駆動鎧をまとっていても、流石に体内から息が吐き出される。呼吸困難になった浜面はアルマジロの右腕から両手を離した。
尋常じゃない。
あれだけの攻撃は確かに浜面へダメージを与える。だがそれ以上にただでさえ折れている腕を引き千切る激痛の方が大きいだろう。正直、ショックで舌を嚙んでいないのが不思議なぐらいだ。
朦朧とする視線を正面へ投げると、アルマジロに異変があった。
その装甲が、泥のようにグズグズと崩れ始めていたのだ。
『……「中身」を壊した程度で駆動鎧が止まると思うのは間違いだ』
粘性のある黒いオイルのようなものと、帯状のゴムのようなものがしなやかに伸び、地面に落ちた腕を絡め取った。そして切断したはずの腕を、外側から強引に再接続させていく。それは装甲というよりは、もはや艶めかしい凹凸を持つ黒い腕そのものだった。
(……蟹の甲羅と同じ。外殻を使って千切れた腕を繫げてやがる……ッ!?)
素顔と共に、その声がクリアになる。
声色だけなら、鈴を転がすようなと表現できる美声。
「一定の水準を超えた駆動鎧は、結局のところ、サイボーグと同じ本質を得る。人間を外から補強するか、中から補強するか。その違いでしかない」
ずぞぞぞぞぞぞぞ、という水っぽい音と共に、シルバークロースの『外殻』が変質していく。その中身は、長髪で端整な顔の青年だった。その上から、薄汚れたマントのようなものを被せた格好へと変わっていく。
これまでにあった、分厚い装甲で覆われたロボットのような外観ではない。
まさしく、人工的な筋肉だけを外側から無理矢理補強させたような、デザインとして不完全なままシルバークロースの半身を覆う。
化学性スプリングの、その『繊維』が直接蠢いているのが見える。
ある種、艶めかしくさえ映るその凹凸に、『Emergency』というモデル名が赤い文字で表示される。
「故に、人体の破壊に意味はない。それはそのまま外殻によって補強される。手足の骨や筋肉はもちろん、血管損傷による失血、各種内臓の破損や機能停止、それらは全て駆動鎧を経由する事で戦闘は続行される。そして」
ぎちぎちぎち、という歯車の軋むような音が鳴り、マントに覆われた右半身から、先端が鋭く尖った、歪な形の細長い腕が何本も飛び出した。
「脳も」
ぶるり、と浜面は背筋に悪寒が走るのを、確かに感じた。
コンピュータによる、知識や技術の補正。
「……元々、『ヤツら』に対抗するために用意した戦力だ。まともな訳がないだろう?」
どの程度の損傷を『経由』で補えるのかは不明だが、少なくとも生身の殺し合いを超越しているのは間違いない。額に鉛弾を一発撃ち込む程度では、もはや決着はつかないのだ。
「自覚しろ。その上で楽しもうか。……『人間を超える』というのがどれほどおぞましいのかを見せてやる」
実際のところ。
シルバークロースの戦術は、駆動鎧のシルエットを変える前から、アルマジロの右腕をへし折られる前から、散弾銃並の肉弾戦を繰り広げる前から、すでに始まっていた。
一番最初に、奇襲で飛び蹴りを受けたその瞬間から。
結局、経験の差というヤツだろう。シルバークロース=アルファは長期にわたって様々な駆動鎧を操ってきたからこそ、駆動鎧の戦闘にとって重要なのは何か、敵として現れた場合に叩き壊すにはどうすれば良いか、その答えにも心当たりがあった。
要点。
最も重要なポイント。
それは装甲や関節部分などの外装でも、バッテリーやモーターなどの駆動部分でもない。そうした表面的な所よりも、まず最初に掌握しなければならないものがある。
それは、
(コンピュータによる知識や技術の補強、修正)
どんなに強力な拳でも、当たらなければ意味はない。どんなに堅牢な装甲でも、その隙間を潜るように攻撃を放たれれば意味はない。
(私もお前も、戦闘や格闘技のプロという訳ではない。経験のレベルで再調整された思考こそが最適の攻撃パターンを弾き出す。……ならば、補強スクリプトさえ逆算できれば、一〇〇%の精度でクロスカウンターを決める事ができる)
そのため、シルバークロースは戦闘が始まったその瞬間から、カメラのモードをハイスピード対応にさせた上で、常に解析作業を続けていた。目の前の浜面と戦いながら、しかし同時にコンピュータに処理を進めさせていたのだ。
そして結果は弾き出された。
無限の可能性が、有限の選択肢に絞り込まれる。
浜面仕上は当然のように、ほぼ無限に近い自由な攻撃パターンを持つ。だが、その最初の動き、始動の一手目は五パターンしかない。〇・一秒の単位で爆発的に広がる可能性を、事前に潰す。全ての始動に対してクロスカウンターを決められる環境を整えれば、シルバークロースの勝利は確定する。そのために彼は駆動鎧のシルエットを変化させたのだ。先端の尖った歪な形の七本の腕は、浜面の取る全ての行動に対し、腋の装甲の隙間から肺と心臓を正確に貫き、同時に背部のコンピュータを粉砕するために身構えている。
浜面は気づいていない。
だからこそ、シルバークロースを攻撃するために最後の一歩を踏み込んでしまう。
それが自らの胸へ尖った先端を突き刺す事に繫がるとも知らず。
(……破壊力の追求、その弊害か)
可能性という檻。
袋小路の未来。
(整えられた死へ向かえ、無能力者!!)
鈍い音が炸裂した。
駆動鎧の関節部分の隙間から潜り込み、その内部の人体まで叩き壊す、鈍い音が。
その瞬間。
鋭く尖った七本のアームは、確かに始動五つの可能性全てを正確に捕捉していた。ありとあらゆる浜面の行動は全て迎撃され、彼の心臓は貫かれ、同時に駆動鎧を操るコンピュータが粉砕される事で、『経由』すら許さない徹底的な死を与えるはずだった。
にも拘らず。
すり抜けた。
七本のアームの照準から外れた。
あらかじめ設定されていた始動五つの選択肢。
そのいずれにも当てはまらない未知の攻撃が、その拳が、凄まじい勢いでシルバークロース=アルファへと突き進んだのだ。
(な……)
息を吞むシルバークロースは、直後に知った。
(こいつ、選択肢の幅から脱するために、最後の最後でコンピュータの補助を切っ)
「……ッ!?」
とっさに七本の腕を振るうが、もう遅い。
そもそも自らが指定した範囲内でのみ、最大の威力を発揮するように配置された兵器だ。その外からやってくる攻撃に対して有効な迎撃を行えるはずがない。
いくつもの尖った先端が、浜面の駆動鎧を浅く裂いた。
だがそこが限界だった。
浜面の動きを止める事はできず、自動車のドアに風穴を空けるほどの拳がシルバークロースへと叩き込まれる。
横から回すように、胴へ直撃する一撃。
バッテリーとコンピュータを束ねた『弱点』が、まともに打ち抜かれる。
同時、軋んだ音を立てて、シルバークロースの全可動部が停止した。最新鋭の兵器が高価な枷に変わった瞬間だ。
「……お、前……」
手足をまともに動かせず、前傾のまま固まったシルバークロースは、かろうじて口だけを動かした。
「……パターンを読んでいた事が、読まれていたとでも言うのか……」
『何、訳の分からねえ事を言ってやがる』
対して、浜面は吐き捨てるように答えた。
本当に、シルバークロースの真意を摑めていないまま。
『単に、俺は気づいただけだ。こいつは自分の手でやらなくちゃならねえって事をな』