第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ⑳

 乗り手を失ったバイクは横転し、四足のこわれた右後ろ脚と地面の間に挟まった。オレンジ色のすさまじい火花がき出される。

 浜面は右前脚から、装甲を伝って移動する。

 前面へ。

 四足の内部へ唯一つながる場所へ。


(間に合え……)


 浜面はハッチの取っ手を強引に摑む。

 本来であれば絶対に開かない。

 だが、今はそれをふさぐ太いボルトそのものが折れかかっている。


『開けよちくしょう!!』


 着ているスーツにすべての力を注ぐと、四足の内部で何かが折れる音が聞こえた。

 前面のハッチが大きく開く。

 そのままでは、フレメアはトンネルの地面へ転がり落ちていただろう。

 だがハッチの前で構えていた浜面は、片手でその小さな体を抱き留める。

 たった三〇分ほどのべつ

 しかし、浜面は再会に全身の力が抜けるほどのあんを感じた。


「……っ!? な、何!! 大体……っ!?」


 もっとも、顔が見えていないせいで当のフレメアには不審人物扱いされているようだったが。


(……とりあえず、フレメアが落ちるのはけられた。後は四足が止まるまでしがみついていれば……)


 そこで、新たな問題が出てきた。

 四足の速度を生み出しているプロペラを回すエンジンから、黒煙が噴き上がったのだ。

 爆発や、その後の振動のえいきようが出てきたのか。

 それとも、自爆する機能でもあるのか。

 とにかく、吹き飛ぶ可能性が出てきた以上、のんびり速度が落ちるのを待っていられない。


『くそったれ……』


 だが、今も四足は時速三、四〇〇キロは出している。


『ドラゴンライダー』用のスーツなら耐えられるかもしれないが、フレメアは助からない。いつしよになって地面を転がれば、彼女はすりつぶされてしまう。


『どうすりゃ良いんだ、ちくしょう!!』


    16


 一方通行アクセラレータは地下鉄トンネルの入口で『着地』していた。

 ほんの数分前まで、彼は地面に足を着けていなかった。背中から四本の竜巻を生み、その力を利用してもうれつな速度で飛行していたのだ。

 だが電波障害の強いトンネル内部で、その力を発揮する事はできない。

 失った時間は数分だが、あの駆動鎧パワードスーツの速度を考えれば、そのロスはとても大きい。


(これがトンネルである以上、ヤツは必ずどこかから出てくる。だが候補が多すぎる。複数の路線が共用で使っているこのトンネルなら、その気になれば街の隅々まで移動できる)


 一方通行アクセラレータの速度と道順を無視して最短コースを進める『飛行』があれば、やみくもすべての候補を回る、というせんたくもある。だがバッテリーの消耗はけられない。そして、フレメア=セイヴェルンを取り巻く環境の中で、彼の能力が最大の切り札として機能する。目先の問題だけで使い果たしてしまっては、最後の最後で生死を悪い方向へ分けてしまう可能性も否定できなくなる。

 しばし考え、一方通行アクセラレータは携帯電話を取り出した。

 かける相手は番外個体ミサカワーストだ。


「あのガキはどォなった?」

『開口一番がそれかね親御さん。一応マンションまで帰しておいた。今はかわとかっていう家主さんにあれこれ質問されている最中』


 黄泉川は街の治安をつかさど警備員アンチスキルで、マニュアル以外でも動くタイプの人間だ。ひょっとしたら、『闇』の情報規制の中で、独自に問題のへんりんつかんでいるのかもしれない。


「『新入生』の影はあったか?」

『四人組がツーセット。でもありゃ主力って感じじゃないねえ。おそらく見張り。あなたが必要以上に頑張っちゃって作戦に支障が出始めたら、標的をさらって心理戦に持ち込もうとしていたんじゃない? 適当につぶしておいたけど』

「周囲にセンサーとカメラを設置して、退路を複数用意した上で現状維持。に隠れ家に移動しよォとすれば逆に移動中をねらわれるし、そもそも黄泉川にかんかれるとやつかいだ。例のツーセット、まだ生きてるなら刃物でおどせ。定時連絡は『異常なし』で押し通させろ」

『用件はそれだけ? っつか、全部済ませちゃってるよ。ツーセットは物陰でしばって無線機とえんかくトラップを口元に置いてある状態だしね。ミサカ、こう見えて夏休みの宿題は早めに済ませるタイプなの』


 冗談は無視して一方通行アクセラレータは告げる。


「……どォにかして、かわ達には気づかれないよォに、地下鉄第三共用トンネルの情報を片っぱしから探れ。フレメア=セイヴェルンってガキをさらった駆動鎧パワードスーツが内部を走っているはずだ。どこの出口から出てくるかを知りたい」

『どうにかねえ。それってどのレベルまで? ぶんなぐって気絶させるのもありな方向?』

「……、」

『オウ、ちんもくで語るのはなしにしようよ親御さん。分かった分かりました、平和的にけむに巻いておきますよ』


 番外個体ミサカワーストは、ニヤニヤ笑いが目に浮かぶような、きんちようかんのない声で言う。


『しかしまぁ、「出口から出てくる」のを素直に待っていてだいじようなのかね。ミサカ達のいる「やみ」ってのがようしやないのは分かっているはずだよね。トンネル内で血みどろの「決着」がつくって可能性もあるんじゃない?』

「一〇〇%かんぺきな対応なンざ、どンな人間にもできねェ。そもそも、今の俺が闇雲にトンネルの中に飛び込ンでも失敗する確率の方が高い」


 それに、と一方通行アクセラレータつぶやいて、


「俺の後に、別口の駆動鎧パワードスーツとバイクがトンネルに飛び込ンでいった。予想通りの人物なら、クソ野郎がフレメアに手を出すひまを与えないよォに努力するだろ」

『おやまあ、他人の力をあてにするなんてめずらしい』


 番外個体ミサカワーストは皮肉げな言葉を発する。


『ただそれなら、そいつに直接トンネル内の状況を教えてもらった方が早いかもしれないね』

「番号を交換するとでも思うか?」

『交換しなくても番号を入手できれば良い』

「それだけに集中するな。トンネル内だから電波が届かないって事もありえる。常に複数の情報源を確保しろ」

『命令するのは勝手だけど、当然あなたも情報収集の努力はするんだろうね?』


 最後までギスギスしながら、彼は通話を切る。

 暴れ回るだけが戦いではない。

 正確な戦況をあくするところから、すでに戦いは始まっている。


    17


 アルマジロのような装甲の駆動鎧パワードスーツをまとったシルバークロース=アルファは、トンネルの暗闇のはるか向こうから、爆発音が聞こえるのを確認した。

 彼はほくそ笑みながら、地下鉄の駅ではなく工事作業員用の出入り口を使って地上へ出る。

 当然と言えば当然の事だが、これだけの軍事機密だ。大破し敵側にかくされそうになった際の対策も講じられている。重要な機構や回路は強酸で溶かした上で、さらに燃料を引火させて爆破させる事もできる訳だ。

 アルマジロのモニタには四足の損傷度なども表示されるようになっていた。

 ジェットエンジンやロケットブースターを備えたあの大型バイクほどではないが、シルバークロースの四足も普通のガソリンで駆動するものではない。そして、その燃料は完全に『引火』を示していた。

 おそらく原形もとどめていない。

 まともに機能する回路はごくわずかで、それらもかく防止のための処理待ちのアイコンが並んでいた。


(終わったな)


 シルバークロースは率直に感想をらす。


(フレメア=セイヴェルンと共にはまづらあげが死亡したかどうか、それだけが気になる。仮にここで両者とも死亡してしまうと、一方通行アクセラレータが再び『即時解体するほどの必要性のないサイズのきよう』とみなされかねない。……『アイテム』回りのむぎきぬはたきつけて、一方通行アクセラレータと接触させるのが安全か)


 結果を報告するため、くろよるうみどりへの通信回線を開こうとするシルバークロース。

 そこで、彼の動きがピタリと止まった。

 もくげきしたのだ。

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