追うのは簡単だった。
『ドラゴンライダー』のバイクは失われたが、それでも生身の体よりは駆動鎧の方が格段に動きやすい。浜面は地下鉄のトンネルの中を走っていた。自らの四肢を動かす分スタミナの消耗は避けられないが、二本の足を動かす事で法定速度の自動車を超える速度を叩き出せるというのは、やはりメリットとして数えるべき事柄だろう。
捜すのは簡単だった。
駆動鎧からのデータを借りて電子的な『網』を張り、シルバークロースはそれに引っ掛かった。距離はそれほどでもない。機械の力で増幅された浜面の足なら、すぐにでも追いつける程度のものでしかない。
動きを読むのは簡単だった。
この時点でシルバークロースの取れる選択肢は二つ。
その内の一つは、一刻も早く逃走して仲間と合流し、もっと強力な駆動鎧に乗り換える事。だがこれは使えない。駆動鎧の最大のウィークポイントは、その乗り換えを行う瞬間なのだ。いつ浜面に追い着かれるか分からない状態で、みすみす移動式の『拠点』と接触するとは思えない。
よって、シルバークロースが選ぶのはもう一つ。
乗り換えを諦め、現状のアルマジロのまま、一刻も早くフレメア=セイヴェルンを確保する事。浜面や一方通行を牽制するためにフレメアの命が使えるのは自明の理。そしてシルバークロースは監視カメラを使って『駆動鎧の浜面から生身の半蔵達へ』フレメアが手渡された瞬間を目撃している。さらに『遠く離れたシルバークロースを追うため』半蔵達と別れた事も知っている。
これが最後のチャンスだと思うに違いない。
意図的に行き違いの状況を作り出し、無防備な半蔵を襲撃してフレメア=セイヴェルンをさらう事ができれば、再び状況を逆転させられる、と。
よって。
逆に奇襲を仕掛けるのは簡単だった。
一刻も早くフレメアを再確保したいシルバークロースは絶対にもう一度トンネルを使う。その上でわざと浜面と行き違いになる状況を作りたがっているため、最短コースをストレートに進んでくる事はない。
そこを迂回した上で、なおかつできるだけ早くフレメアを再確保するためのコース。
二番手。
割り出しさえ終われば、後はアルマジロをまとったシルバークロースを待つだけで良い。
ゴバッ!!!!!! と。
物陰から跳躍した浜面の飛び蹴りが、アルマジロの背中へ砲弾のように突き刺さる。
爆ぜた。
轟音と共にアルマジロの体がトンネルの地面に叩きつけられ、さらに五、六回もバウンドした。緩やかに曲がる壁面に激突し、その体をようやく止めたモデルはゆっくりと起き上がる。
奇襲には成功したが、浜面は内心で焦りを感じていた。
(……ベストのタイミングで、全体重を乗せて、ノーガードの相手に叩き込んだのにまだ動くかよ。こいつ、生半可な硬さじゃねえぞ)
あのアルマジロは、時速五〇〇キロオーバーで走行する四足から躊躇なく飛び降り、その後も通常通りのスペックを維持している。搭乗者の命を守る事に関しては折り紙つきなのだろう。装甲の方も、単純に硬い感じではなかった。何かしらの電子制御で衝撃を逃がす機構でもあるのかもしれない。
『表側』の技術の結晶である、警備員用大型警邏バイクから派生した『ドラゴンライダー』の搭乗用スーツ。
『暗部』の技術の結晶である、シルバークロースのコレクションの一つ。
両者は互いを打ち倒すべく、正面から睨み合う。
搭乗用スーツとアルマジロは、共に言葉を交わさなかった。
その前に、すでに一歩が踏み出されていた。
互いの拳が交差する。
ガッシィ!! という軋んだ音が響いた。
生身の肉体がぶつかる音とは違う。だがそれは、駆動鎧の装甲同士が衝突したから、という単純な理由でもない。
シルバークロースの放った拳を、浜面の右手がいなしたのだ。
ちょうど手首と肘の間、下腕の辺りを外側から叩く格好で、拳の軌道を強引に曲げたのである。
返す刀で、浜面の左拳が飛ぶ。
下から上へ突き上げるようなアッパーカット。
これをアルマジロは肩をわざと拳へ叩きつける形で、被害を最小に食い止める。
当然、これらは浜面仕上の技術ではない。
おそらくシルバークロースの技術でもない。
駆動鎧に組み込まれたコンピュータによる知識や技術の検索と補強。それを最大限に利用した今、彼らは並のショットガンよりも強靭な拳に対し、先を読み、軌道を計算し、いなし、次の手を放つといった一連の動きを実行できる。それも、一秒間に三つ以上のアクションをこなす速度で。
浜面の拳は、モーターや化学性スプリングが運動量やそのベクトルを修正する事で、銃器に等しい破壊力を生み出す。
シルバークロースも『人間の動きを補強する機械』を操っているのではなく、『人の形をした兵器』に操られる事で最適の破壊力を生み出そうとしているのだろう。
ガガガガガッガツッガツガツ!! という硬い轟音と火花が何度も散った。
(……単に硬い装甲同士をぶつけ合っても仕方がねえ。そこは元々『何があっても破壊されないように』設計されてんだ。真正面から抜こうとしても時間を無駄にするだけ)
不良少年の拳を自動車のドアに風穴が空くレベルにまで増幅させる駆動鎧を操りながら、浜面はこう考える。
(だが、こいつは戦車でも装甲車でもない。あくまでも肉体の動きに合わせて、運動量を増幅させるための駆動鎧。だから、その動きを止めるために使える弱点は必ずある)
つまり、
外側の硬い駆動鎧ではなく、内側の柔らかい人体。
おそらくセンサー群を潰すためだろう、顔を集中的に狙ってくるアルマジロの拳を敢えて避けず、浜面は巻きつけるように二本の腕で拘束する。
駆動鎧の腕は単なる機械のアームとは違う。その内部には人間の腕がそのまま収まっている。
つまり。
体重とてこの原理を使って、肩と肘、二ヶ所を同時にへし折れば、内部の人体も一緒に破壊する事になる。
当然、浜面は関節技になど詳しくない。
組み伏せる事もせず、立ったまま、警戒する相手の関節を砕く方法など知らない。
全ては機械の補強。
トロッコを手で押して、レールの先を眺めるような感覚。
高速で動く四肢が、他人のような冷静さで相手の腕を砕く。
『がァァああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!』
『柔道とかプロレスは怖ええよな。レフェリーのいない路上のケンカじゃ絶対にやり合いたくないタイプだぜ……ッ!!』
機械でできた駆動鎧そのものは、いくらでも関節の自由度を調整できる。反対側に折り曲げても壊れずに済むかもしれない。
しかし中身の人体は違う。
そして『人間の動きに合わせて』稼動する駆動鎧は、人体の損傷によって命令を送れる組み合わせのパターンが激減する。
(両手足を全部砕く必要はねえ。後は足の一本でもへし折ればこいつは動けなくなる……ッ!!)
ミシリ、という異様な音が聞こえたのはその時だった。
砕いたはずの、アルマジロの右腕が不自然に震える。
まるで何かのモードを切り替えるように。
『なァめるなァァあああああああああああああああああああああああああああ!!』
『ッ!?』
へし折られ、浜面に摑まれたままの右腕を、シルバークロースは左手の力で、肘の所から強引に引き千切る。
バランスを崩した浜面の腹へ、シルバークロースは強烈な蹴りを叩き込んだ。
浜面の背中がコンクリート壁に叩きつけられ、その壁面に細かい亀裂が走る。
『がッ!?』
さらに二発。
三発。
『……ッッッ!!!!!!』