第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ㉒

 追うのは簡単だった。


『ドラゴンライダー』のバイクは失われたが、それでも生身の体よりは駆動鎧パワードスーツの方が格段に動きやすい。はまづらは地下鉄のトンネルの中を走っていた。自らのを動かす分スタミナの消耗はけられないが、二本の足を動かす事で法定速度の自動車を超える速度をたたき出せるというのは、やはりメリットとして数えるべき事柄だろう。


 捜すのは簡単だった。


 駆動鎧パワードスーツからのデータを借りて電子的な『あみ』を張り、シルバークロースはそれに引っ掛かった。きよはそれほどでもない。機械の力で増幅された浜面の足なら、すぐにでも追いつける程度のものでしかない。


 動きを読むのは簡単だった。


 この時点でシルバークロースの取れる選択肢は二つ。

 その内の一つは、一刻も早く逃走して仲間と合流し、もっと強力な駆動鎧パワードスーツに乗り換える事。だがこれは使えない。駆動鎧パワードスーツの最大のウィークポイントは、その乗り換えを行うしゆんかんなのだ。いつ浜面に追い着かれるか分からない状態で、みすみす移動式の『拠点』と接触するとは思えない。

 よって、シルバークロースが選ぶのはもう一つ。

 乗り換えをあきらめ、現状のアルマジロのまま、一刻も早くフレメア=セイヴェルンを確保する事。浜面や一方通行アクセラレータけんせいするためにフレメアの命が使えるのは自明の理。そしてシルバークロースは監視カメラを使って『駆動鎧パワードスーツの浜面から生身のはんぞう達へ』フレメアが手渡された瞬間をもくげきしている。さらに『遠くはなれたシルバークロースを追うため』はんぞう達と別れた事も知っている。

 これが最後のチャンスだと思うに違いない。

 意図的に行き違いの状況を作り出し、無防備な半蔵をしゆうげきしてフレメア=セイヴェルンをさらう事ができれば、再び状況を逆転させられる、と。

 よって。


 逆に奇襲を仕掛けるのは簡単だった。


 一刻も早くフレメアを再確保したいシルバークロースは絶対にもう一度トンネルを使う。その上でわざとはまづらと行き違いになる状況を作りたがっているため、最短コースをストレートに進んでくる事はない。

 そこをかいした上で、なおかつできるだけ早くフレメアを再確保するためのコース。

 二番手。

 割り出しさえ終われば、後はアルマジロをまとったシルバークロースを待つだけで良い。


 ゴバッ!!!!!! と。

 物陰からちようやくした浜面の飛びりが、アルマジロの背中へ砲弾のように突き刺さる。


 ぜた。

 ごうおんと共にアルマジロの体がトンネルの地面にたたきつけられ、さらに五、六回もバウンドした。ゆるやかに曲がる壁面に激突し、その体をようやく止めたモデルはゆっくりと起き上がる。

 奇襲には成功したが、浜面は内心であせりを感じていた。


(……ベストのタイミングで、全体重を乗せて、ノーガードの相手に叩き込んだのにまだ動くかよ。こいつ、なまはんな硬さじゃねえぞ)


 あのアルマジロは、時速五〇〇キロオーバーで走行する四足からちゆうちよなく飛び降り、その後も通常通りのスペックを維持している。搭乗者の命を守る事に関しては折り紙つきなのだろう。装甲の方も、単純に硬い感じではなかった。何かしらの電子制御でしようげきを逃がす機構でもあるのかもしれない。


『表側』の技術の結晶である、警備員アンチスキル用大型けいバイクから派生した『ドラゴンライダー』の搭乗用スーツ。


『暗部』の技術の結晶である、シルバークロースのコレクションの一つ。

 両者は互いを打ち倒すべく、正面からにらみ合う。

 搭乗用スーツとアルマジロは、共に言葉を交わさなかった。

 その前に、すでに一歩がみ出されていた。

 互いのこぶしが交差する。

 ガッシィ!! というきしんだ音がひびいた。

 生身の肉体がぶつかる音とは違う。だがそれは、駆動鎧パワードスーツの装甲同士がしようとつしたから、という単純な理由でもない。

 シルバークロースの放った拳を、はまづらの右手がいなしたのだ。

 ちょうど手首とひじの間、下腕の辺りを外側からたたく格好で、拳の軌道を強引に曲げたのである。

 返す刀で、浜面の左拳が飛ぶ。

 下から上へ突き上げるようなアッパーカット。

 これをアルマジロは肩をわざと拳へ叩きつける形で、被害を最小に食い止める。

 当然、これらは浜面あげの技術ではない。

 おそらくシルバークロースの技術でもない。

 駆動鎧パワードスーツに組み込まれたコンピュータによる知識や技術のけんさくと補強。それを最大限に利用した今、彼らは並のショットガンよりもきようじんな拳に対し、先を読み、軌道を計算し、いなし、次の手を放つといった一連の動きを実行できる。それも、一秒間に三つ以上のアクションをこなす速度で。

 浜面の拳は、モーターや化学性スプリングが運動量やそのベクトルを修正する事で、銃器に等しいかいりよくを生み出す。

 シルバークロースも『人間の動きを補強する機械』を操っているのではなく、『人の形をした兵器』に操られる事で最適の破壊力を生み出そうとしているのだろう。

 ガガガガガッガツッガツガツ!! という硬いごうおんと火花が何度も散った。


(……単に硬い装甲同士をぶつけ合っても仕方がねえ。そこは元々『何があっても破壊されないように』設計されてんだ。真正面から抜こうとしても時間をにするだけ)


 不良少年の拳を自動車のドアに風穴が空くレベルにまで増幅させる駆動鎧パワードスーツを操りながら、浜面はこう考える。


(だが、こいつは戦車でも装甲車でもない。あくまでも肉体の動きに合わせて、運動量を増幅させるための駆動鎧パワードスーツ。だから、その動きを止めるために使える弱点は必ずある)


 つまり、


 外側の硬い駆動鎧パワードスーツではなく、内側の柔らかい人体。


 おそらくセンサー群をつぶすためだろう、顔を集中的にねらってくるアルマジロの拳をえてけず、浜面は巻きつけるように二本の腕で拘束する。

 駆動鎧パワードスーツの腕は単なる機械のアームとは違う。その内部には人間の腕がそのまま収まっている。

 つまり。

 体重とてこの原理を使って、肩とひじ、二ヶ所を同時にへし折れば、内部の人体もいつしよかいする事になる。

 当然、はまづらは関節技になど詳しくない。

 組み伏せる事もせず、立ったまま、警戒する相手の関節を砕く方法など知らない。

 すべては機械の補強。

 トロッコを手で押して、レールの先を眺めるような感覚。

 高速で動くが、他人のような冷静さで相手の腕を砕く。


『がァァああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!』

『柔道とかプロレスはええよな。レフェリーのいない路上のケンカじゃ絶対にやり合いたくないタイプだぜ……ッ!!』


 機械でできた駆動鎧パワードスーツそのものは、いくらでも関節の自由度を調整できる。反対側に折り曲げてもこわれずに済むかもしれない。

 しかし中身の人体は違う。

 そして『人間の動きに合わせて』どうする駆動鎧パワードスーツは、人体の損傷によって命令を送れる組み合わせのパターンが激減する。


(両手足を全部砕く必要はねえ。後は足の一本でもへし折ればこいつは動けなくなる……ッ!!)


 ミシリ、という異様な音が聞こえたのはその時だった。

 砕いたはずの、アルマジロの右腕が不自然に震える。

 まるで何かのモードを切り替えるように。


『なァめるなァァあああああああああああああああああああああああああああ!!』

『ッ!?』


 へし折られ、浜面につかまれたままの右腕を、シルバークロースは左手の力で、肘の所から強引に引きる。

 バランスを崩した浜面の腹へ、シルバークロースは強烈なりをたたき込んだ。

 浜面の背中がコンクリート壁に叩きつけられ、その壁面に細かいれつが走る。


『がッ!?』


 さらに二発。

 三発。


『……ッッッ!!!!!!』

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