第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ㉓

 駆動鎧パワードスーツをまとっていても、流石さすがに体内から息がき出される。呼吸困難になった浜面はアルマジロの右腕から両手をはなした。

 尋常じゃない。

 あれだけのこうげきは確かにはまづらへダメージを与える。だがそれ以上にただでさえ折れている腕を引きる激痛の方が大きいだろう。正直、ショックで舌をんでいないのが不思議なぐらいだ。

 もうろうとする視線を正面へ投げると、アルマジロに異変があった。

 その装甲が、泥のようにグズグズと崩れ始めていたのだ。


『……「中身」を壊した程度で駆動鎧パワードスーツが止まると思うのは間違いだ』


 粘性のある黒いオイルのようなものと、帯状のゴムのようなものがしなやかに伸び、地面に落ちた腕を絡め取った。そして切断したはずの腕を、外側から強引に再接続させていく。それは装甲というよりは、もはやなまめかしい凹凸を持つ黒い腕そのものだった。


(……かにこうと同じ。外殻を使って千切れた腕を繫げてやがる……ッ!?)


 素顔と共に、その声がクリアになる。

 声色だけなら、鈴を転がすようなと表現できる美声。


「一定の水準を超えた駆動鎧パワードスーツは、結局のところ、サイボーグと同じ本質を得る。人間を外から補強するか、中から補強するか。その違いでしかない」


 ずぞぞぞぞぞぞぞ、という水っぽい音と共に、シルバークロースの『外殻』が変質していく。その中身は、長髪でたんせいな顔の青年だった。その上から、うすよごれたマントのようなものをかぶせた格好へと変わっていく。

 これまでにあった、分厚い装甲でおおわれたロボットのような外観ではない。

 まさしく、人工的な筋肉だけを外側から無理矢理補強させたような、デザインとして不完全なままシルバークロースの半身を覆う。

 化学性スプリングの、その『せん』が直接うごめいているのが見える。

 ある種、なまめかしくさえ映るその凹凸に、『Emergencyエマージエンシー』というモデル名が赤い文字で表示される。


ゆえに、人体のかいに意味はない。それはそのまま外殻によって補強される。手足の骨や筋肉はもちろん、血管損傷による失血、各種内臓の破損や機能停止、それらはすべ駆動鎧パワードスーツ経由バイパスする事でせんとうは続行される。そして」


 ぎちぎちぎち、という歯車のきしむような音が鳴り、マントに覆われた右半身から、先端が鋭く尖った、いびつな形の細長い腕が何本も飛び出した。


「脳も」


 ぶるり、と浜面は背筋にかんが走るのを、確かに感じた。

 コンピュータによる、知識や技術の補正。


「……元々、『ヤツら』に対抗するために用意した戦力だ。まともな訳がないだろう?」


 どの程度の損傷を『経由バイパス』で補えるのかは不明だが、少なくとも生身の殺し合いを超越しているのは間違いない。額に鉛弾を一発ち込む程度では、もはや決着はつかないのだ。


「自覚しろ。その上で楽しもうか。……『人間を超える』というのがどれほどおぞましいのかを見せてやる」



 実際のところ。

 シルバークロースの戦術は、駆動鎧パワードスーツのシルエットを変える前から、アルマジロの右腕をへし折られる前から、散弾銃並の肉弾戦をり広げる前から、すでに始まっていた。

 一番最初に、しゆうで飛びりを受けたそのしゆんかんから。

 結局、経験の差というヤツだろう。シルバークロース=アルファは長期にわたって様々な駆動鎧パワードスーツを操ってきたからこそ、駆動鎧パワードスーツの戦闘にとって重要なのは何か、敵として現れた場合にたたこわすにはどうすれば良いか、その答えにも心当たりがあった。

 要点。

 最も重要なポイント。

 それは装甲や関節部分などの外装でも、バッテリーやモーターなどの駆動部分でもない。そうした表面的な所よりも、まず最初にしようあくしなければならないものがある。

 それは、


(コンピュータによる知識や技術の補強、修正)


 どんなに強力なこぶしでも、当たらなければ意味はない。どんなにけんろうな装甲でも、そのすきくぐるようにこうげきを放たれれば意味はない。


(私もお前も、せんとうや格闘技のプロという訳ではない。経験のレベルで再調整された思考こそが最適の攻撃パターンをはじき出す。……ならば、補強スクリプトさえ逆算できれば、一〇〇%の精度でクロスカウンターを決める事ができる)


 そのため、シルバークロースは戦闘が始まったその瞬間から、カメラのモードをハイスピード対応にさせた上で、常に解析作業を続けていた。目の前のはまづらと戦いながら、しかし同時にコンピュータに処理を進めさせていたのだ。

 そして結果は弾き出された。

 無限の可能性が、有限のせんたくに絞り込まれる。

 浜面あげは当然のように、ほぼ無限に近い自由な攻撃パターンを持つ。だが、その最初の動き、始動の一手目は五パターンしかない。〇・一秒の単位で爆発的に広がる可能性を、事前につぶす。すべての始動に対してクロスカウンターを決められる環境を整えれば、シルバークロースの勝利は確定する。そのために彼は駆動鎧パワードスーツのシルエットを変化させたのだ。先端の尖ったいびつな形の七本の腕は、浜面の取る全ての行動に対し、わきの装甲の隙間から肺と心臓を正確に貫き、同時に背部のコンピュータを粉砕するために身構えている。

 はまづらは気づいていない。

 だからこそ、シルバークロースをこうげきするために最後の一歩をみ込んでしまう。

 それが自らの胸へ尖った先端を突き刺す事につながるとも知らず。


(……かいりよくの追求、そのへいがいか)


 可能性というおり

 袋小路の未来。


(整えられた死へ向かえ、!!)



 鈍い音がさくれつした。

 駆動鎧パワードスーツの関節部分のすきからもぐり込み、その内部の人体までたたこわす、鈍い音が。


 そのしゆんかん

 鋭く尖った七本のアームは、確かに始動五つの可能性すべてを正確にそくしていた。ありとあらゆる浜面の行動は全て迎撃され、彼の心臓は貫かれ、同時に駆動鎧パワードスーツを操るコンピュータが粉砕される事で、『経由バイパス』すら許さないてつていてきな死を与えるはずだった。

 にもかかわらず。

 すり抜けた。

 七本のアームの照準から外れた。

 あらかじめ設定されていた始動五つのせんたく

 そのいずれにも当てはまらない未知の攻撃が、そのこぶしが、すさまじい勢いでシルバークロース=アルファへと突き進んだのだ。


(な……)


 息をむシルバークロースは、直後に知った。


(こいつ、選択肢の幅から脱するために、最後の最後でコンピュータの補助を切っ)

「……ッ!?」


 とっさに七本の腕を振るうが、もう遅い。

 そもそも自らが指定した範囲内でのみ、最大の威力を発揮するように配置された兵器だ。その外からやってくる攻撃に対して有効な迎撃を行えるはずがない。

 いくつもの尖った先端が、浜面の駆動鎧パワードスーツを浅くいた。

 だがそこが限界だった。

 浜面の動きを止める事はできず、自動車のドアに風穴を空けるほどの拳がシルバークロースへと叩き込まれる。

 横から回すように、胴へ直撃する一撃。

 バッテリーとコンピュータを束ねた『弱点』が、まともに打ち抜かれる。

 同時、きしんだ音を立てて、シルバークロースの全可動部が停止した。最新鋭の兵器が高価なかせに変わったしゆんかんだ。


「……お、前……」


 手足をまともに動かせず、前傾のまま固まったシルバークロースは、かろうじて口だけを動かした。


「……パターンを読んでいた事が、読まれていたとでも言うのか……」

『何、訳の分からねえ事を言ってやがる』


 対して、はまづらき捨てるように答えた。

 本当に、シルバークロースの真意をつかめていないまま。


『単に、俺は気づいただけだ。こいつは自分の手でやらなくちゃならねえって事をな』

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影