その瞬間、彼がニヤリと笑っている理由を、AIのストレートな思考は判定できなかった。だがAIは別の事を把握していた。彼が両手で抱えているもの。AC一〇〇ボルトの家庭用電源ケーブルで繫げられているものの正体を、ほぼ正確に。
金属の塊だった。
平面的な照明を何重にも重ね、何万ものLEDを束ねて作った、一つの塊だった。
より正確には、主要フロアの照明をかき集めて手に入れた部品の一群だった。
電磁波照射装置。
鉄板を組み合わせて装置全体をラッパのように覆ったその形状は、前方へ強い指向性を与えるであろう事もシミュレートできた。
結果。
しかし。
リスク判定にはこう出る。強力な電磁波は電子機器に悪影響を及ぼす。ただし数万のLED程度のものであれば、専用の対策が施されたファイブオーバーの諸機関へ致命的な損傷を招く恐れはない。そもそも、『強力なレールガンを武器とする』ファイブオーバー自体、磁気や電磁波を大量にばら撒くモデルであるからだ。
一人ずつ抹殺する。
AIの判定は、あくまでも『単純な行動の結果、いつかは届く』。それを徹底する事こそが、ファイブオーバーにファイブオーバーという兵器の特性を与えている。
だからこそ。
ファイブオーバーのAIには判定できなかった。
そもそも。
恐怖も打算も持つ生身の人間が、ガトリングレールガンなどという冗談のような兵器に真正面から立ち向かおうと考えるのは、どのような心境の時に湧き上がる思考なのかという事を。
つまり、圧倒的な勝利の確信。
それなくして、わざわざ怪物の前に立つ人間などいるはずがない。
ファイブオーバーは直前に段ボール箱を破壊していた。中に入っていたのは真ん中の所から切られ、半球状になった大量の果物。そして、『おかしな事』があった。そこには対戦車ライフル、メタルイーターM5に使われる巨大な弾丸が縦に突き刺さっていたのだ。
プログラムのリスク判定が受け流していたのは、発砲に繫がる因子がなかったためだ。
果物の半数以上は粉砕されたが、残りは四方八方へと散らばり、転がっている。
当然、ファイブオーバーの懐、胴体下部にも。
そしてわざわざ果物に突き刺しているのは、安定した平面が床と接する事で『弾丸の先端が、常に上を向くように』仕向けるため。
半蔵は言っていた。
メタルイーターM5でファイブオーバーを貫くためには、ほぼゼロ距離から撃つしかないと。
だが、いくら弾丸を近づけたとしても、発射するための装置がなければ意味がない。
ところで。
火薬を起爆するための方法として、最も頭に浮かべやすいのは『火を点ける』事だろう。
しかしそれだけではない。
例えば、
強力な電磁波は、過敏なタイプの火薬を誘爆させる。
ファイブオーバーが鎌を動かすより早く。ガトリングレールガンが浜面の肉体を建材ごと粉々にするより早く。
爆音が炸裂した。
ドガガガガガガガガッ!!!!!! という空気を震わせる大音響は、遠く離れた浜面の耳どころか、腹にまで食い込んできた。
輪切りにした果物の中央、半球の頂点から飛び出す形で弾丸を刺したのだ。自然と、多くの弾丸は上を向く事になる。
しかし半数近い果物はガトリングレールガンで破壊されたため、それ以外の方向にも銃弾は飛び散った。
ファイブオーバーの真下から、全方位へと。
それこそ一つの巨大な爆発のように、ありとあらゆる方向へ破壊の嵐を撒き散らす。
「ちくしょう!!」
電磁波照射装置を構えていた『標的』は、慌てたように身を伏せた。
だがファイブオーバーに追撃するだけの余裕はない。
装甲にオレンジ色の火花が散る。
リスク判定が作業を終える前に途絶し、データが破損する。
銃身によって火薬の爆発力を整えていない以上、弾丸の威力は当然削がれる。だが距離が距離だ。ほとんどゼロ距離射撃に近い状況は、それ相応の破壊力を生み出す。
装甲に巨大な亀裂が走り、なおもギチギチと脚を動かそうともがき、そこへ天井から大量の建材が降り注いできた。ファイブオーバーに当たらなかった分の弾丸は、フロアの天井へ甚大なダメージを与えていたのだ。
今度こそ。
ファイブオーバーが、止まる。
スペック上、第三位を超えるとまで言われた駆動鎧が。
その直前、AIのストレートすぎる思考は、決して判定のできない音声を捉えていた。
つまり。
生身の感情の込められた、人間の声を。
「……俺の知ってる第四位は、もっともっと怖かったぜ」
5
絹旗最愛は、オフィスビルの屋上で、逆さまになってぶら下がっていた。
鋼鉄でできた給水タンクは内側から破裂したようになっていて、屋上一面には広大な水溜まりができている。彼女の着ているニットのワンピースの一部が、タンクの尖った残骸に引っ掛かっているのだ。
彼女の『窒素装甲』でも、ダメージは無効化できない。腹に何発もボディブローを受けたように、体の芯まで衝撃が通り、スタミナは失われていた。だが、これでもマシな方だ。能力の加護がなければ挽き肉になっていただろう。
(……ビルの人間が上がってこないのは超僥倖ですけど、これもやっぱり『上』が関わっているんですかね)
しかしそんな絹旗の考えは通じなかった。
屋上と屋内を繫ぐエレベーターの扉が開いたのだ。
現れたのは、オフィスビルで働くサラリーマンでも、管理会社の作業員でもなかった。
それにしては歳が若く、何より面構えが凶悪すぎる。
「……第一位、でしたっけ……?」
現代的なデザインの杖をついた、白い髪に赤い瞳の超能力者。一方通行は、面倒臭そうな調子で給水タンクの残骸に引っ掛かった絹旗を見上げる。
「『新入生』とやらが必死になって警備員の介入を阻止しよォとしているのを、俺の連れが傍受してな。黒夜海鳥、あるいはシルバークロース=アルファ。どちらかと関わったな」
「本題は?」
「あいつらの行き先だ。『新入生』とやらがフレメア=セイヴェルンってガキを狙っている。殺される前に手を打ちたい」
「セイヴェルン……? くそ、あの超泣き虫が柄にもない事やってるのは、そういう訳だったんですか」
「行き先に心当たりはあるのか?」
「『新入生』の下っ端の通信を傍受できたんなら、そっちについても超分かるはずでは?」
「作戦に応じて機密ランクを設定してンだろ。何をするにも金がかかる。組織に関わる全ての通信に最高ランクのセキュリティを割り当ててたら、湯水の如くってヤツになる。……何より、『新入生』ってのは『上』からのサポートを完全に受けているって訳でもなさそォだしな」
「超なるほど」
「で、心当たりは?」
「ええまあ」
絹旗はぶら下がったまま肩をすくめて、
「ここからそう遠くはないはずですよ」
6
「浜面!!」
通路の向こうから、半蔵が顔を出した。
「やったな、おい。ホントにファイブオーバーを沈めやがった!! ……なあこれ、そっちに近づいても大丈夫か。これ以上暴発しないだろうな」
「大丈夫だ。残らず発射済みだよ」
浜面は大量のLED照明を集めて入手した電磁波照射装置を放り捨て、通路を走って半蔵達の方へと近づいていく。
「急げ! 弾はあと何発残ってる? メタルイーターM5の弾丸だ!!」
「何言ってんだ浜面。電動カマキリはもう……」
「忘れたのか」
浜面は半蔵の両肩を摑んで揺さぶりながら、
「ここへ来た駆動鎧はファイブオーバーだけじゃない。さっきの掃射でいくつかは巻き込まれたみたいだけど、まだ何機も残ってる!!」
そしてその全てが、メタルイーターM5の火力がなければ応戦できないほどの強度を誇る。