そして、駒場やフレンダが立ち向かった事件は、いずれも学園都市の深い『闇』が関わっていた。正直、個人の力でどうこうできるレベルを超えていた。だから同じ事件を一万回繰り返しても、やっぱりハッピーエンドになんてできないかもしれない。
だが、浜面仕上はあそこにいた。
駒場利徳とフレンダ=セイヴェルン。彼らが『消えた』その時、当事者として浜面は確かにそこにいたのだ。
全てが終わるまで何も知らされず、何一つ手を貸せる可能性のなかったフレメアと違って、浜面には何かを変えられたかもしれない可能性はあった。たとえ弱くても、惨めでも、情けなくても、たった一つの選択肢で別のものを選んでいれば、彼らは生存できたかもしれなかったのだ。
浜面は奥歯を嚙む。
真にフレメアを傷つけ、怯えさせていたものの正体は、シルバークロース達ではない。その原因の一端には、間違いなく浜面仕上の名前があった。
それでいて、浜面には、本当の意味でフレメアの心の傷を癒す事はできない。『結末』を知っている彼は、優しい奇跡など絶対に起こらない事が分かってしまっている。
最高も、最上も、最善もない。
だが、何もできないと割り切るほどに、彼は冷酷な心を持っていなかった。
(……駒場利徳はもういない。フレンダ=セイヴェルンも絶対に帰っては来ない。この子にとって大切な人達は、ことごとくが俺の目の前で消えていった。それはもう変えようのない事実で、取り戻す事はできない)
探す。
今の自分にできる事を。
全てが終わってしまったその後に、それでもできる事を。
(……だから、これ以上はもう二度と失わせない。フレメア=セイヴェルンがなくしたくないと思うものを、絶対に失わせない。学園都市の『闇』だか上層部だか知らないが、これ以上この子を泣かせるような真似は許さない。誰が相手でも、どんな事があっても)
震えが、止まった。
間近に迫る駆動鎧だろうが暗部の組織だろうが、もう浜面に恐怖を与える事はない。勝てるかどうか、そんな皮算用に興味はない。勝てないのなら勝てる状況を作れば良い。難題はそれを意識した瞬間に解くべき問題に変換される。出題者の考えている通りの模範解答なんて必要ない。屁理屈で構わない。どうせハナから答えられる事など想定されていない出題だ。ご丁寧な解法に付き合う必要なんてない。
「ヘイ」
浜面は長大なメタルイーターM5を一度壁に立て掛けると、身を屈め、フレメアと目線を合わせた。
「良いか、フレメア。お前が大切に想っている駒場のリーダーとかフレンダは、すげえ人達だった。俺にはできない事がいっぱいできた。多分、俺はあの人達みたいな真似はできねえ」
「そんな事ない」
フレメアは首を横に振った。
「浜面は、私の事を見捨てなかったよ。大体、私がさらわれた時も、きちんと助けに来てくれたよ」
「それでもさ」
浜面は一瞬だけ虚を突かれ、しかしフレメアの評価を自ら否定する。
「やっぱり、俺は脇役だ。ああいうスポットライトを浴びて舞台の真ん中に立てるような人間じゃない。多分、駒場のリーダーやフレンダ達だったら、こんな時もぐだぐだ迷っていないで、自分のするべき事をさっさと決断していたと思う。何を捨てて何を取るか、少なくともその選択に迷うようなヤツらじゃなかった。だから、あいつらはすごい人達だったんだ」
美化しているかもしれない。駒場もフレンダも、本当はそんな割り切ってはいなかったのかもしれない。なんだかんだで駒場利徳は不良少年で、フレンダは『アイテム』の仲間を売った。だが、やはり、彼らは迷わなかったはずだ。『死を賭してでも貫きたい何か』があったからこそ、彼らはその結果として自分のやり方を徹底した。
浜面にはできない。
たとえどんな決意があっても、いざ頭に銃口を押し付けられたら絶対に揺らぐ。何かを選ぶにしても、それは常に迷いと躊躇の中にあって、選んだ後もそれが正しかったのかどうか、ぐじぐじ悩むに決まっている。
その程度の人間だ。
決してヒーローにはなれない程度の人間だ。
しかし。
だけど。
「でも、俺はまだここにいる」
次は、浜面がフレメアの虚を突く番だった。
誰もが当たり前のように持っているもの。持っていなければいけないもの。
それを持つ事が許されなかった人達を悼むために、浜面はその当たり前の事実をもう一度自分の口で話す。
今度こそ。
演技ではなく、自分の心の中から出てくる笑みと共に。
「……簡単に『いなくなったり』しねえよ。脇役ってのは往生際が悪い事ぐらいしか取り柄がねえからな。大勢がバッタバッタと倒れていったって、なんだかんだで最後まで立っているもんなのさ」
「本当に?」
恐る恐る、指を伸ばすようにフレメアは言う。
「本当に、浜面はいなくなったりしない?」
「しない」
「約束」
言って、本当にフレメアは小指を立てた。
そんな方法があった事を、浜面はこの瞬間まですっかり忘れていた。
「……そうだな」
若干照れ臭そうに、浜面は自分の小指を伸ばす。
その指を、絡める。
「約束だ」
絡んだ小指は離れ、浜面に肩を押される格好で、フレメアは大金庫の中へと入っていった。浜面が外から巨大な扉を閉めるその瞬間まで、彼女は浜面の目をじっと見ていた。
完全に扉が閉まり、ハンドルを回してロックを掛けると、半蔵が声をかけてきた。
「タングステン合金のボルトが二〇本。後は磁力に、扉の隙間を真空化する機構も備わっている。開閉方式はタイム式。一二時間後までは、どんな操作も受け付けねえ。俺達で設定した暗証コードも、その時間までは入力できない」
「……、」
「銃撃戦が始まりゃあ相当派手なものになる。たとえ第一位の怪物がやってこなくたって、街の治安を守る警備員をごまかしきれない。時間が長期化すればそれだけ隠蔽は難しくなる。だから俺達は作戦通り、できるだけ内部で時間を稼いで……おい浜面。一体どうしたんだ?」
「そんなんじゃ駄目だ」
きっぱりと、浜面は言い切った。
「助けを待つとか時間を稼ぐとか、そんな風に考えていたら消耗するだけだ。確かに一番重要な芯は守れるかもしれない。フレメアは助かるかもしれない。でも大金庫がもう一度開いた時に、俺達の死体があったらあの子はまた泣く。流す必要のない涙で顔をボロボロにしちまう。そんなのは駄目だ。そんなのは俺達の勝ちにはならねえ」
「……なら、どうするんだ」
「必ず勝つ」
メタルイーターM5を肩に担ぎ、不良少年は一秒も間を空けずに即答した。
「俺も、半蔵も、郭ちゃんも、誰一人欠ける事は許さねえ。向かってくる駆動鎧は全部ぶっ壊す。それを裏で操っているヤツらも粉砕する。フレメアは、もう『闇』に関わる必要はねえんだ。元々、そんな理由なんてどこにもなかった。だから、必ずあの子を元いた場所へ帰す。命の危機なんてない、笑っている事が普通の世界へ、必ず」
マジかよ……と半蔵は呻くように呟いた。
対して、浜面はおよび腰の友人を責めたりはせず、
「無理して付き合う必要はないぞ。この中で標的にされているのは、おそらく俺とフレメアだ。お前と郭ちゃんは逃げても、連中は本腰入れて追いかけたりはしない。そして、生き残ってくれればフレメアは笑ってくれる。それでも勝ちは勝ちなんだ」
「逃げても良いとかさ! 本気でそう思ってんなら俺の見てない所でやってくれませんかねさっきのやり取り!! 幼女の涙とか指きりとかほとんど脅迫だろ!!」
「そこで踏み止まれるんだから、やっぱりお前も駒場のリーダーと一緒でさ、脇役の域を超えてるよ」
フレメア=セイヴェルンの涙を止める事。
改めて目的を確認した二人の不良少年は、対戦車ライフルを担いで敵を迎え撃つ。
たとえ、ヒーローにはなれなくても。
浜面仕上は、必ずフレメア=セイヴェルンの笑顔を守ってみせる。