第五章 たとえヒーローにはなれなくても Knight(s). ⑥

    3


 最終防衛ポイントは、三階、元銀行エリアの大金庫。

 必然的に、浜面達はそこへ至るルートへわなを張り、待ち伏せる形で応戦する。


「仕掛け終わりましたよん」


 広大な吹き抜け状の回廊でメタルイーターM5を構える浜面に、近づいてきたくるわはそんな事を言う。


「有線処理だからジャミング仕掛けられても問題なしです」

「ここ三階だろ。大金庫は簡単にこわせなくてもさ、フロアごと崩されたら『四角い箱』が地上に落ちる事にならないか?」

「貸し金庫はデータディスクやこつとうひんも扱うから相当デリケートにできてるはずです。多分、三階全部崩れ落ちても、独立した合金製の柱に支えられて浮かぶんじゃないですかね?」

「来るぞ」


 はんぞうが会話を中断させるように言葉を割り込ませた直後だった。

 ゴドン!! というごうおんと共に、吹き抜けの下、一階部分のフロアへ大量のふんじんが流れ込んできた。


「いきなり壁を抜きやがった!!」

「構えろ浜面。戦うって決めたのはテメェだろ!!」


 じっくりねらっているひまなどなかった。

 粉塵の中から巨大な影が現れた。それは二足歩行の駆動鎧パワードスーツだった。右腕の先は本体よりも巨大なたてと直結していた。盾はあまりにも大きく分厚いため、駆動鎧パワードスーツの出力でも持ち上げられないらしい。下部に車輪がついているのが分かる。盾の中央には穴があり、人間の腕ほどの砲身が飛び出していた。そしてすでに、斜めに傾けられた砲身は回廊にいる浜面達の方へと向けられていた。

 発砲音の連続。

 機関砲は浜面のすぐ横の床を貫き、そこから一気に横へぐようにおそいかかってきた。


「浜面氏!!」


 郭に首の後ろをつかまれるような格好で、強引に引きずられてその場から動く。直後に、人体を狙うというよりは、回廊の床を丸ごと砕いて崩落させるかのような連射が後を追った。崩れる鉄筋コンクリートにかされる形で、浜面、郭、半蔵は回廊を走る。


(何て野郎だ!! やっぱりまともな火力じゃねえ!!)


 走りながら回廊の下へ目をやった浜面は、そこで小柄な駆動鎧パワードスーツがエスカレーターを伝って上へ昇ろうとしているのを見つけた。


くるわちゃん!! 三番のエスカレーターっ!!」

「了解です」


 郭は応じて、ドラムで引いていたケーブルに直結するスイッチの一つを親指で押す。

 何度も折れ曲がるエスカレーターの、各階のフロアとの接続部分が、連続して爆発される。エスカレーターは廃材のたきと化した。早くも二階から三階へ飛び移ろうとしていた小柄な駆動鎧パワードスーツが、滝の勢いにまれて一階へたたきつけられる。

 だが、その程度でかいされる駆動鎧パワードスーツではない。

 はまづらは走りながらも、長大な対戦車ライフルの銃身を振り回した。

 階下に向けてねらいを定め、れきの中でもがいている小柄な駆動鎧パワードスーツの中心を狙って引き金を引く。

 ッッッドン!!!!!! という、すさまじい爆音がさくれつした。

 右肩にものすごいしようげきが走り、あれだけ重く巨大だったメタルイーターM5が真上を向いた。そう思ったが、実際には構えていた浜面の体がそのまま真後ろへ吹き飛ばされていた。首の後ろをつかんでいた郭の手を強引にがし、二メートル以上も転がされる。


「ご……がっ、が……ッ!?」


 肩どころか、首や腰の調子まで疑いたくなるような激痛が、全身を上下に貫く。ロシアではアサルトライフルを手にした事もある浜面だったが、それとは全くけたが違う。そもそも地面にくいか何かで固定してつように設計された銃なのではないだろうか。

 弾が当たったかどうかなど、全く自信がなかった。

 だが激痛にのた打ち回るひまも、階下を悠長に確認する余裕もない。

 こうしている今も、巨大なたてのモデルの掃射は続いている。

 浜面は起き上がる事もできず、倒れたまま転がり続ける事で、砲弾の掃射と崩れ落ちる回廊から逃れていく。

 円柱状の柱の陰へ、三人で飛び込む。

 太い鉄骨が交差する場所だからか、そこだけは砲弾が貫通せずに耐えてくれた。


「クソッ。何だあれ」


 浜面は柱の陰から階下を確認する。

 彼が撃った巨大な弾丸は、確かに小柄な駆動鎧パワードスーツちよくげきしていた。だがおかしい。衝撃で金具のこわれた搭乗部分の分厚いハッチが開いていたのだが、中身がないのだ。無人の内部スペースだけが、ぽっかりと口を開けている。

 爆音が、そんな浜面の思考をさえぎった。

 かたわらのはんぞうが、立てひざのまま小柄な駆動鎧パワードスーツへ追い討ちを仕掛けたのだ。流石さすがにフルオートではないが、彼は一発一発の衝撃を正確に受け流している。

 そして弾丸は、開いたハッチの内側、内部スペースをメチャクチャにかいしていく。今度こそ、無人の駆動鎧パワードスーツの動きがピタリと止まった。


「プログラムで制御されてやがる。おそらく、シルバークロースってヤツのお下がりを片っぱしから使い回してるんだろうさ」


 ガキガキガキン、と複数の金属が床をたたく音がひびいた。

 さらに五機、新たな駆動鎧パワードスーツが吹き抜けの下へと巨体を現す。

 はんぞうあわててしやへいぶつの陰に隠れながら、


「……この柱ももたねえぞ」

「向こうもあそこにとどまる理由はないはずだ。エスカレーターは崩れ落ちたんだから。上へ昇るためには、別のルートを目指す必要がある。他の階段とかエレベ───」


 言いかけたはまづらは、そこで異変を感じ取った。

 真後ろ。

 ガラス張りのウィンドウの、そのさらに向こう。建物の外の何もないはずの空中に、巨体の影が漂っていた。全体的には、全長五メートル前後のカマキリに近い。四本の脚で地面に接し二本のかまを構えるのではなく、二本の鎌と二本の腕を持ち、二本の脚で直立するような外観だった。そして開いた装甲の中から飛び出した半透明の羽が、浜面の肉眼ではとらえきれない速度で、残像を残す形で羽ばたいている。

 鳥が羽ばたくのとは違う。

 そもそもあのサイズの巨体を、あんな小さな羽で持ち上げる事はできない。


(……超音波を使って、羽の範囲外の空気までまとめてかくはんさせているのか……?)


 ちよう団扇うちわのように空気をあおぐのではなく、羽の動きによって渦のような気流を生み出す。それによって、単に羽で扇げる空気の量よりも大きな揚力を得られるのだ。おそらくあのカマキリは、それをさらに発展させているのだろう。

 とっさに浜面はメタルイーターM5の銃身を振り回した。

 だがそこが限界だった。

 引き金を引くより早く、巨大な駆動鎧パワードスーツがウィンドウを叩き割ってフロアへとつげきしてきた。半蔵とくるわ、そして浜面はそれぞれ左右へ分かれるように転がる。

 カマキリの背部には巨大なドラムのようなものがあった。それは大量の銃弾を収めておくためのものだ。そして、かまの代わりに折りたたまれた前脚の先端には保護カバーがあり、二つに開いたその中には人工物の兵器が取り付けられていた。

 三本の銃身を束ね、回転するように作られたもの。

 それでいて、火薬の力は使わずに発射されるもの。

 電磁力の原理を利用して金属砲弾をち放つもの。

 前脚保護カバーの側面にはこうある。


 Gatling_Railgunガトリングレールガン、と。


「───ッ!!」


 恐怖がせり上がった。

 はまづらは細かい照準を定めずに、とにかく対戦車ライフルの引き金を引く。それはカマキリをかいするための動作ではない。その巨大な反動で、とにかくはじかれるように横へ跳ぶためだ。

 自らの腕をへし折りかねない暴挙だった。

 だが、それでもやはりマシだっただろう。

 直後にはがねの暴風がおそった。




 ッッッッッッッッッッ!!!!!! と、音すら消えた。


 これまでのじゆうげきせんが豆鉄砲に見えるほどの破壊力だった。

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