第五章 たとえヒーローにはなれなくても Knight(s). ④

『もう一押し。分かるヤツには分かるサインがあった方が良い』


 はまづらは少し考え、それから自分の着ているスリムな駆動鎧パワードスーツのヘルメットを脱いだ。

 それをくるわに手渡す。


「焚き火の横に置いておいてくれ。衛星をチェックできる立場の人間、あるいはその報告や通信を傍受できる人間ならそれで分かる。……一応、最新鋭の試作型らしいからな」

「了解」


 郭は受け取ったヘルメットをじやつかん興味深そうにで回しながら、


「武器は三階東のコインロッカーの中に一通り。かぎの内部構造は全部付け替えてありますが、浜面氏の腕ならマスターキーはいらないでしょう」

「さんきゅー。それと、巻き込んで済まなかった」

「いやあ、燃えてきますねえ。金や名誉のためじゃない。幼い命一つのために人知れず巨大権力に立ち向かうなんて、もー時代劇の忍者みたいでメチャクチャ生き生きとします!!」

はんぞう

「分かったよ!! どのみち、動かなきゃならねえのはいつしよなんだ。俺だってだまって殺されるつもりはねえ」


 郭は一方通行アクセラレータへサインを送るため屋上へ、浜面と半蔵は武器を拾いに三階東フロアのコインロッカーへ向かう。フレメアは特にする事はないが、一人でいるのが耐えられないのだろう。浜面達の背中をちょこちょこと追いかけてきた。

 コインロッカーは小さなものなら郵便受け二つ分、大きなものは縦一列貫いて清掃用具入れほどのスペースを確保しているものもある。郭の言った通り、鍵は見た目よりも複雑だった。だが複数の針金を使えば開かない事はない。

 一つずつ開けていくと、中から銃器がゴロゴロと出てきた。


「……忍者って感じじゃねえな」

「侍よりは短筒を使っていたはずだがな」


 だが、どれもこれも分厚い装甲で保護された駆動鎧パワードスーツかいできるとは思えなかった。


「これなんかどうだ」


 一番巨大なロッカーには、浜面の背丈よりも巨大なライフルが入っていた。半蔵は銃身に刻まれた刻印をうめくように読み上げる。


「メタルイーターM5……対戦車仕様のフルオートライフルか。元はMXだったが、ストック、グリップを大幅に改良し、水冷の冷却機関を取りつけて、あの戦争で正式に採用されたヤツだ」


 銃器というより、そのまま鈍器にでも使えそうな、凶悪なかたまりだった。


「確かにこれなら駆動鎧パワードスーツにダメージを与えられるかもしれねえが、反動ははんじゃねえぞ。素人しろうとじゃ伏せてっても肩をやられるかもしれない」

「ないよりマシだ」


 ちょっとした辞書に匹敵する大きさのマガジンをいくつか取り出しながら、はまづらは言う。


「敵から一方的になぐられるより、自分のつらを自分で殴った方がまだ悔しくないしな」

「そりゃ言えてる」


 はんぞうの笑い声を聞きながら、浜面はズボンのベルトにけんじゆうを挟み、スリングベルトでサブマシンガンをげ、メタルイーターを肩でかつぐ。持てるだけの銃器で武装した浜面は、かたわらにいる半蔵へ質問した。


「防護はどうする。バリケードでも作るか」

「出入り口の数が多すぎる。それに、相手の出力なら壁をぶち破ってでも侵入できる。今からガラクタを積んでも時間のだな」


 半蔵はくるわから渡されたデパートの図面を広げながら、


「それより、順路の要所を見極めるんだ。内部を通行する際に必ず通るポイントを割り出せば、じゆうげきで足止めできる。……幸いにも、メタルイーターがあるからな」

「向こうは壁を抜けるんだろ」

「水平移動についてはな。だが縦の移動は順路にたよるしかない。階段、エスカレーター、エレベーターシャフト。ポイントの数は限られるし、一度に通行できる駆動鎧パワードスーツの数も決まってる。そこを待ち伏せてげきすれば、ある程度の数は減らせるかもしれねえ」


 フロア内を縦断して郭と合流しようとする浜面達だったが、そこで彼らは元銀行のエリアを発見した。あるものと言えばせいぜいソファとカウンターぐらいか。札束なんてある訳もないし、ATMなどの機材もてつきよされている。

 ただし、撤去する事のできないものが残されていた。

 分厚い壁におおわれた巨大金庫だ。

 浜面と半蔵は顔を見合わせる。


「……どう思う?」

「電気系統は郭が確保してるし、大金庫の非常電源は『大きな箱』の内側にある。一度じようしてしまえば、たとえケーブルを切られたって扉は開かない。俺達が設定した暗証コードを使わない限りはな」


 ただ、と半蔵はわずかに言いよどみ、


「時間をかければ力技でこじ開けられる可能性はゼロじゃあない。そして、中は袋小路だ。こじ開けられたらもう逃げ場はない。……やっぱりできるのは時間かせぎだ。問題の解決じゃない」


 それから、浜面と半蔵はフレメアの方を見た。

 全員で閉じもっても解決にはならない。だが幼い彼女を銃撃戦のど真ん中に置いておく訳にはいかない。敵が真っ先にねらってくるのはフレメアのはずだ。


(最悪……)


 はまづらは、わずかにだまる。

 考える。


(最悪、俺達がみんなここでくたばったとしても、この大金庫さえあれば。フレメアが引きずり出される前に、あの第一位の怪物がやってくるかもしれない)


 いやな想像に、浜面の指先がふるえを発した。どうしようもないき気が込み上げる。だがそれを表に出してはいけない。フレメア=セイヴェルンの前でだけは、そういった感情は隠しておくべきだ。


「良いか、フレメア。お前はこれから金庫の中に隠れるんだ。あそこは扉や壁がとっても分厚いから、どんなヤツが来たってそう簡単にはこじ開けられない。あそこに入ってしまえば安全なんだ。分かるな」

「大体、浜面達はどうするの?」

「俺達はこれから、ちょっと派手なケンカをしてくる。……だいじようさ。フレメアは金庫の中で待っていてくれれば良い。一度あそこに入って、もう一度あの扉が開いたら、ケンカは終わってる。だから心配すんな。必ず、俺達が必ずお前の事を守ってやるから」

「……やだよ」


 ポツリと、フレメアはつぶやいた。

 彼女は一度大きく震えると、浜面の腰に両手を回して抱きついてきた。


「やだよ!! 大体、そんなのうそだって分かるもん! 噓つき!! 私は知ってる。今の浜面みたいな目をした人達がどうなるかを知ってるんだ!!」


 かんしやくを起こしたように、彼女は叫ぶ。

 だがその根底にあるものの重さが違う。

 浜面も知っている。

 フレメア=セイヴェルンの心の中にあったとげの正体を知っている。


こまのお兄ちゃんだって帰って来なかった!! フレンダお姉ちゃんとだってもう連絡もつかない!! 大体みんな、今の浜面みたいな目をしてたもん!! 何かを隠したまま背中を見せて、みんな私の前からいなくなっちゃったもん!!」


 消えていった人達。

 フレメアの過去に、深く、優しく関与していたであろう人達。

 真相を知る立場にないからこそ、フレメアはその影をずっと背負い続けてきた。そして同時に彼女はこうもおびえていたはずだ。自分の大切な人達は、いつまた消えてしまうか分からない。それこそじんに、不条理に、ある日突然。


「やだよ」


 最大の恐怖。

 そのとげが、今のはまづら達がまとっているおんな気配に対し、過敏に反応を示しているのだ。浜面の演技など通用するはずもない。彼女が背負っているものは、そんな程度でごまかせるような軽いものではない。


「もうだれもいなくなっちゃやだ!! それならもう良い!! 大体、私なんかどうなったって良い!! お願いだからやめてよ。もうどこにも行っちゃやだよ!!」


 浜面は、しばらくだまっていた。

 こまとく

 フレンダ=セイヴェルン。

 消えてしまった彼らの事を思い出していた。そして同時に、気づいていた。ひょっとしたら、フレメアが泣かなくても良かった未来もあったのかもしれない事を。どうしてそんな優しい未来が訪れず、今こうして幼い少女が泣き叫んでいるのかを。

 そう。


 全部、浜面が弱かったからだ。


 過去の自分は……いや、今だって浜面あげは最低のクズだ。目の前で起きた問題のすべてを自分の力で解決できるほど強くはない。

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