第五章 たとえヒーローにはなれなくても Knight(s). ⑧

 みんなの命を守るためには、ファイブオーバーをかいしなければならない。だがファイブオーバーを破壊するためには、みんなの命を危険にさらさなければならない。

 辞書のように大きなマガジンを抱えながら、浜面はしばし考える。

 そして顔を上げた。

 崩れかけたてんじようから、配線のケーブルが垂れ下がっていた。


「……半蔵。ファイブオーバーを完全に壊す必要はない。足止めにてつする事ならできるか?」

『連中は無人のAI機だぞ。破壊される事におびえるような機能はついていない』

「具体的な時間は?」

『チッ。作戦すいこう能力を保持しようってスクリプトがあるなら、一〇分。だがえんかく操作で「げき優先」とか切り替えられたらそれでおしまいだ』

「それで良い。やってくれ。ただしできる限りで良い。ヤバくなったら自分の判断で逃げてくれ」

『足止めして、それでどうする!? 今の状況じゃメタルイーターM5を使ってもあの電動カマキリは破壊できない。メタルイーターM5以上の火力はここにはないんだぞ!!』

「……それなら、今ある火力でどうにかするしかない」


 ようやく目的地が定まった。

 浜面は天井へ向けていた視線を、明確へ、前に向ける。


「あのファイブオーバーを、ここでブチ抜くだけだ」

『どうやって!?』

「ここは隠れ家なんだから、武器以外にも生活に必要なものはそろっているはずだよな。寝具とか、食料とか。一応、くるわちゃんに確認を取りたい。電気が使える状態って事は、冷蔵庫とか家電も一式揃っているって考えて良いのか?」

『だったら何だ?』

「照明は? 冷蔵庫や電磁調理器があるのに、まさかかいちゆう電灯だけじゃないよな」

『LEDを主要フロアに一通り! それが何なんだ!? あの怪物にくらましでもやるってのか!?』

「その通りだ」


 冗談におおで返され、はんぞうは面食らってしまったようだ。

 だがはまづらは続けてこう言った。


「……家計の味方でぶっこわすんだよ」


    4


 ファイブオーバー。

 モデルケース・レールガン。

 そうナンバリングされた駆動鎧パワードスーツは、かいされた回廊を飛び、ゆるやかな挙動で三階部分へ着地した。元々、この飛行機能はあまりにも威力の高すぎるガトリングレールガンが地形を破壊し過ぎてしまうため、自らが生み出した悪路を通過するために用意されたものだ。狭く入り組んだ屋内だろうが、ハリケーン並の強風の吹き荒れる屋外だろうが、まるで透明な床に置いたように空中でピタリと静止する性能を持つ。

 すでにAIは建物全体をセンサーで五回走査し、標的であるフレメア=セイヴェルンの反応が得られない事を確認していた。

 センサーの走査を完全に受け付けない場所は少ない。その中で標的がもぐり込める場所はさらに少ない。

 最優先で確認すべきは、三階の銀行跡にある大金庫である。

 そこにフレメアがいてもいなくても構わない。

 いなかったとすれば、候補が一つ消えただけ。同じようにすべてのポイントを回れば、いつかは標的とそうぐうする。

 仮に向こうが泡を食ってポイントから別のポイントへ逃げようとすれば、その動きは定期的な『全体走査』で引っ掛かる。

 つまり、な徒労に対し、常に同じ技量で作業を続けるだけの状態を維持できれば、いつかは必ず標的に辿たどり着く状況、という訳である。

 プログラム特有の、『はしから順番につぶしていく』やり方は、複雑な条件が重なるせんさいな事件の解決には向かないが、単純明快なせんめつせんでは大いに役に立つ。

 ファイブオーバーは通路の流れに沿って三階を進む。『弾丸を使い過ぎる事』だけがねん材料として挙げられているため、AIのモードは可能な限り今ある道を通行する事が条件に組み込まれていた。この項目がなければ、いまごろすべての壁と障害物をかいして』最短コースで突き進んでいただろう。

 と、そこでぼうがいがあった。

 より正確には、数分単位で行われる『全体走査』が、通路の角にひそむシルエットをそくしたのだ。

 数は二つ。

 片方は対戦車仕様の長射程ライフルを所持。

 リスク判定の結果『げき』をはじき出したAIと、壁に身を寄せて体を隠していたはんぞうくるわが攻撃に移ったのはほぼ同時だった。

 とはいえ、半蔵は無理な連射を行わない。

 通路の角から銃身を伸ばし、最低限の射撃を行って再び角へ隠れる。必要以上に壁へ接近する事は銃身をぶつけて動きを制限してしまう恐れがあるはずなのだが、そうしたミスを犯す気配もない。不自然な体勢からの射撃であるにもかかわらず、メタルイーターM5のきようてきな反動に体を痛める事もない。

 見る者が見れば驚嘆に値する技量だったが、そもそもAIにそんな高度な機能はついていない。

 ただ状況を判定する。

 弾丸を節約し、可能な限り今ある道を通行する事、という条件もこうりよに入れた上で、


 ようしやなく、壁ごとち抜く判定が出た。


 カマキリのかまが不自然な方向へ向いた事を、標的も認識したようだ。

 壁の向こうのシルエットがあわてて身を伏せるのと、ガトリングレールガンの掃射が行われたのはほぼ同時だった。───ッッッ───ッッ───ッッッッッ!! と、音の領域を超えたしようげきと共に、ぜいじやくしやへいぶつがまとめて崩されていく。

 標的は無力化できなかったが、AIはただ作業を続ける。

 遮蔽物がなくなれば標的をねらいやすくなる。

 よって作業タスクを変更する必要はない。

 どこまでも『単調な行動の結果、いつかは必ず届く』をり返すAI。ファイブオーバーはただ前進する。それは人間のように自分で考える最新兵器というよりも、機能を多岐に発展させたミサイルのような印象を与えるだろう。

 最適化による

 柔軟性を排してでも特化させた思考の方式が、ファイブオーバーを運用する側の人間の理想を浮き彫りにさせている。

 なおも逃走の気配を見せる二人組に対し、ガトリングレールガンで応じるファイブオーバー。

 ストレートに標的をねらうのではない。

 標的が逃走に使うと思われるルートをけんさくし、その通路の床を、間にある壁ごと吹き飛ばしたのだ。通路の崩落によって、二人組の退路は断たれる。純粋な肉体の性能でガトリングレールガンをかいするのは不可能。

 つまり。

 次の掃射で決まる。

『単純な行動の結果、いつかは届く』の最終地点へ到達する。

 カマキリの右のかまが正確無比に狙いを定める。

 その時だった。

 数分おきにり返される定期的な『全体走査』が、別の反応をとらえた。真後ろ。数十メートル先にだれかがいる。そいつはキャスターのついた手押し車を、両手の力で思い切り押し、手をはなし、こちらへ流してきた。自転車程度の速度で接近してくる手押し車の上には、一抱えほどのサイズの段ボール箱が二つほど重ねられている。

 爆発物である可能性。

 リスク判定を行ったAIは、すみやかにファイブオーバーを反転させた。手押し車がふところに入るより早く、ガトリングレールガンが不審物を軽々と吹き飛ばす。純粋な金属銃弾であるにもかかわらず、その表現は『爆発』が一番適切だった。

 段ボール箱の中身は果物だった。

 リンゴやオレンジといった丸い果物が、半数近く粉々になり、残りが箱の外へと四方八方へ散らばっていく。爆発物を懸念したため、敢えて狙いをわずかに逸らし、まず中身をさらけ出させたのだ。

 ファイブオーバーはリスク判定を行う。

 箱から転がってきた果物が、軒並み真ん中から切られて半球状になっている事は、人の目で見れば不審に思えたかもしれない。だがあくまでもプログラム的なリスク判定だけでは受け流してしまう。

 ほかにも『おかしな事』はあったのだが、リスク判定は用途不明と判断した。

 ファイブオーバーは砲身を手押し車のざんがいから、それを流した人物の方へと向ける。

 はまづらあげ

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