのバランスを維持させている四本の脚の調子がおかしい。ガコガコと不自然に上下させ始めている。


(地形の凹凸に対応できなくなってきているのか)


 ガコンッ!! と駆動鎧パワードスーツが大きく揺れた。

 操縦者のいなくなった四足が、わずかな勢いに流されるように、壁からはなれようとする。

 はまづらは『ドラゴンライダー』にまたがったまま、片足を思い切り四足の胴体へたたきつけた。足の裏で押しやるように、もう一度その巨体をトンネルの壁の方へこすりつけさせる。

 ガリガリガリギャリギャリ!!!!!! とすさまじい音がいつまでも続いた。

 いける。

 根拠もなく、いや外部から与えられた知識によって浜面は確信する。

 四足の前面ハッチをふさぐボルトは、もうすぐ削り取られる。そうすれば内部に閉じ込められているフレメアを救出できる。

 だが、そこで異変が起きた。

 先ほどの補助ブースターの爆発に巻き込まれた四足の一本が、いきなりガクンと沈んだのだ。肩の関節が外れたような感じだった。大きな爆発と、壁に接触し続ける事で発生する振動にさらされ続けた結果、内部の機構に重大な損傷が発生したのだろう。

 バランスが大きく崩れる。

 浜面の力だけでは支えられなくなる。

 共倒れになる事をけるため、『ドラゴンライダー』を一度わずかに離した直後、四足の右前脚と後ろ脚の間接が壊れ、地面に引きずられた。脚のせんたんをどこにも触れさせないまま、地面に大量の火花を散らせて四足はそれでも突き進む。

 速度が落ちるのなら、それはそれで喜ぶべき事だ。

 脚の先端がどこにも触れていないのなら、その分だけ減速する。四足が完全に止まらなくても、壁にぶつけても問題ない速さになれば、フレメアは安全に保護できる。

 ところが、


うそだろおい……ッ!!)


 浜面の見ている前で、あれだけ頑丈だった前面ハッチが不自然に揺れる。カタカタという振動は、装甲が削り取られ、太いボルトが今にも折れそうになっている様をによじつに伝えていた。

 このままでは開く。

 フレメア=セイヴェルンが放り出される。

 ようやく減速を始めたとはいえ、いまだに時速三、四〇〇キロを維持した状態で。

 生身の人間が転がされれば、大根おろしのようにすりつぶされてしまうのは確実だ。


『ふ、ざけん、な!!』


 浜面は叫ぶと、今一度『ドラゴンライダー』のスロットルを一気に開放させる。

 フレメアを助けるためには、四足に直接乗り移るしかない。

 浜面は『ドラゴンライダー』をガタガタ揺れる四足の右前脚へ近づける。その手で脚の装甲をつかむと、シートからゆっくりと腰を上げた。

 乗り移れば、当然『ドラゴンライダー』のバイクを失う。

 いつしゆん迷ったが、はまづらは決断した。

 両手で四足の脚を摑み、両足を完全にバイクから四足に移し、浜面は高速移動を続ける駆動鎧パワードスーツにしがみつく。

刊行シリーズ

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