「しっかし、驚くよォな事か? ヒントは前からあったンだ。例えば脳を損傷した一方通行は外部のネットワークを使って能力の代理演算をさせている訳だし、結標淡希ってヤツは低周波治療器を使って精神を安定させていた。……人体一つにこだわる必要なンかない。チカラの制御を人体の外部へ持ち込む技術は仮組みされていた。私のは逆。外から入力するンじゃない。内から出力する部分に人工物を取り込ンだだけだ」
黒夜海鳥は『手の先から窒素の槍を生み出す』能力者だ。
人間の腕は二本しかないから、槍は同時に二本しか生み出せない。
だったら腕の数を増やせば良い。
一〇本でも二〇本でも付け加えた上で、槍を一極集中させればこれまで以上の破壊力を出力できる。
「そして」
ざわり、という気配が絹旗を包む。
ただの機械には生み出せない、人間の持つ特有の『気配』。
「カラダはいくらでも追加できるンだ。『私』っていうものがここにある『これ一つ』だとは限らねェンだよ」
ビルの屋上を縁取る、四方の端。
そこから何かが這い出してきた。それらは全て、黒夜に接続されているものと同じ『腕』だった。まるで蠢く蛇で作った膨大な滝だ。数百、数千。その全ての機械の腕が黒夜海鳥という『人体』を形作るパーツであり、『窒素爆槍』を生み出すための砲台として機能する。
「イルカの中に隠してた腕はマスター……私の体に接続して、アンテナとしても使う。普段はプログラム制御のスレイブは、マスターからの信号を検知して『私の肉体』になる訳だ。スレイブが何であるかは、説明する必要があるかなァ?」
黒夜は口の中で含むように笑い声を洩らしながら、告げる。
「さァて、どォするよ絹旗ちゃーン?」
「……ッ!!」
「アンタの防護性は一方通行の『反射』。私の攻撃性は一方通行の『ベクトル制御』に起因する。槍の射程は三メートルだが、互いのベクトルをぶつけ合えば、もっと巨大で、長大で、どォしよォもない破壊力の槍を生み出す事もできるってのは分かってンだよねェ?」
勝ち目があろうが無かろうが、戦況は常に動く。
黒夜海鳥は待たなかった。
絹旗最愛にも考えている時間はなかった。
数千もの槍が同時に発射された事で、屋上の大気の構造そのものが大きく変質する。ねじれた槍と化した空気の塊が、絹旗の腹に突き刺さった。
拳で一撃決めるどころか、前へ踏み出す余裕すらなかった。
屋上全体を縦断するほどのサイズの槍が、絹旗の小柄な体を吹き飛ばす。
ズッパァァァン!! という、畳に掌を叩きつけるような轟音が炸裂した。
絹旗の体が数百メートル先にある別のビルの給水タンクに直撃し、大量の水が爆風代わりに撒き散らされた。
黒夜は破壊された給水タンクの詳細を確認しようとしたが、
「ちえー。知らない間に目が悪くなってンなァ。……これも『付け替えた』方が良いのかね。ま、ここからじゃ良く見えねェけど、あの程度じゃギリギリ生きてるかにゃーん?」
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ、と大量の『腕』を従えながら、黒夜は次の建物の屋上へ飛ぶため、その縁へと向かう。
「絹旗ちゃンよォ。こっちは一方通行と浜面仕上をラインで繫いで皆殺しにしようってンだ。何も変わらずに実行しよォとでも思ってンのかな」
その口調に、絹旗に対する感情は込められていなかった。
あくまでも一人語り。
自分が満足するためだけの行為。
「確かに生身じゃ麦野みたいな超能力者にゃ敵わねェが、『道具』使えば話は変わってくるって訳よ。格闘技のチャンピオンだって、戦闘機にゃ勝てねェンだから」
シルバークロース=アルファの駆動鎧。
黒夜海鳥のサイボーグ。
互いに正反対の概念から出発していながら、本質では全く同じ水準に達したもの。だからこそ彼女達は手を組み、利害によって『接続』する事を了承した。
「さ・て・とー。この調子でやりますか。本来、シルバークロースのコレクションに浜面達を任せて、私は一方通行の方を当たるべきだが」
それでいて、片割れが消えても彼女は変わらない。
絹旗最愛という防護性を薙ぎ払った時と同じように。
だからこその悪党。
揺らがない、という一点においてのみ、上層部からの信頼を得ているもの。
「面倒臭せェ。先に潰せる浜面を全力で潰して、それから一方通行をじっくり料理しますか」
ある意味において、シルバークロースよりもよほど厄介で。
ある意味において、とても学園都市らしいと言える怪物が、さらなる追い討ちをかける。
2
浜面が地下鉄トンネルから工事作業員用の出入り口を使って地上へ出ると、そこは第一九学区だった。どうやらシルバークロースを追っている間に、第三学区から移動してしまっていたらしい。
再開発に失敗した学区。居並ぶビルはどこも汚れが目立ち、シャッターが下りている店舗が多い。しかし一方で、真空管や蒸気機関など『すでに市場から見放された技術』をもう一度研究し直す事で、最先端技術の開発に繫がるのではないか……という考えの元、わざと学区の一つを寂れさせ、古い技術の実験場にさせている、というウワサもある。
郭に先導され、浜面、半蔵、フレメアが駆け込んだ隠れ家は、そうした寂れた街並みの中にいくつもある、廃ビルの一棟だった。
元はデパートだったのだろう。大きな吹き抜けに、動きを止めたエスカレーターが交差している。商品自体は撤去されているものの、埃の被ったマネキンなどはそのまま放置されている。
半蔵は苛立った調子で、
「出入り口が多すぎる……。今からバリケードで全部埋めるのは不可能だぜ」
「本来は逃げ場の多さを利点に数えていたんですよ」
ミニ浴衣の郭は拗ねたように反論する。
「それより、ここに籠城するとして、具体的な勝算は? 籠城は基本的に時間稼ぎです。それだけで解決するパターンは珍しい。時間を稼いだ結果、私達にどんな勝算が生まれるんです?」
『……一方通行だ』
浜面が、絞り出すような声を出した。
『俺達みたいなのにはどうしようもなくても、あの怪物なら、駆動鎧がどれだけ出てきたって薙ぎ払える。時間を稼ぐだけの意義が生まれる。フレメアの命を救ってくれる。どこにいるのか分からねえが、連絡さえ取れればあいつはここまで来る。俺達の事はともかく、フレメアの命を守るだけの理由はあいつにもある』
「浜面!!」
半蔵が思わずといった調子で叫んだ。
「でも、あいつは、あの怪物は……ッ!!」
それ以上言う前に、浜面は首を横に振った。
不良集団であるスキルアウト達があの第一位に忌避感を抱く理由。あの怪物と駒場の間に何があったのか。それをフレメアに聞かせる訳にはいかない。
『今は、フレメアの命が最優先だ』
「……、」
半蔵はそれきり黙ったが、納得はしていないようだった。
フレメアの不安そうな視線が、浜面、半蔵、郭の三人へ次々と向けられていく。
郭が半蔵の代わりに話を先へと進めた。
「浜面氏。それで、その第一位との連絡手段はあるんですか?」
『ケータイの番号を交換しているような関係に見えるか』
浜面は無理矢理に軽い調子で答え、
『ただ、あいつはあいつで独自の情報網を持っているようだった。そもそも、どうやって事件に介入したか、その最初の一手が全く分からないからな。おそらく街でデカい揉め事があれば、あいつは自然とそれを摑む。この廃ビルが目立つような「何か」をしてやれば良い』
「屋上で焚き火でもやりますかね」