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最終防衛ポイントは、三階、元銀行エリアの大金庫。
必然的に、浜面達はそこへ至るルートへ罠を張り、待ち伏せる形で応戦する。
「仕掛け終わりましたよん」
広大な吹き抜け状の回廊でメタルイーターM5を構える浜面に、近づいてきた郭はそんな事を言う。
「有線処理だからジャミング仕掛けられても問題なしです」
「ここ三階だろ。大金庫は簡単に壊せなくてもさ、フロアごと崩されたら『四角い箱』が地上に落ちる事にならないか?」
「貸し金庫はデータディスクや骨董品も扱うから相当デリケートにできてるはずです。多分、三階全部崩れ落ちても、独立した合金製の柱に支えられて浮かぶんじゃないですかね?」
「来るぞ」
半蔵が会話を中断させるように言葉を割り込ませた直後だった。
ゴドン!! という轟音と共に、吹き抜けの下、一階部分のフロアへ大量の粉塵が流れ込んできた。
「いきなり壁を抜きやがった!!」
「構えろ浜面。戦うって決めたのはテメェだろ!!」
じっくり狙っている暇などなかった。
粉塵の中から巨大な影が現れた。それは二足歩行の駆動鎧だった。右腕の先は本体よりも巨大な盾と直結していた。盾はあまりにも大きく分厚いため、駆動鎧の出力でも持ち上げられないらしい。下部に車輪がついているのが分かる。盾の中央には穴があり、人間の腕ほどの砲身が飛び出していた。そしてすでに、斜めに傾けられた砲身は回廊にいる浜面達の方へと向けられていた。
発砲音の連続。
機関砲は浜面のすぐ横の床を貫き、そこから一気に横へ薙ぐように襲いかかってきた。
「浜面氏!!」
郭に首の後ろを摑まれるような格好で、強引に引きずられてその場から動く。直後に、人体を狙うというよりは、回廊の床を丸ごと砕いて崩落させるかのような連射が後を追った。崩れる鉄筋コンクリートに急かされる形で、浜面、郭、半蔵は回廊を走る。
(何て野郎だ!! やっぱりまともな火力じゃねえ!!)
走りながら回廊の下へ目をやった浜面は、そこで小柄な駆動鎧がエスカレーターを伝って上へ昇ろうとしているのを見つけた。
「郭ちゃん!! 三番のエスカレーターっ!!」
「了解です」
郭は応じて、ドラムで引いていたケーブルに直結するスイッチの一つを親指で押す。
何度も折れ曲がるエスカレーターの、各階のフロアとの接続部分が、連続して爆発される。エスカレーターは廃材の滝と化した。早くも二階から三階へ飛び移ろうとしていた小柄な駆動鎧が、滝の勢いに吞まれて一階へ叩きつけられる。
だが、その程度で破壊される駆動鎧ではない。
浜面は走りながらも、長大な対戦車ライフルの銃身を振り回した。
階下に向けて狙いを定め、瓦礫の中でもがいている小柄な駆動鎧の中心を狙って引き金を引く。
ッッッドン!!!!!! という、凄まじい爆音が炸裂した。
右肩にものすごい衝撃が走り、あれだけ重く巨大だったメタルイーターM5が真上を向いた。そう思ったが、実際には構えていた浜面の体がそのまま真後ろへ吹き飛ばされていた。首の後ろを摑んでいた郭の手を強引に剝がし、二メートル以上も転がされる。
「ご……がっ、が……ッ!?」
肩どころか、首や腰の調子まで疑いたくなるような激痛が、全身を上下に貫く。ロシアではアサルトライフルを手にした事もある浜面だったが、それとは全く桁が違う。そもそも地面に杭か何かで固定して撃つように設計された銃なのではないだろうか。
弾が当たったかどうかなど、全く自信がなかった。
だが激痛にのた打ち回る暇も、階下を悠長に確認する余裕もない。
こうしている今も、巨大な盾のモデルの掃射は続いている。
浜面は起き上がる事もできず、倒れたまま転がり続ける事で、砲弾の掃射と崩れ落ちる回廊から逃れていく。
円柱状の柱の陰へ、三人で飛び込む。
太い鉄骨が交差する場所だからか、そこだけは砲弾が貫通せずに耐えてくれた。
「クソッ。何だあれ」
浜面は柱の陰から階下を確認する。
彼が撃った巨大な弾丸は、確かに小柄な駆動鎧に直撃していた。だがおかしい。衝撃で金具の壊れた搭乗部分の分厚いハッチが開いていたのだが、中身がないのだ。無人の内部スペースだけが、ぽっかりと口を開けている。
爆音が、そんな浜面の思考を遮った。
傍らの半蔵が、立て膝のまま小柄な駆動鎧へ追い討ちを仕掛けたのだ。流石にフルオートではないが、彼は一発一発の衝撃を正確に受け流している。
そして弾丸は、開いたハッチの内側、内部スペースをメチャクチャに破壊していく。今度こそ、無人の駆動鎧の動きがピタリと止まった。
「プログラムで制御されてやがる。おそらく、シルバークロースってヤツのお下がりを片っ端から使い回してるんだろうさ」
ガキガキガキン、と複数の金属が床を叩く音が響いた。
さらに五機、新たな駆動鎧が吹き抜けの下へと巨体を現す。
半蔵は慌てて遮蔽物の陰に隠れながら、
「……この柱ももたねえぞ」
「向こうもあそこに留まる理由はないはずだ。エスカレーターは崩れ落ちたんだから。上へ昇るためには、別のルートを目指す必要がある。他の階段とかエレベ───」
言いかけた浜面は、そこで異変を感じ取った。
真後ろ。
ガラス張りのウィンドウの、そのさらに向こう。建物の外の何もないはずの空中に、巨体の影が漂っていた。全体的には、全長五メートル前後のカマキリに近い。四本の脚で地面に接し二本の鎌を構えるのではなく、二本の鎌と二本の腕を持ち、二本の脚で直立するような外観だった。そして開いた装甲の中から飛び出した半透明の羽が、浜面の肉眼では捉えきれない速度で、残像を残す形で羽ばたいている。
鳥が羽ばたくのとは違う。
そもそもあのサイズの巨体を、あんな小さな羽で持ち上げる事はできない。
(……超音波を使って、羽の範囲外の空気までまとめて攪拌させているのか……?)
蝶や蛾は団扇のように空気を扇ぐのではなく、羽の動きによって渦のような気流を生み出す。それによって、単に羽で扇げる空気の量よりも大きな揚力を得られるのだ。おそらくあのカマキリは、それをさらに発展させているのだろう。
とっさに浜面はメタルイーターM5の銃身を振り回した。
だがそこが限界だった。
引き金を引くより早く、巨大な駆動鎧がウィンドウを叩き割ってフロアへ突撃してきた。半蔵と郭、そして浜面はそれぞれ左右へ分かれるように転がる。
カマキリの背部には巨大なドラムのようなものがあった。それは大量の銃弾を収めておくためのものだ。そして、鎌の代わりに折り畳まれた前脚の先端には保護カバーがあり、二つに開いたその中には人工物の兵器が取り付けられていた。
三本の銃身を束ね、回転するように作られたもの。
それでいて、火薬の力は使わずに発射されるもの。
電磁力の原理を利用して金属砲弾を撃ち放つもの。
前脚保護カバーの側面にはこうある。
Gatling_Railgun、と。
「───ッ!!」
恐怖がせり上がった。
浜面は細かい照準を定めずに、とにかく対戦車ライフルの引き金を引く。それはカマキリを破壊するための動作ではない。その巨大な反動で、とにかく弾かれるように横へ跳ぶためだ。
自らの腕をへし折りかねない暴挙だった。
だが、それでもやはりマシだっただろう。
直後に鋼の暴風が襲った。
ッッッッッッッッッッ!!!!!! と、音すら消えた。
これまでの銃撃戦が豆鉄砲に見えるほどの破壊力だった。