第五章 たとえヒーローにはなれなくても Knight(s). ③

「しっかし、おどろくよォな事か? ヒントは前からあったンだ。例えば脳を損傷した一方通行アクセラレータは外部のネットワークを使って能力の代理演算をさせている訳だし、むすじめあわってヤツは低周波りようを使って精神を安定させていた。……人体一つにこだわる必要なンかない。チカラの制御を人体の外部へ持ち込む技術は仮組みされていた。私のは逆。外から入力するンじゃない。内から出力する部分に人工物を取り込ンだだけだ」


 くろよるうみどりは『手の先からちつやりを生み出す』能力者だ。

 人間の腕は二本しかないから、槍は同時に二本しか生み出せない。

 だったら腕の数を増やせば良い。

 一〇本でも二〇本でも付け加えた上で、槍を一極集中させればこれまで以上のかいりよくを出力できる。


「そして」


 ざわり、という気配がきぬはたを包む。

 ただの機械には生み出せない、人間の持つ特有の『気配』。


「カラダはいくらでも追加できるンだ。『私』っていうものがここにある『これ一つ』だとは限らねェンだよ」


 ビルの屋上を縁取る、四方のはし

 そこから何かがい出してきた。それらはすべて、黒夜に接続されているものと同じ『腕』だった。まるでうごめへびで作ったぼうだいたきだ。数百、数千。その全ての機械の腕が黒夜海鳥という『人体』を形作るパーツであり、『窒素爆槍ボンバーランス』を生み出すための砲台として機能する。


「イルカの中に隠してた腕はマスター……私の体に接続して、アンテナとしても使う。だんはプログラム制御のスレイブは、マスターからの信号を検知して『私の肉体』になる訳だ。スレイブが何であるかは、説明する必要があるかなァ?」


 黒夜は口の中で含むように笑い声をらしながら、告げる。


「さァて、どォするよ絹旗ちゃーン?」

「……ッ!!」

「アンタの防護性は一方通行アクセラレータの『反射』。私のこうげきせい一方通行アクセラレータの『ベクトル制御』に起因する。槍の射程は三メートルだが、互いのベクトルをぶつけ合えば、もっと巨大で、長大で、どォしよォもない破壊力の槍を生み出す事もできるってのは分かってンだよねェ?」


 勝ち目があろうが無かろうが、戦況は常に動く。

 黒夜海鳥は待たなかった。

 絹旗さいあいにも考えている時間はなかった。

 数千もの槍が同時に発射された事で、屋上の大気の構造そのものが大きく変質する。ねじれた槍と化した空気のかたまりが、絹旗の腹に突き刺さった。

 こぶしで一撃決めるどころか、前へみ出す余裕すらなかった。

 屋上全体を縦断するほどのサイズの槍が、絹旗の小柄な体を吹き飛ばす。

 ズッパァァァン!! という、たたみてのひらたたきつけるようなごうおんさくれつした。

 きぬはたの体が数百メートル先にある別のビルの給水タンクにちよくげきし、大量の水が爆風代わりにき散らされた。

 くろよるかいされた給水タンクの詳細を確認しようとしたが、


「ちえー。知らない間に目が悪くなってンなァ。……これも『付け替えた』方が良いのかね。ま、ここからじゃ良く見えねェけど、あの程度じゃギリギリ生きてるかにゃーん?」


 ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ、と大量の『腕』を従えながら、黒夜は次の建物の屋上へ飛ぶため、その縁へと向かう。


「絹旗ちゃンよォ。こっちは一方通行アクセラレータはまづらあげをラインでつないで皆殺しにしようってンだ。何も変わらずに実行しよォとでも思ってンのかな」


 その口調に、絹旗に対する感情は込められていなかった。

 あくまでも一人語り。

 自分が満足するためだけの行為。


「確かに生身じゃむぎみたいなにゃかなわねェが、『道具』使えば話は変わってくるって訳よ。かくとうのチャンピオンだって、戦闘機にゃ勝てねェンだから」


 シルバークロース=アルファの駆動鎧パワードスーツ

 黒夜うみどりのサイボーグ。

 互いに正反対のがいねんから出発していながら、本質では全く同じ水準に達したもの。だからこそ彼女達は手を組み、利害によって『接続』する事を了承した。


「さ・て・とー。この調子でやりますか。本来、シルバークロースのコレクションに浜面達を任せて、私は一方通行アクセラレータの方を当たるべきだが」


 それでいて、片割れが消えても彼女は変わらない。

 絹旗さいあいという防護性をぎ払った時と同じように。

 だからこその悪党。

 揺らがない、という一点においてのみ、上層部からのしんらいを得ているもの。


「面倒せェ。先につぶせる浜面を全力で潰して、それから一方通行アクセラレータをじっくり料理しますか」


 ある意味において、シルバークロースよりもよほどやつかいで。

 ある意味において、とても学園都市らしいと言える怪物が、さらなる追い討ちをかける。


    2


 浜面が地下鉄トンネルから工事作業員用の出入り口を使って地上へ出ると、そこは第一九学区だった。どうやらシルバークロースを追っている間に、第三学区から移動してしまっていたらしい。

 再開発に失敗した学区。居並ぶビルはどこも汚れが目立ち、シャッターが下りている店舗が多い。しかし一方で、真空管や蒸気機関など『すでに市場から見放された技術』をもう一度研究し直す事で、さいせんたん技術の開発につながるのではないか……という考えの元、わざと学区の一つをさびれさせ、古い技術の実験場にさせている、というウワサもある。

 くるわに先導され、はまづらはんぞう、フレメアが駆け込んだ隠れ家は、そうした寂れた街並みの中にいくつもある、廃ビルの一棟だった。

 元はデパートだったのだろう。大きな吹き抜けに、動きを止めたエスカレーターが交差している。商品自体はてつきよされているものの、ほこりかぶったマネキンなどはそのまま放置されている。

 半蔵はいらった調子で、


「出入り口が多すぎる……。今からバリケードで全部埋めるのは不可能だぜ」

「本来は逃げ場の多さを利点に数えていたんですよ」


 ミニ浴衣ゆかたの郭はねたように反論する。


「それより、ここにろうじようするとして、具体的な勝算は? 籠城は基本的に時間かせぎです。それだけで解決するパターンはめずらしい。時間を稼いだ結果、私達にどんな勝算が生まれるんです?」

『……一方通行アクセラレータだ』


 浜面が、絞り出すような声を出した。


『俺達みたいなのにはどうしようもなくても、あの怪物なら、駆動鎧パワードスーツがどれだけ出てきたってぎ払える。時間を稼ぐだけの意義が生まれる。フレメアの命を救ってくれる。どこにいるのか分からねえが、連絡さえ取れればあいつはここまで来る。俺達の事はともかく、フレメアの命を守るだけの理由はあいつにもある』

「浜面!!」


 半蔵が思わずといった調子で叫んだ。


「でも、あいつは、あの怪物は……ッ!!」


 それ以上言う前に、浜面は首を横に振った。

 不良集団であるスキルアウト達があの第一位にかんを抱く理由。あの怪物とこまの間に何があったのか。それをフレメアに聞かせる訳にはいかない。


『今は、フレメアの命が最優先だ』

「……、」


 半蔵はそれきりだまったが、納得はしていないようだった。

 フレメアの不安そうな視線が、浜面、半蔵、郭の三人へ次々と向けられていく。

 郭が半蔵の代わりに話を先へと進めた。


「浜面氏。それで、その第一位との連絡手段はあるんですか?」

『ケータイの番号を交換しているような関係に見えるか』


 浜面は無理矢理に軽い調子で答え、


『ただ、あいつはあいつで独自の情報もうを持っているようだった。そもそも、どうやって事件に介入したか、その最初の一手が全く分からないからな。おそらく街でデカいめ事があれば、あいつは自然とそれをつかむ。この廃ビルが目立つような「何か」をしてやれば良い』

「屋上でき火でもやりますかね」

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