乗り手を失ったバイクは横転し、四足の壊れた右後ろ脚と地面の間に挟まった。オレンジ色の凄まじい火花が吐き出される。
浜面は右前脚から、装甲を伝って移動する。
前面へ。
四足の内部へ唯一繫がる場所へ。
(間に合え……)
浜面はハッチの取っ手を強引に摑む。
本来であれば絶対に開かない。
だが、今はそれを塞ぐ太いボルトそのものが折れかかっている。
『開けよちくしょう!!』
着ているスーツに全ての力を注ぐと、四足の内部で何かが折れる音が聞こえた。
前面のハッチが大きく開く。
そのままでは、フレメアはトンネルの地面へ転がり落ちていただろう。
だがハッチの前で構えていた浜面は、片手でその小さな体を抱き留める。
たった三〇分ほどの別離。
しかし、浜面は再会に全身の力が抜けるほどの安堵を感じた。
「……っ!? な、何!! 大体……っ!?」
もっとも、顔が見えていないせいで当のフレメアには不審人物扱いされているようだったが。
(……とりあえず、フレメアが落ちるのは避けられた。後は四足が止まるまでしがみついていれば……)
そこで、新たな問題が出てきた。
四足の速度を生み出しているプロペラを回すエンジンから、黒煙が噴き上がったのだ。
爆発や、その後の振動の影響が出てきたのか。
それとも、自爆する機能でもあるのか。
とにかく、吹き飛ぶ可能性が出てきた以上、のんびり速度が落ちるのを待っていられない。
『くそったれ……』
だが、今も四足は時速三、四〇〇キロは出している。
『ドラゴンライダー』用のスーツなら耐えられるかもしれないが、フレメアは助からない。一緒になって地面を転がれば、彼女はすり潰されてしまう。
『どうすりゃ良いんだ、ちくしょう!!』
16
一方通行は地下鉄トンネルの入口で『着地』していた。
ほんの数分前まで、彼は地面に足を着けていなかった。背中から四本の竜巻を生み、その力を利用して猛烈な速度で飛行していたのだ。
だが電波障害の強いトンネル内部で、その力を発揮する事はできない。
失った時間は数分だが、あの駆動鎧の速度を考えれば、そのロスはとても大きい。
(これがトンネルである以上、ヤツは必ずどこかから出てくる。だが候補が多すぎる。複数の路線が共用で使っているこのトンネルなら、その気になれば街の隅々まで移動できる)
一方通行の速度と道順を無視して最短コースを進める『飛行』があれば、闇雲に全ての候補を回る、という選択肢もある。だがバッテリーの消耗は避けられない。そして、フレメア=セイヴェルンを取り巻く環境の中で、彼の能力が最大の切り札として機能する。目先の問題だけで使い果たしてしまっては、最後の最後で生死を悪い方向へ分けてしまう可能性も否定できなくなる。
しばし考え、一方通行は携帯電話を取り出した。
かける相手は番外個体だ。
「あのガキはどォなった?」
『開口一番がそれかね親御さん。一応マンションまで帰しておいた。今は黄泉川とかっていう家主さんにあれこれ質問されている最中』
黄泉川は街の治安を司る警備員で、マニュアル以外でも動くタイプの人間だ。ひょっとしたら、『闇』の情報規制の中で、独自に問題の片鱗を摑んでいるのかもしれない。
「『新入生』の影はあったか?」
『四人組がツーセット。でもありゃ主力って感じじゃないねえ。おそらく見張り。あなたが必要以上に頑張っちゃって作戦に支障が出始めたら、標的をさらって心理戦に持ち込もうとしていたんじゃない? 適当に潰しておいたけど』
「周囲にセンサーとカメラを設置して、退路を複数用意した上で現状維持。下手に隠れ家に移動しよォとすれば逆に移動中を狙われるし、そもそも黄泉川に勘付かれると厄介だ。例のツーセット、まだ生きてるなら刃物で脅せ。定時連絡は『異常なし』で押し通させろ」
『用件はそれだけ? っつか、全部済ませちゃってるよ。ツーセットは物陰で縛って無線機と遠隔トラップを口元に置いてある状態だしね。ミサカ、こう見えて夏休みの宿題は早めに済ませるタイプなの』
冗談は無視して一方通行は告げる。
「……どォにかして、黄泉川達には気づかれないよォに、地下鉄第三共用トンネルの情報を片っ端から探れ。フレメア=セイヴェルンってガキをさらった駆動鎧が内部を走っているはずだ。どこの出口から出てくるかを知りたい」
『どうにかねえ。それってどのレベルまで? ぶん殴って気絶させるのもありな方向?』
「……、」
『オウ、沈黙で語るのはなしにしようよ親御さん。分かった分かりました、平和的に煙に巻いておきますよ』
番外個体は、ニヤニヤ笑いが目に浮かぶような、緊張感のない声で言う。
『しかしまぁ、「出口から出てくる」のを素直に待っていて大丈夫なのかね。ミサカ達のいる「闇」ってのが容赦ないのは分かっているはずだよね。トンネル内で血みどろの「決着」がつくって可能性もあるんじゃない?』
「一〇〇%完璧な対応なンざ、どンな人間にもできねェ。そもそも、今の俺が闇雲にトンネルの中に飛び込ンでも失敗する確率の方が高い」
それに、と一方通行は呟いて、
「俺の後に、別口の駆動鎧とバイクがトンネルに飛び込ンでいった。予想通りの人物なら、クソ野郎がフレメアに手を出す暇を与えないよォに努力するだろ」
『おやまあ、他人の力をあてにするなんて珍しい』
番外個体は皮肉げな言葉を発する。
『ただそれなら、そいつに直接トンネル内の状況を教えてもらった方が早いかもしれないね』
「番号を交換するとでも思うか?」
『交換しなくても番号を入手できれば良い』
「それだけに集中するな。トンネル内だから電波が届かないって事もありえる。常に複数の情報源を確保しろ」
『命令するのは勝手だけど、当然あなたも情報収集の努力はするんだろうね?』
最後までギスギスしながら、彼は通話を切る。
暴れ回るだけが戦いではない。
正確な戦況を把握するところから、すでに戦いは始まっている。
17
アルマジロのような装甲の駆動鎧をまとったシルバークロース=アルファは、トンネルの暗闇のはるか向こうから、爆発音が聞こえるのを確認した。
彼はほくそ笑みながら、地下鉄の駅ではなく工事作業員用の出入り口を使って地上へ出る。
当然と言えば当然の事だが、これだけの軍事機密だ。大破し敵側に鹵獲されそうになった際の対策も講じられている。重要な機構や回路は強酸で溶かした上で、さらに燃料を引火させて爆破させる事もできる訳だ。
アルマジロのモニタには四足の損傷度なども表示されるようになっていた。
ジェットエンジンやロケットブースターを備えたあの大型バイクほどではないが、シルバークロースの四足も普通のガソリンで駆動するものではない。そして、その燃料は完全に『引火』を示していた。
おそらく原形も留めていない。
まともに機能する回路はごくわずかで、それらも鹵獲防止のための処理待ちのアイコンが並んでいた。
(終わったな)
シルバークロースは率直に感想を漏らす。
(フレメア=セイヴェルンと共に浜面仕上が死亡したかどうか、それだけが気になる。仮にここで両者とも死亡してしまうと、一方通行が再び『即時解体するほどの必要性のないサイズの脅威』とみなされかねない。……『アイテム』回りの麦野や絹旗を焚きつけて、一方通行と接触させるのが安全か)
結果を報告するため、黒夜海鳥への通信回線を開こうとするシルバークロース。
そこで、彼の動きがピタリと止まった。
目撃したのだ。