第五章 たとえヒーローにはなれなくても Knight(s). ⑦

 つい先ほどまで浜面のいた所が、通路ごとれいに吹き飛ばされた。破壊の一つ一つは直径一メートルほどの円。風穴は一分間に四〇〇〇発を超える勢いで増殖し、三階部分はおろか、地上までを一気に貫き、建物そのものをわずかにかしがせた。

 銃口のサイズから言って『砲』ではなく『銃』にカテゴリされるはずだが、とてもじゆうげきなんてレベルのかいりよくではなかった。

 階下で侵攻の機会をうかがっていた駆動鎧パワードスーツのいくつかが、ほんの数秒で鉄クズと化す。

 けたが違う。

 一線を越えている。

 はまづらはカチカチという音を聞いた。それが自分の歯の根が合わない音だと気づくのに時間がかかった。彼は目を見開いていた。カマキリの羽を収めるための腹部に刻印されたアルファベットに、目が釘付けになっていた。

 FIVE_Over.

 Modelcase_"RAILGUN".

 学園都市で七人しかいない。第三位は超電磁砲レールガンという。おそらくはその能力者の機構を機械的に再現するために作られた駆動鎧パワードスーツ。それも、『純粋な工学技術で、基となった才能を超えるほどに』と想定されたモデル。

 科学は常に進歩するものであり、昨日までの最新技術は明日もその地位や優位性を保っているとは限らない。

 一発でも十分恐ろしい飛び道具を一分間で数千発も発射するこの怪物は、科学の常識を、その恐ろしさを、存分に提示していた。


(……第三位)


 第四位のむぎしず以上。

 その三番目を、さらに超越した駆動鎧パワードスーツ

 恐怖の最新モデルは頭に当たる部分を小刻みに揺らし、左右それぞれ一門ずつある殺人兵器を周囲へ振る。

 足がすくむ。

 全身にふるえが走り、体がこわる。

 急激にせばまる視界を、浜面は自覚する。


「走れ浜面!!」


 はんぞうの叫び声が聞こえた。彼とくるわはそれぞれ別の方向へと逃げていた。浜面は周囲に目をやり、パニックの起こりかけた頭で必死に考え、そして。

 束ねられた複数の銃身と目が合った。

 直後、浜面は重すぎるメタルイーターM5を放り捨て、三階の回廊の手すりからちゆうちよなく飛んだ。

 爆音がき散らされ、ねらいを外したガトリングレールガンの銃弾が、回廊の反対側の床や壁をまとめて粉砕していく。

 浜面は二階の回廊の手すりに強引にぶら下がり、あわてて身を乗り上げる。

 真上からかいの雨が降った。

 頭上の三階回廊と、足元の二階回廊がまとめて抜かれる。はまづらが前方へ転がるようにCDショップの跡地へと飛び込むのと、回廊全体がほうかいして一階フロアへたたきつけられるのはほぼ同時だった。


(……貫通力は相当のものだが、精度はそれほど高くない。レールガンの銃弾が空気をかき乱す爆風から銃を支えるために、サスペンションでガッチガチに銃身回りを固めているのか)


 細かく動き続ければ照準から逃れられるかもしれない。

 そんな甘い考えは、直後に吹っ飛んだ。

 後方。

 恐怖から振り返ったその先に、ファイブオーバーはたたずんでいた。自らの銃弾の連射で回廊はまとめて崩されているにもかかわらず、空中でピタリと静止していた。超音波の振動で空気を渦状にかき回す、あの半透明の羽の力を借りているのだ。


『……び……じじ……』


 何かしらの声が聞こえた。

 意味をなしていない音。だが浜面の背筋が凍り付いた。


『……じび……ぎぎ……ざざざざじ……』



(シルバークロース……ッ!? いや、あいつはまともに立っていられる状態じゃないはずだ。今すぐ病院に連れて行かなきゃならないぐらいのダメージは負っていたはずなのに、まだ動いてやがるのか!?)


 駆動鎧パワードスーツには傷ついた体を外側から補強する機能がある。

 それを使って復帰したのか。

 それとも、『まだ使える』という判断で、第三者の手で無理矢理に詰め込まれたのか。改めて観察してみれば、これまでと違って、シルバークロースの声には意志を感じられない。

 深く考えている余裕はない。

 ガッシャ!! という機械音と共に、束ねられていた複数の銃身が分かれて、それぞれ自由に動き始めた。


「な……」


 それでもなおレールガン。

 戦車を三、四台縦に貫くほどの破壊力を持つ銃弾は連射性を失う代わりに、パノラマ状に二階フロアをじゆうりんしていく。


(ちくしょ……ッ! どんなそうてん方式してやがんだ!!)


 通常、ガトリングガンは複数の銃身を回転させながら一発ずつ弾を込めていくものだが、どうもガトリングレールガンは方式そのものが違うか、モードによって切り替えられるようだ。

 とっさに意味もなく身をひねり、必死に銃弾の乱舞から逃れようとしたが、その前にフロアの床がまとめて抜けた。一辺数十メートル単位の落とし穴。今度こそ、ごうおんと共にはまづらの体が一階地上フロアまで落下していく。

 激痛が体を貫き、体内から酸素が絞り出される。


「が……は……ァッ!?」


 肺から空気を奪われていたためか、絶叫を放つ事すら許されない。

 それでもマシな方だっただろう。『ドラゴンライダー』用のライダースーツを着ていなければ五体満足ではいられなかったはずだ。

 四方をふんじんで囲まれた視界ゼロの状態で、浜面は砕けた建材の上を必死にう。


(どうする……?)


 彼は口の奥から血がにじむのを味で自覚しながら、


(あいつをどうにかしない限り、他の駆動鎧パワードスーツと戦っているひまなんてないぞ。でもどうする。あの鹿デカいメタルイーターでいちいちねらってなんていられない。そもそも、もうあの銃は手元にねえぞ)


 持っているのは金属製の辞書のようなマガジンが二つだけ。

 いかに強力な弾丸だろうが、それが発射できないのであればかいりよくを利用する事はできない。

 威力が威力であるため、急造の銃身などを作るのも相当難しい。なもので代用しようとすれば、その爆発は浜面自身の肉体を粉々にするだろう。

 もちろん、メタルイーターM5以外のけんじゆうやサブマシンガンでは話にならない。


(ファイブオーバーは様々なセンサーで戦場を走査している。武器にできそうなもの、はんげきに使われそうなものは物陰にあるものも含めてすべあくされちまっているはずだ)


 そんな状況で逆転の手など打てるのか。

 思考が真っ白になりかけるのを必死で抑えつける浜面だったが、相手はわざわざ彼の決断など待っていたりはしない。


「……?」


 ようやく浅い息をきつつ、浜面は疑問にまゆをひそめる。

 ファイブオーバーからの追撃が来ない。

 まともに歩く事もできず、いつでもとどめを刺せる状況のはずなのに。


(何だ……)


 少し考え、浜面はやっと気がついた。

 敵の最優先目標は浜面あげではない。フレメア=セイヴェルンだ。あれだけの機械のかたまりなら、建物の中の人の位置を走査するのも難しくない。分厚い大金庫の中までは不可能かもしれないが、『建物の中にフレメアの反応がないのはどういう事か』を推測できるレベルのAIが積まれていれば、どこを目指すかはいちもくりようぜんだ。

 あんな連射を浴び続けたら、大金庫の扉だってえぐり取られてしまう。


「くそっ!!」


 痛む体を無理矢理に起こし、はまづらは自分の肉体を引きずるように歩き出す。

 傍受される恐れはあるが、携帯電話を取り出してはんぞうと連絡を取る。


「半蔵!! メタルイーターはまだ使えるか? ファイブオーバー……あのガトリングレールガンがねらっているのはフレメアだ!! 何としても足止めしろ!!」

『対戦車ライフルは何とか使えるが、これでブチ抜くのは難しいぜ浜面』


 半蔵は苦い調子で答える。


「あんな鹿デカいライフルでもダメなのか!?」

『近づけば抜けるだろうな。こいつは弾丸の速度が威力に直結する。初速が一番速いから、ゼロきよに近ければ近いほど威力も上がる。だがどうやって近づく? あんな台風みたいな連射を続けられたら、物陰から顔を出すのも危ねえよ』


 浜面は壁にこぶしたたきつけそうになる。

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